広がる異変
第112話をお届けします。
王都で教会とルシウス王の関係を探るアル。
一方、各地でも行方不明者や魔獣の襲撃が相次いでいました。
散らばっていた情報が、少しずつ一つにつながり始めます。
どうぞお楽しみください。
教皇の年次説教から数日後。
アルは、王都に用意された屋敷の一室で、これまでに得た情報を整理していた。
机の上には、黒ローブの捕虜から得た証言を書き留めた紙と、教会で見聞きした内容をまとめた記録が並んでいる。
教皇アルベリク十三世の説教。
ルシウス王の言葉。
そして、黒ローブたちへの指示に教会関係者が関わっている可能性。
「……やっぱり、偶然とは考えにくいな」
アルは一枚の紙に視線を落とした。
教皇は、人々の生活も役割も神の御心によって定められていると説いた。
一方、ルシウス王もまた、その教えを王国の進むべき方向として支持している。
両者の言葉は、あまりにもよく噛み合っていた。
もちろん、それだけで二人が共謀しているとは断定できない。
だが、黒ローブたちの背後に教会関係者がいる可能性まで考慮すれば、話は変わってくる。
「教会が黒ローブ達を動かしている。そして、王も教会の教えを政治に利用している……」
アルはペンを置いた。
「この二つが無関係だと考える方が、むしろ不自然だ」
ただし、まだ分からないことが多い。
教皇はどこまで事情を知っているのか。
ルシウス王は黒魔石の研究を把握しているのか。
そもそも、二人は協力しているのか。それとも、互いに利用し合っているだけなのか。
今の段階では、どれも仮説にすぎない。
「……証拠が足りない」
アルは小さく息を吐いた。
疑うことと、事実だと証明することは違う。
焦って結論を出せば、見落としが生まれる。
それは研究者として避けなければならなかった。
「もう少し、教会の内側を調べる必要があるな」
そう呟いたとき、窓の外から羽音が聞こえた。
メッセンジャーホークだ。
アルは窓を開け、脚に結ばれた書簡を受け取った。
送り主はレオナルトだった。
内容は短い。
ヴァルクレイン領からの報告に加え、各地で行方不明者や魔獣襲撃の情報が増えているという。
詳しい内容は、ガレスの情報網からも集まりつつあるらしい。
「……各地で?」
アルの表情が引き締まった。
単独の事件なら、地域ごとの事情で説明できるかもしれない。
しかし、同じ時期に複数の場所で異変が起きているなら、話は違う。
アルはすぐに返書を用意した。
自分が王都で得た情報と、教会に対する現在の見解。そして、黒ローブと黒魔石について判明していること。
確定した事実と推測を分け、イザベラとフィオナの意見も添えて伝える。
まだ断定できることは少ない。
それでも、情報を共有する価値は十分にあった。
書簡を送り出したアルは、再び机へ向かった。
「……どこかで、全部つながっているはずだ」
その手がかりを見つけるためにも、まずは各地で何が起きているのかを知らなければならなかった。
同じ頃。
ヴァルクレイン領では、レオナルトが執務室に届いた報告書を読み比べていた。
机の上には、領内の治安報告だけでなく、隣接する領地や交易路に関する情報も並んでいる。
「……またか」
ある報告書には、街道沿いの小さな村で住民が数人行方不明になったと記されていた。
別の報告書には、貿易都市へ向かっていた商隊が予定の日を過ぎても到着していないとある。
さらに別の報告では、山間部の町が魔獣の群れに襲われ、住民が避難を余儀なくされたという。
それぞれの事件に、直接のつながりを示す証拠はない。
しかし、発生時期が近い。
被害の範囲も、少しずつ広がっている。
「行方不明者は、人族だけではないのか」
レオナルトが尋ねた。
報告を届けたセバスが頷く。
「はい。獣人族の商人や、ドワーフの職人も消息を絶っているとのことです。冒険者の失踪も複数報告されております」
「魔獣の襲撃は?」
