捕虜が語る真実
今回は、捕らえた黒ローブへの尋問が始まります。
襲撃を指示したのは誰なのか。そして、黒魔石にはどんな秘密が隠されているのか。
少しずつ明らかになる真相を、ぜひお楽しみください。
魔獣の襲撃が終わった防衛線には、勝利の歓声が響いていた。
兵士たちが互いの無事を確かめ、冒険者たちは武器を収めながら安堵の息を吐く。
負傷者の手当ても始まり、街の人々からは感謝の声が上がっていた。
防衛線は守られた。
だが、その喧騒から少し離れた場所では、アルたちが捕らえた黒ローブの男を囲んでいた。
男の両手は拘束され、武器もすでに取り上げられている。
「……まずは、こいつの扱いを決めないとね」
イザベラが男を見ながら言った。
「今回の襲撃を指揮していたのは、こいつで間違いないと思う」
アルは、布に包んだ黒い石の破片へ視線を落とした。
「魔獣の動きが変わったのは、こいつが持っていた黒魔石を切った直後だった。偶然とは考えにくい」
「私も、石の反応と魔獣の動きには関係があったと思うわ」
フィオナが頷く。
「ただ、どういう仕組みで魔獣に影響を与えていたのかは、まだ分からないのよね」
「だからこそ、詳しく調べる必要がある」
アルは黒魔石の破片を見つめた。
生命力を奪い、その力を蓄える石。
以前から分かっていた性質に加え、魔獣の群れを統率するような働きまであるのだとすれば、研究する価値は大きい。 しかし、今は石の仕組みを解明するより先に、襲撃の背景を調べなければならなかった。
「この男から話を聞きたいところだけど……」
イザベラが小さく息を吐いた。
「私たちは、王都での連絡役と情報収集を続けなければならない。ここで長時間、尋問に付きっきりになるわけにはいかないわ」
フィオナも困ったように眉を寄せた。
「それなら、ひとまず私たちで身柄を預かって、ガレスに引き取ってもらうのはどうかな」
アルが提案した。
「ガレスたちなら、ヴァルクレイン領で落ち着いて尋問できる。それに、黒魔石の調査も一緒にお願いできると思う」
「そうね。それがよさそうだわ」
イザベラは頷いた。
「まずはガレスに連絡しましょう」
彼女は荷物から小さな筒を取り出した。
中には、連絡用の文書を収められる仕組みが備わっている。
イザベラは今回の襲撃で捕らえた黒ローブの身柄を一時的に預かること、そして黒魔石の破片も確保していることを簡潔に書き記した。
さらに、捕虜が襲撃の指揮を担っていた可能性が高く、詳しい尋問と石の調査を依頼したい旨を添える。
書き終えると、彼女はメッセンジャーホークを呼び寄せた。
腕に止まった鳥の脚へ文書を固定する。
「ガレスのところまで、お願いね」
ホークは短く鳴き、翼を広げた。
空へ舞い上がった姿が遠ざかっていくのを見届けてから、イザベラは捕虜へ視線を戻した。
「返事が来るまでは、こちらで身柄を預かるわ」
「逃げられないよう、見張りは必要だね」
アルが言うと、フィオナも頷いた。
「ええ。尋問は引き渡してからでも出来るわ。それまでは、余計なことをさせないようにしないとね」
黒ローブの男は、三人の会話を黙って聞いていた。
その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
アルは男を見つめた。
今回の襲撃について、まだ分からないことは多い。
だが、ようやく手に入れた確かな手掛かりだ。
ここで失うわけにはいかなかった。
同じ頃。
王都の一室では、ルシウス王が報告を受けていた。
その場には、教皇アルベリク十三世の姿もあった。
「……失敗した、というのか」
ルシウスの声は低かった。
「申し訳ございません。魔獣の群れは防衛線を突破できず、指揮を担っていた者たちも、多くが戦闘の中で命を落としたものと思われます」
報告者は深く頭を下げる。
「さらに、現場で使用していた黒魔石の反応が途絶えました。破壊された可能性が高いと考えております」
「可能性、か」
ルシウスは椅子の肘掛けを指先で叩いた。
「確証はないのだな?」
「はい。現地の状況を詳しく調べる必要がございます」
「それと……」
報告者は一瞬、言葉をためらった。
「指揮を執っていた者のうち、一人の所在が分かっておりません。戦闘後の確認でも、遺体は見つかりませんでした」
ルシウスの指が止まった。
「捕らえられた可能性がある、と?」
「現時点では、否定できません」
