過去を告げる証言
今回は、クーデター当時の王宮を知る人物が、アルのもとを訪れます。
そこで語られるのは、先王の最期に関わる衝撃的な証言でした。
アルは、少しずつ過去の真実へと近づいていきます。
王都の屋敷。
アルは机の上に置かれた黒い石片を、じっと見つめていた。
黒魔石。
魔人族領での戦いを経て、改めて調べる必要があると考えていたものだ。
これまでにも何度か鑑定してきた。
生命力を奪い、その力を蓄える。
それが、現時点で分かっている黒魔石の性質だった。
だが、魔人族領で目撃された黒ローブたちの行動を考えると、それだけでは説明できない部分がある。
「……もう一度、詳しく調べてみよう」
アルは石片へ手をかざした。
鑑定眼を通して、その内部構造と魔力の流れを観察する。
以前よりも慎重に。
反応を一つずつ確かめるように。
「……これは」
思わず声が漏れた。
石の内部には、複数の生命力の痕跡が残されていた。
以前に鑑定したときよりも、その痕跡が濃い。
異なる反応が重なり合い、複雑に絡み合っている。
「以前見たときより、使われている命の数が多い……?」
アルは別の角度からも調べる。
魔力の濃度。
内部に蓄えられた力。
そして、石そのものの純度。
どれも、以前に確認したものより高い。
「……純度が上がっている。魔力も濃い」
アルは記録用の紙を引き寄せた。
観察した内容を、順番に書き留めていく。
生命力の痕跡が複数あること。
魔力濃度が高いこと。
以前の試料より純度が高いこと。
ここまでは、確認できた事実だ。
では、なぜ違いが生まれたのか。
「どれだけの数の生命から……?」
呟いてから、アルは首を横に振った。
「いや、まだ分からない」
痕跡が複数あることと、それぞれが何に由来するのかは別の問題だ。
人族なのか。
魔人族なのか。
あるいは、別の種族なのか。
今の鑑定結果だけでは判断できない。
ただ、魔人族領で黒ローブたちが行っていたことを思い出すと、嫌な仮説が浮かんでくる。
倒れた魔人族の生命力を、黒い石へ変えていたという証言。
もし、それが黒魔石の製造に関係しているのなら。
「……やっぱり、もっと調べる必要がある」
アルは石片を慎重に包み直した。
これだけで結論を出すわけにはいかない。
だが、以前よりも多くの情報が得られたことは確かだった。
研究を続ければ、黒魔石の仕組みに近づけるかもしれない。
そして、その仕組みを理解できれば、黒ローブたちが何をしようとしているのかも見えてくるはずだ。
そう考えていた、そのときだった。
「アル、少しいい?」
扉の向こうから、エルシアの声が聞こえた。
「うん。どうしたの?」
「イザベラとフィオナが、お客さんを連れてきているの。アルに話したいことがあるんだって」
「お客さん?」
「うん。以前、王宮で働いていた人らしいよ」
アルは顔を上げた。
王宮。
その言葉に、自然と意識が向く。
「……分かった。すぐ行く」
居間には、イザベラとフィオナ、そして見知らぬ人物が一人いた。
年齢は五十代ほどだろうか。
身なりは質素だが、姿勢や物腰には、長く人に仕えてきた者らしい落ち着きがあった。
アルが入室すると、その人物は立ち上がり、深く頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください、アルフレッド様」
「いえ。どうぞお掛けください」
アルは向かいの席に腰を下ろした。
エルシアもその隣に座る。
「この方は、以前王宮で働いていたそうよ」
イザベラが説明した。
「クーデター当時のことを、アルに話したいとおっしゃっているの」
アルの表情が変わった。
あのクーデターで、父エルディオン、母セレナ、そして乳母のマリアを失った。
そのとき何が起きていたのか。
アルは、今もすべてを知っているわけではなかった。
「本当ですか?」
「はい。誰にも話せず、ずっと苦しい思いをしておりました。しかし、今こそお伝えするべきだと思い、参りました」
男は一度言葉を切った。
「私は、先王陛下の治世から王宮に仕えておりました」
「クーデターの際にも、王宮内におりました」
アルは相手の目を見た。
「……当時のことを、直接見たのですか?」
「すべてを知っているわけではありません。しかし、私が見たことをお伝えできます」
男の声は静かだった。
それでも、言葉を選ぶような慎重さがあった。
「お話しください」
男はゆっくりと頷いた。
「クーデターが起きる少し前から、王宮内の警備体制が変わっておりました」
「警備体制?」
「はい。ルシウス殿下が、警備を強化するという名目で、ご自身の私兵を王宮内へ潜ませていたのです」
アルは黙って聞いていた。
「当時は、王宮の安全を守るための措置だと思っておりました。ですが、クーデターが起きてから、そうではなかったのだと気づきました」
「……ルシウスの私兵以外にも、何者かがいたのですか?」
男の顔が強張った。
「はい。黒いローブをまとった者たちが、私兵とともに王宮を襲撃していました」
「彼らは、あらかじめ王宮内部の構造を把握しているかのように動いておりました」
アルは、以前から集めてきた情報を思い返した。
黒ローブ。
教会に近い人物からの命令。
各地で起こる失踪事件と魔物の襲撃。
そして、黒魔石。
それらが、少しずつ結びついていく。
「……そのとき、ルシウスはどこに?」
アルの声が低くなった。
男は、しばらく目を伏せた。
「王宮の奥へ向かっておりました」
「奥……?」
「先王陛下のおられる場所です」
アルは息を止めた。
男は続けた。
