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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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110/116

招かれた者

第110話「招かれた者」をお届けします。

黒ローブと教会のつながりが見え始める中、アルのもとに教皇の年次説教への招待が届きます。

その招待に込められた思惑とは――。

今回も楽しんでいただけましたら幸いです。


 王都でアルに与えられた住居。

 机の上には、数枚の報告書が広げられていた。

 アルは椅子に座り、一枚ずつ目を通していく。

 黒ローブ。

 黒魔石。

 教会の関係者から出された指示。

 先日の魔獣襲撃で確保した捕虜から、いくつかの情報を得ることができた。

 黒ローブたちは、教会の関係者から指示を受けていた。

 しかし、教会のどこまでが関与しているのか。

 命令を出した者は、さらに上から指示を受けていたのか。

 そして、今回の襲撃は何を目的としていたのか。

 肝心な部分は、まだ分かっていない。

「……まだ、断定はできないか」

 アルはペンを置いた。

 教会と黒ローブの間につながりがあることは、もはや単なる憶測ではない。

 だが、教会全体が襲撃を命じたとまでは言えなかった。

 現国王ルシウスと教会の関係についても同じだ。

 王政と教会の結びつきが強まっていることは、王都で暮らす中でも感じられる。

 しかし、それだけで両者が同じ目的を持っているとは断定できない。

 互いに協力しているのか。

 それぞれの目的のために利用し合っているのか。

 それとも、まだ知らない第三者が両者を動かしているのか。

 可能性はいくつも考えられた。

「……本人たちの動きを、もっと調べる必要があるな」

 アルは窓の外へ目を向けた。

 この王都に来た目的は、最初から変わっていない。

 ルシウスの政権と教会の実態を知ること。

 そして、父と母、乳母のマリアを失ったクーデターの真相へ近づくこと。

 ルシウスがクーデターを主導したことは分かっている。

 その結果、多くの貴族が命を落とした。

 だが、家族が命を落とすに至った具体的な経緯や、誰が直接手を下したのかまでは、まだ明らかになっていない。

 憎しみは消えていない。

 ルシウスを許せるとも思っていなかった。

 それでも、憎しみだけで相手を決めつければ、本当に知るべきことを見落とすかもしれない。

 知らなければ、何を正すべきなのかも分からない。

「……焦らず、一つずつだ」

 アルは報告書をまとめた。

 今の自分にできることは、王都で得られる情報を集め、確かな事実と推測を分けていくことだった。

     