「こちらも増えています。小さな村だけでなく、交易路の要所や貿易都市の周辺でも被害が確認されているとの事です」
レオナルトは腕を組んだ。
魔獣の活動が活発になること自体は、決して珍しい現象ではない。
だが、これほど広い範囲で異変が重なるとなれば、話は別だ。
「何かが起きている……」
レオナルトは報告書を一つずつ並べ直した。
行方不明者の居住地。
失踪した商隊の経路。
魔獣が出現した場所。
今のところ、明確な規則性は見つからない。
しかし、調査が進めば、共通点が浮かび上がる可能性はある。
「引き続き、情報を集めてくれ。特に、目撃者の証言と、被害が起きる直前の状況を詳しく確認してほしい」
「承知しました」
セバスが一礼して退室すると、レオナルトは机の隅に置かれた別の書簡を手に取った。
それは、ガレスから届いたものだった。
冒険者たちの情報網にも、気になる報告が入り始めているという。
魔獣の群れが現れた場所で、黒いローブをまとった人物が目撃されている。
ただし、目撃情報のすべてが同一の集団を示しているとは限らない。
それでも、黒ローブという特徴が複数の地域で繰り返し現れていることは、無視できなかった。
「……黒ローブか」
レオナルトの脳裏に、アルからの報告がよみがえる。
黒魔石。
生命力を奪い、蓄える石。
そして、教会関係者から指示を受けていた可能性のある者たち。
これらを結びつければ、一連の事件に黒ローブの組織が関わっているという見方は十分に成り立つ。
問題は、その背後に誰がいるのかだった。
数日後。
レオナルトの執務室を、ガレスが訪れていた。
「久しぶりだな、ガレス」
「ご無沙汰しております。レオナルト様」
「あちこち走り回っているんだろう?ご苦労だった」
「いえ。昔と違って、まっとうな冒険者稼業はほぼ引退状態ですからな」
ガレスは苦笑しながら失った腕をさすりながら、椅子に腰を下ろした。
机の上には、互いが持ち寄った報告書が並べられている。
「まずは、こちらから話そう」
レオナルトが領地側の報告を説明する。
行方不明者の増加。
人族以外の商人や冒険者の失踪。
小さな村や町、貿易都市で相次ぐ魔獣の襲撃。
ガレスは黙って聞いていた。
「こちらの情報網でも、似たような話が入っています」
やがて、ガレスが口を開いた。
「特に気になるのは、黒ローブの目撃情報だ」
「複数の場所で確認されているのか?」
「はい。ただ、今のところ、目撃された連中が同じ組織に属していると証明できるわけではありません」
ガレスは一枚の報告書を差し出した。
「ですが、魔獣の襲撃が起きた場所と、黒ローブが目撃された場所が重なる例があります。それに、行方不明になった商人や冒険者の中には、黒ローブらしき連中と接触していたという証言もありますね」
レオナルトは報告書を読み込んだ。
「偶然で片づけるには、重なりが多いな」
「俺もそう思います」
ガレスは頷いた。
「それから、アルからの報告も届いている」
レオナルトが別の書簡を取り出す。
そこには、王都でアルが見聞きした教会の動きと、教皇の説教、ルシウス王の発言についての所感が記されていた。
イザベラとフィオナの見解も添えられている。
教皇は、神の御心に従うことを説く。
ルシウス王は、その教えを王国の方針として支持する。
そして、黒ローブの背後には、教会関係者がいる可能性がある。
レオナルトは書簡を読み終えると、静かに机へ置いた。
「……なるほど」
「お前も、同じことを考えたか?」
ガレスが尋ねる。
「教会とルシウス王が、互いに何らかの形で協力している可能性……ですね」
「ああ」
レオナルトは頷いた。
「アルの報告だけなら、まだ慎重に考える必要がある。だが、各地の被害と黒ローブの目撃情報を合わせると、無関係だと考える方が難しい」
「俺も同意見です」
ガレスは腕を組んだ。