「私は、何が起きているのか確かめようと、その後を追いました。ですが、近づきすぎれば見つかる恐れがありましたので、離れた場所から様子を窺っておりました」
「……それで?」
「先王陛下は、ルシウス殿下の命令で連れていかれました。私は、その行き先を確かめようと、護衛たちの後を追ったのです」
男の手が、膝の上でわずかに震えた。
「そして……見たのです」
「何を?」
「ルシウス殿下が、先王陛下に刃を振り下ろすところを」
居間の空気が、張り詰めた。
アルは、すぐには言葉を返せなかった。
「……本当に、ルシウス本人だったのですか?」
ようやく出た声は、自分でも驚くほど静かだった。
「はい。間違いありません。私は、先王陛下が倒れるところまで、この目で見ました」
男は、はっきりと答えた。
アルは黙り込んだ。
先王が捕らえられ、連行されたことは知っていた。
だが、その後に何があったのか。
これまでは、確かな情報を得られていなかった。
その空白が、今、一つの証言によって埋められた。
ルシウスは、先王を自らの手で殺した。
少なくとも、この男はそう証言している。
その瞬間。
アルの胸の奥で、何かが激しく燃え上がった。
父、エルディオン。
母、セレナ。
そして、乳母のマリア。
あの日、すべてを奪われた。
誰が何をしたのか。
何のためにクーデターが起きたのか。
分からないことばかりだった。
それでも、いつか真実を知るために、アルはここまで歩いてきた。
そして今。
その真実の一端が、目の前にある。
ルシウス。
自分の家族を奪った政変の中心にいた男。
その男が、先王を自らの手で殺した。
「……っ」
アルは、膝の上で拳を握り締めた。
指先に力が入り、爪が掌へ食い込む。
怒りが、全身を駆け巡っていた。
今すぐ問い詰めたい。
なぜ、そんなことをしたのか。
何のために、これほど多くの人を犠牲にしたのか。
だが、ここで感情に任せて動けば、何もかも失いかねない。
自分は今、王都にいる。
ルシウスの支配する場所に。
仲間もいる。
ヴァルクレイン領には、レオナルトがいる。
自分一人の行動が、どれほど多くの人々に影響するのか。
それを、忘れてはいけない。
「……アル」
隣から、エルシアの声がした。
彼女は何も尋ねなかった。
ただ、そっとアルの手に触れた。
その温かさに、アルはわずかに目を伏せた。
イザベラも、フィオナも、黙ってこちらを見守っている。
誰も、無理に言葉をかけようとはしなかった。
アルは、ゆっくりと息を吸った。
そして、長く吐く。
怒りが消えたわけではない。
消えるはずもなかった。
それでも。
今は、確かめなければならないことがある。
「……お話しくださって、ありがとうございます」
アルは、男へ向き直った。
「ほかに、何かご存じのことはありますか?」
男は少し驚いたように目を見開いた。
やがて、ゆっくりと首を振る。
「申し訳ありません。私が直接見たのは、そこまでです」
「いえ。十分です」
アルは静かに頷いた。
「ご証言は、今後の調査に役立てます」
男は再び深く頭を下げた。
その後、男が帰ると、居間にはしばらく沈黙が残った。
「……アル」
エルシアが、そっと呼びかける。
「大丈夫?」
「……うん」
アルは答えた。
けれど、その声には、まだわずかな震えが残っていた。
「大丈夫、というわけではないけど……今は、考えないと」
アルは顔を上げた。
「さっきの証言と、これまでに集めた情報を整理しよう」
イザベラが静かに頷く。
「そうね。感情だけで動くべきじゃないわ」
「うん」
アルは机の上に、これまでの記録を並べた。
黒魔石。
黒ローブ。
クーデター。
王宮に潜んでいた私兵。
そして、ルシウス本人の行動。
「……黒ローブたちとルシウスの関係は、これまで考えていた以上に深いのかもしれない」
アルは、一つずつ言葉にしていく。
「ただ、教会の誰が、どこまで関与しているのかは分からない。黒魔石を何に使うつもりなのかも、まだ分かっていない」
「だから、引き続き調べる必要があるのね」
フィオナが静かに言った。
「そう」
アルは頷いた。
「確かな証拠を集める。黒魔石の仕組みも、黒ローブたちの目的も、全部明らかにする」
拳を、ゆっくりと開く。
怒りは、まだ胸の奥に残っている。
忘れることなどできない。
だが。
その怒りに、これからの行動を決めさせるつもりもなかった。
「……必ず、真実を突き止める」
アルは静かに言った。
隣で、エルシアが頷く。
イザベラも、フィオナも。
誰もが、その言葉を受け止めていた。
王都の外では、今も各地の異変が広がり続けている。
ガレスとレオナルトもまた、独自の情報網を通じて動き始めているはずだった。
離れた場所で集められている情報。
目の前で語られた証言。
そして、黒魔石に残された異常な痕跡。
それらが一つにつながったとき、見えてくるものがあるはずだ。
アルは記録へ視線を落とした。
まだ、分からないことばかりだ。
けれど。
真実へ近づくための手掛かりは、確実に増えていた。
その一方で、アルの知らない場所でも。
黒ローブたちの計画は、静かに進み続けていた。
第113話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、クーデター当時の王宮で何が起きていたのか、新たな証言が明らかになるお話でした。
アルにとって、知りたい真実はまだ多く残されています。
怒りを抱えながらも、感情だけで動かず、一つずつ証拠を積み重ねていくアルを、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