部屋に沈黙が落ちた。
教皇は目を伏せたまま、静かに問いかける。
「その者が所持していた黒魔石は、どうなったのです?」
「破壊されたものと考えられますが、破片の所在は確認できておりません。現場から回収できなかったものと思われます」
教皇の表情から、穏やかな笑みが消えた。
「……そうですか」
声は静かだった。
しかし、その言葉には明らかな重みがあった。
黒魔石の破壊。
指揮を担っていた者の所在不明。
そして、回収できなかった石。
どれも見過ごせる問題ではない。
「情報が少なすぎるな」
ルシウスが言った。
「誰が戦場にいたのか。誰が石を破壊したのか。捕らえられた者がいるのか。すべて調べ直せ」
「はっ」
「ただし、動きは慎重にしろ。余計な噂を広めるな」
報告者が退出すると、部屋には二人だけが残った。
ルシウスは教皇へ視線を向ける。
「……捕虜がいるとすれば、厄介ですな」
「ええ」
教皇はゆっくりと頷いた。
「彼らがどこまで知っているのか。それが問題です」
「情報がどこまで辿られるかですな」
「その先のこちらの意図を、知られては困りますからね」
教皇は窓の外へ目を向けた。
「今回の件は、徹底的に調べなければなりません」
ルシウスは答えなかった。
ただ、二人の間には、先ほどまでとは違う緊張が漂っていた。
失敗そのものも問題だった。
だが、それ以上に。
自分たちの知らないところで、計画の一部が失われている。
その事実が、二人の心を重くしていた。
その後、イザベラのもとへガレスから返事が届いた。
捕虜と黒魔石の破片を引き受け、ヴァルクレイン領で詳しい尋問と調査を進めるという。
数日後、ガレスの手配した者たちが現地へ到着した。
捕虜は厳重な監視のもとで引き渡され、黒魔石の破片も確かな証拠として一緒に託された。
「こいつが何を知っているのか、できる限り聞き出してみる」
ガレスはアルたちにそう告げた。
「黒魔石についても、分かったことがあれば連絡する」
「お願いします」
アルは頷いた。
「命令を出した人物だけじゃなく、黒魔石の仕組みについても知りたいんです」
「分かっている。任せておけ」
こうして捕虜と黒魔石は、ヴァルクレイン領へ運ばれることになった。
数日後。
ヴァルクレイン領の一室で、ガレスは黒ローブの男と向かい合っていた。
机の上には、拘束された男の所持品と、アルから預かった黒魔石の破片が並べられている。
尋問は、すでに何度か行われていた。
最初、男は何も話そうとしなかった。
命令を受けて行動しただけだ。
自分には責任がない。
そう繰り返すばかりだった。
しかし、時間が経つにつれ、少しずつ態度が変わっていった。
「……今回の襲撃は、大司教の命令だった」
男がようやく口を開いた。
ガレスは表情を変えずに尋ねる。
「大司教が直接指示したのか?」
「……ああ。少なくとも、俺たちが受けた命令はそうだった」
「その大司教は、誰から命令を受けている?」
男は俯いた。
「……そこまでは知らない」
「本当に?」
「俺たちが接触できる相手じゃない。大司教より上に誰かいるのは分かっていたが、名前も、立場も教えられていない」
ガレスは男の言葉を記録するよう、傍らの者へ目配せした。
「今回の襲撃の目的は?」
「魔獣を使って街を襲わせることだ」
「それは分かっている。なぜ、そんなことをした?」
「……教会の勢力を広げるためだと聞いていた」
男は苦しそうに顔を歪めた。
「魔獣の襲撃で人々が不安になれば、教会の救済を求める者が増える。そうすれば、教会の言葉を信じる者も増える……そういう話だった」
「人々の意識を変える、ということか」
「……ああ」
男は小さく頷いた。
「ただ、俺は詳しい計画までは知らない。上の連中が何を考えているのか、全部教えられていたわけじゃないんだ」
「黒魔石については?」
男の視線が、机の上の破片へ落ちた。
「魔獣を誘導し、動きを揃えるために使っていた。石が反応すると、魔獣の動きが変わる。だが……」
「だが?」
「俺たちも、仕組みを理解していたわけじゃない」
男は首を振った。
「どうして魔獣が従うのか。石に何が起きているのか。そんなことは、上の研究者たちが調べていた」
ガレスは黙って続きを待った。
「それに……」
男はためらいながら口を開く。
「今になって思えば、俺たち自身も、何かおかしくなっていたのかもしれない」
「どういう意味だ?」