「教会の上層部が黒ローブを動かし、王がそれを黙認している。あるいは、互いの利益のために利用し合っている。今のところは、そのあたりが一番ありそうな筋書きだろう」
「それと、教皇本人がどこまで関与しているか……」
「俺もそれを考えてます……」
ガレスは頷いた。
「それと、ルシウス王が、黒魔石のことをどこまで知っているのかというところも……」
二人はしばらく黙っていた。
疑わしい点は多い。
情報も、少しずつつながり始めている。
それでも、決定的な証拠はない。
今の段階で公然と教会や王を告発すれば、逆にこちらが罪を問われかねなかった。
「……八割、といったところか」
レオナルトが呟いた。
「何です?」
「教会とルシウス王の間に、何らかの協力関係がある可能性だ。今までの情報を総合すれば、俺はそれが最も可能性の高い仮説だと思う」
ガレスは少し考え、頷いた。
「妥当なところですね」
「ですが、残りの二割を無視するわけにはいきません」
「もちろんだ。間違っていたら、協力してくれた連中まで危険にさらすことになる」
レオナルトは椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
「だからこそ、証拠が必要だ」
「黒ローブを捕まえるか、黒魔石を確保するか……」
「どちらも……ですね。黒ローブ達が何者から指示を受けているのか」
「そして黒魔石の性質も突き止めたい」
ガレスが低く答える。
「俺たちだけでは手が足りない……」
「ああ」
レオナルトは振り返った。
「各領地の協力が必要だ。それに、種族を越えた情報網もな」
ガレスの表情が引き締まる。
「各種族の長や、有力者たちに声をかけるんですか?」
「そうだ。ただし、表立って動くわけにはいかない」
「教会や王都に知られれば、相手に警戒されますからね」
「それだけじゃない。協力を求めた相手が、必ずしもこちらの味方とは限らない」
レオナルトは机へ戻り、白紙の書簡を取り出した。
「まずは信頼できる相手を見定め、各地の異変について情報共有を求める。黒ローブや黒魔石に関する報告があれば、互いに知らせ合うようにする」
「そのうえで、捕縛や証拠の確保に協力してもらう」
ガレスが続けた。
「無理に戦う必要はなく、見つけたら記録を取り、機会があれば捕まえる。黒魔石を確保できれば、アルやイザベラにも調べてもらえるかもしれない」
「そうだな。あいつなら、石の性質から何かを見つけ出すかもしれない」
レオナルトはペンを手に取った。
「証拠を集めることができれば、次の一手も考えられる」
ガレスも頷く。
「では俺は各種族の長や、信頼できる冒険者たちに書簡を送ります」
「たのむ」
二人は互いに視線を交わした。
まだ、確かな答えはない。
教会とルシウス王がどこまで手を結んでいるのか。
黒ローブたちは何を目的としているのか。
そして、各地で起きている異変の先に何が待っているのか。
すべては、これから明らかにしなければならない。
「……動き出すぞ、ガレス」
「はい!」
ガレスは立ち上がった。
「絶対に真相を突き止めましょう!」
レオナルトは書簡に目を落とした。
これから送る言葉が、どれほどの人々を動かすことになるのか。
まだ分からない。
それでも、もう見過ごすことはできなかった。
こうして二人は、表には出さず、各地の領主や各種族の有力者へ協力を求める準備を始めた。
黒ローブと黒魔石。
そして、その背後にいる者たち。
断片的だった情報は、少しずつ一つの形を取り始めていた。
第112話を読んでいただき、ありがとうございました。
各地で相次ぐ行方不明者や魔獣の襲撃。そして、繰り返し目撃される黒ローブの姿。
アルが王都で集めた情報と、レオナルトやガレスが各地で得た情報が、少しずつつながり始めました。
まだ決定的な証拠はありません。それでも、真相に近づくための動きが始まります。
今後ともよろしくお願いいたします。