 午後。

 アルはエルシアとともに、王都の大聖堂を訪れていた。

 ここへ通うようになってから、しばらく時間が経っている。

 最初は建物の造りや、礼拝に集まる人々の様子を観察することが目的だった。

 だが、今では教義について神官たちに質問し、教会が人々に何を伝えようとしているのかを学ぶことも日課になっていた。

 もちろん、信仰を深めることだけが目的ではない。

 教会の内側に近づき、その考え方や組織の動きを知るためでもあった。

「今日も来たんだね」

 エルシアが小声で言う。

「うん。昨日の続きも気になるし」

「本当に熱心だね」

「知らないことがあると、どうしても気になっちゃうんだよ」

 アルは苦笑した。

 教会の教えを学ぶ一人の青年として、周囲から不自然に思われないように振る舞う。

 それは、王都で調査を続けるために必要なことだった。

 やがて礼拝が終わり、信者たちが少しずつ大聖堂を後にしていく。

 アルも帰ろうとした、そのときだった。

「アルフレッド殿」

 聞き覚えのある声に、アルは振り返った。

 そこに立っていたのは、以前から面識のある大司教だった。

「本日も熱心に学ばれているようだな」

「おかげさまで。皆様には、いつも丁寧に教えていただいております」

 アルは礼儀正しく頭を下げた。

 大司教は満足そうに頷いた。

「それは何よりだ。君のように、理解しようと努める姿勢は大切なものだからな」

「ありがとうございます」

 ここまでは、いつもと変わらない会話だった。

 しかし、大司教はすぐには立ち去らなかった。

「実は、君に伝えておきたいことがある」

「私に、ですか?」

「ああ」

 大司教は懐から一通の封書を取り出した。

「教皇猊下が、年に一度の説教を行われることになってな」

 アルの意識が、わずかに引き締まった。

「年次の説教……」

「各地の貴族や有力者も参列する、教会にとって重要な儀式だ」

 大司教は封書を差し出した。

「君にも、ぜひ出席してほしいとのことだ」

 アルはすぐには受け取らず、大司教の表情を見た。

「……どうして、私に?」

 率直な疑問だった。

 以前、アルは枢機卿と面会している。

 その際には、ヴァルクレイン家にも教会の活動へ協力してほしいという要請を受けた。

 しかし、その返答はまだ保留したままだ。

 そんな状況で、今度は教皇の説教に招かれる。

 偶然とは考えにくかった。

「君は若くして魔法の研究に取り組み、領地の発展にも貢献していると聞いている」

 大司教は穏やかに答えた。

「そのような人物にとって、教皇猊下のお言葉を直接聞くことは有意義な経験となるだろう」

「なるほど……」

「それに、君は教会の教えを真摯に学んでいる。猊下も、その姿勢を喜ばれるはずだ」

 大司教は封書を差し出したまま、アルの返事を待っていた。

 アルは、そこでようやく封書を受け取った。

「ありがとうございます。内容を確認させていただきます」

「もちろんだ。返答は後日でも構わない」

 大司教は穏やかに微笑んだ。

「よい返事を期待しているよ、アルフレッド殿」

 そう告げると、大司教は別の神官に呼ばれ、その場を離れていった。

 アルは手元の封書を見つめた。

「……どう思う?」

 エルシアが尋ねる。

「正直、分からない」

 アルは首を横に振った。

「ただ、向こうにも何か意図があると考えた方がいいと思う」

 教会にとって、アルは利用価値のある人物なのかもしれない。

 有力な辺境伯家の一員であり、魔法研究で名を知られ始めた若者。

 そのアルが教皇の説教に参列すれば、教会に対する信頼を示す一例として扱うこともできる。

 若い貴族も教会の教えに耳を傾けている。

 そうした印象を、周囲に与えられるからだ。

 もちろん、それはアルの推測にすぎない。

 大司教が本当にその目的で招待したのかどうかは、まだ分からなかった。

「……それにしても」

 アルは封書を持ち直した。

「捕虜の話に出てきた大司教と、今の大司教が同じ人物なのかも、確認する必要があるな」

「同じ人かもしれないってこと?」

「うん。ただ、今のところは肩書きしか分かっていない。名前も含めて、証言と照らし合わせる必要がある」

 アルは一度、言葉を切った。

 もし同じ人物なら、教会の内部に近づくうえで大きな手掛かりになる。

 だが、確証がない段階で疑いを事実として扱うわけにはいかなかった。

「……まずは、この招待をどうするかだね」

 エルシアが言った。

「うん」

 アルは封書を見つめた。

 教皇アルベリク十三世。

 星環教の頂点に立つ人物。

 ルシウスと教会の関係を調べるうえでも、無視できない存在だった。

 ただし、教皇とルシウスが同じ目的で動いているという確証はない。

 黒ローブたちの背後に教会の関係者がいることは分かった。

 しかし、その命令がどこまで上へつながっているのかは不明だ。

 教皇が関与しているのか。

 ルシウスが関与しているのか。

 それとも、両者とは別の人物が動いているのか。

 答えは、まだ見えていない。

「……行く価値はあると思う」

 アルは静かに言った。

「教皇の説教を直接聞ける機会は、そう何度もないだろうし」

「でも、向こうもアルを見ているんだよね?」

「そうだね」

 アルは頷いた。

「だから、こちらも見られていることを前提に行動する」

「……危なくない?」

「危険はあると思う」

 アルは封書をしまった。

「でも、断った場合にどう受け取られるかも分からない。今の僕は、自由な立場じゃないからね」

 人質として王都にいる以上、教会からの招待を無条件に拒むことも、政治的な意味を持つ可能性がある。

 もちろん、招待を受けたからといって、教会に協力すると約束したことにはならない。

 参列することと、信頼することは別だ。

「……出席する方向で考えるよ」

 アルは決めた。

「ただし、事前にイザベラとフィオナにも相談しておきたい」

「うん。それがいいと思う」

 エルシアは頷いた。

「一人で抱え込まないこと。約束だよ」

「分かってる」

 アルは小さく笑った。

 だが、その表情はすぐに真剣なものへ戻った。

     

 一方、ヴァルクレイン領でも、情報の整理が進んでいた。

 レオナルトは机に広げた報告書を読み、静かに息を吐いた。

「……人の失踪に、魔物の襲撃か」

 ガレスが頷く。

「各地から似た報告が届いています。ただし、すべてが同じ原因とは限りません」

「教会の関係者が呼び出した後に戻ってこない者がいる、という話もあったな」

「はい。ただ、それも伝聞の段階です。個別に確認が必要でしょう」

 レオナルトは書類を閉じた。

 アルが王都で調査を進めている一方、こちらでは各地の状況を把握する必要がある。

 新王家に不満を持つ貴族たちも、少しずつ互いの情報を共有し始めていた。

 だが、まだ強固な同盟ができたわけではない。

 教会への不信を抱く者。

 新王家の政策に疑問を持つ者。

 地方領主として、中央からの介入を警戒する者。

 それぞれの立場は異なっている。

「焦ってまとめようとするべきではないな」

 レオナルトが言った。

「今は、確かな情報を集めることが先だ」

「その通りです」

 ガレスは頷いた。

「アルにも、こちらで確認できた情報を送っておきます」

「頼む」

 レオナルトは窓の外を見た。

 王都にいる弟は、今もルシウスの監視下にある。

 その立場で、どこまで真実に近づけるのか。

 心配がないわけではない。

 だが、アルは自分の意思で調査を続けている。

 ならば、こちらもできることを進めるしかなかった。

     

 数日後。

 教皇の説教の日が近づいていた。

 アルは、招待状を机の上に置き、改めて内容を確認していた。

 王都に来たときから、状況は何一つ好転していない。

 ルシウスの政権は続いている。

 教会の影響力は強まっている。

 そして、黒ローブたちの活動の全貌は、まだ分からない。

 それでも、手掛かりは少しずつ増えていた。

 黒魔石。

 魔獣を操る黒ローブ。

 教会の関係者から出された指示。

 それらをつなぐ線は、まだ途切れ途切れだ。

 だが、調べる価値はある。

「……必ず、解き明かす」

 アルは小さく呟いた。

 家族を失った原因を知るために。

 黒魔石の謎を解くために。

 そして、今も誰かが同じような被害に遭っているのなら、それを見過ごさないために。

 アルは招待状を封筒へ戻した。

 教皇の説教は、もうすぐ始まる。

 今度は、教会の頂点に立つ人物の言葉を、自分の耳で聞くことになる。

 そこから何が分かるのか。

 まだ、答えはない。

 それでも。

 アルは、確かめることを選んだ。

 王都で人質として暮らす青年は、次の一歩を踏み出そうとしていた。


第110話を読んでいただき、ありがとうございました。

アルは教会の内側へ、少しずつ近づき始めています。

招待の裏に何があるのか。そして、教皇の言葉から何を読み取ることができるのか。

次回も引き続き、アルたちの物語をお楽しみいただければ嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。


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