「教会の命令を疑う気が起きなかった。どれだけ酷いことをしても、必要なことだと思い込んでいた」
男は自分の手を見つめた。
「捕まって、教会から離れて……黒魔石にも触れなくなってから、少しずつ考えられるようになった気がする」
「黒魔石が、人の考えにも影響していたと言いたいのか?」
「……分からない」
男は力なく首を振った。
「命令を信じ込まされていただけなのかもしれない。教会でずっと教えられてきたから、そう思うようになっただけかもしれない」
「だが、何か違和感があった?」
「……ああ」
男は目を伏せた。
「今までなら、こんなことを話そうとも思わなかったはずだ。仲間を裏切るなんて、考えもしなかった」
ガレスはしばらく黙っていた。
黒魔石が精神に何らかの作用を及ぼしていたのか。
それとも、長い間の教育や命令によって、男の考えが偏っていただけなのか。
今の証言だけでは、判断できない。
「……分かった」
ガレスは静かに言った。
「お前の話は、こちらで調べる」
男は顔を上げた。
「俺は……どうなる?」
「それは、まだ決まっていない」
ガレスは率直に答えた。
男は何も言わなかった。
ただ、先ほどよりも少しだけ、張り詰めていた表情が緩んでいた。
ガレスから報告が届いたのは、その翌日だった。
アルはエルシアとともに、報告書へ目を通していた。
「……大司教の命令だったんだ」
アルが呟く。
「そして、その上にも誰かがいる」
エルシアが続けた。
「うん。命令系統の全体は、まだ分からない。でも、教会の内部で組織的に動いている可能性は高い」
アルは報告書を読み直した。
魔獣の襲撃。
黒魔石による誘導。
教会の勢力拡大。
そして、人の意識にまで影響を及ぼすかもしれない現象。
「……黒魔石の性質も、調べ直す必要があるな」
「精神に作用する力があるのかな?」
「可能性はある。でも、まだ断定できない」
アルは首を振った。
「本人の証言だけじゃ、黒魔石の影響なのか、教会で受けた教育の影響なのか区別できないからね」
「そうだね」
「だから、石そのものの調査と、他の証言を集めることが必要になる」
アルは報告書を机へ置いた。
黒魔石は、生命力を奪い、蓄える石。
そして今、新たに疑われている性質がある。
もし、人の意識にまで作用するのなら。
それは単なる魔道具や研究材料では済まされない。
人々の考えを変え、命令を疑うことすらできなくさせる力。
そんなものが確立されれば、教会は武力だけに頼らず、人々を従わせることができるかもしれない。
だが、それはまだ仮説だ。
確かな証拠はない。
「……まずは、分かっていることを整理しよう」
アルは新しい紙を取り出した。
「黒魔石の性質。大司教の命令系統。教会が何を目的としているのか」
一つずつ書き出していく。
「それから……」
アルの手が止まった。
「枢機卿より上の人物についても、調べる必要がある」
エルシアが静かに頷く。
「教皇や、ルシウス王も?」
「うん」
アルは答えた。
「今の段階で、二人が直接関わっていると決まったわけじゃない。でも、調べずに除外する理由もない」
教会の上層部。
そのさらに上にいる人物。
そして、王都で教会と接点を持つルシウス王。
まだ、何も確定していない。
けれど。
黒ローブの襲撃は、単なる魔獣の暴走ではなかった。
その背後には、明確な命令と目的があった。
「……もっと情報が必要だ」
アルは報告書を閉じた。
「誰が命令しているのか。何をしようとしているのか。そして、黒魔石には何ができるのか」
研究者として。
この世界で生きる者として。
知らないままにはできなかった。
次に調べるべき相手は、もう見えている。
枢機卿。
その上にいる者たち。
そして、王ルシウス。
アルたちは、教会のさらに奥に隠された真実を探るため、新たな情報収集を始めることにした。
第109話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、捕らえた黒ローブの証言から、大司教の存在と、そのさらに上にいる人物の影が見えてきました。
黒魔石が人の意識にまで影響を及ぼすのか。その謎も、アルたちが解き明かすべき新たな課題となりそうです。
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次回もよろしくお願いいたします。




