太刀が切り開く戦場
今回は、アルが新たな身体と太刀の力を実戦で確かめる戦闘回です。
魔獣の群れの背後にいた黒ローブたち。その目的とは――。
ぜひ最後までお楽しみください。
王都を出てしばらく。
アルたちの前方に、土煙が見え始めていた。
魔獣の群れが進んでいる。
その先には、王都近郊の都市へ続く街道があった。
「……始まっているみたいだね」
エルシアが呟く。
アルは頷き、腰に差した太刀へ目を向けた。
龍人となった自分の身体。
そして、受け継いだこの太刀。
どちらも、まだ実戦で十分に試したことはない。
今日は、それを確かめる機会でもあった。
「アル、忘れないで」
エルシアが小声で言う。
「私たちの目的は、魔獣を倒すことだけじゃないよ」
「分かってる」
アルは頷いた。
今回の第一の目的は、魔獣の襲撃に黒ローブたちが関与しているのか、そして黒魔石によって魔獣を操っているのかを確認することだ。
イザベラとフィオナも、少し離れた場所から合流した。
二人とも、装備は一般の冒険者と変わらない。
「私たちも、魔獣の動きと後方の様子を確認するわ」
イザベラが小声で告げる。
「黒い石を持った人間がいれば、見逃さないようにする」
「でも、目立つ行動はダメよ。いい?」
フィオナが続けた。
「私たちが特別な連携をしていると知られれば、余計な疑いを招くからね」
「うん。お互い、周囲の目には気をつけよう」
アルは三人を見回した。
それぞれが頷く。
共通認識はできている。
あとは、実際に確かめるだけだ。
防衛線では、兵士と冒険者たちが魔獣の群れを食い止めていた。
剣がぶつかる音。
魔法の炸裂音。
魔獣の咆哮。
戦場は、すでに混乱の中にあった。
「前線を維持しろ! 後方へ通すな!」
指揮官の声が響く。
兵士たちが盾を構え、冒険者たちが隙を見て攻撃を仕掛ける。
しかし、魔獣の数は多い。
一体を倒しても、その後ろから次が迫ってくる。
「……正面から押し返すのは厳しそうだね」
アルは群れを観察した。
魔獣たちは無秩序に暴れているように見える。
だが、群れの一部は不自然なほど同じ方向へ進んでいた。
前線にぶつかっている個体がいる一方で、その後ろから別の群れが回り込むように動いている。
偶然にしては、動きが揃いすぎていた。
「やっぱり、何かある」
アルは小さく呟いた。
「エルシア、後方へ回ろう」
「分かった」
四人は兵士たちの視線が正面へ集まっている隙に、戦場の端へ移動した。
アルたちが防衛線に加わって戦えば、目立つことになる。
特に、今のアルがどれほどの力を持っているのかは、できる限り知られたくなかった。
ならば、人目の少ない場所から群れの後方へ回り、指揮している者を探す。
それが最も合理的だった。
魔獣の群れの側面へたどり着くと、アルは太刀の柄に手をかけた。
近づいてきた大型の獣が、こちらに気づいて突進してくる。
速い。
だが、アルにはその動きがはっきりと見えていた。
踏み込む前の脚の動き。
地面を蹴る瞬間。
身体が前へ傾く角度。
すべてが、以前よりも鮮明に捉えられる。
(……これが、龍人の身体か)
アルは一歩だけ横へ移動した。
獣の突進をかわしながら、太刀を抜く。
刃が走った。
次の瞬間、大型の獣の身体が崩れ落ちた。
「……え?」
アルは思わず手元を見た。
ほとんど抵抗がなかった。
骨も、筋肉も、刃を阻む感触が驚くほど薄い。
確かに斬ったはずなのに、想像していたほどの手応えがなかった。
(切れ味が……すごい)
太刀を握る手に、余計な力は必要なかった。
それどころか、柄を通して自分の魔力が刃へ流れていく感覚がある。
試しに、ほんの少しだけ魔力を流す。
刃の周囲に、微かな光が走った。
「アル、右!」
エルシアの声が響く。
別の魔獣が飛びかかってきた。
アルは反射的に太刀を振るう。
同時に、炎の魔法を発動した。
詠唱も魔法陣も必要ない。
意識した瞬間、炎が生まれる。
しかも、いつもより速い。
太刀を通して流れた魔力が、魔法の発動を後押しするように感じられた。
炎が魔獣を弾き飛ばし、その勢いを利用して太刀が次の一撃を放つ。
「……これは、想像以上だ」
アルは目を見開いた。
身体能力だけではない。
太刀そのものが、魔力を扱ううえでも優れた道具になっている。
魔法の発動速度。
威力。
そして、太刀の切れ味。
それらが一体となり、これまでとはまるで違う戦い方を可能にしていた。
「感心するのは後!」
エルシアがアルの前へ出る。
横合いから迫った魔獣の爪を受け流し、反撃の隙を作った。
「前に集中して!」
「ごめん!」
アルは意識を切り替えた。
今は実験の時間ではない。
戦場だ。
それでも、確かめられたことは大きい。
この太刀は、単に切れ味が優れているだけではない。
魔力を流すことで、魔法との連携をさらに高められる。
その可能性は、十分にありそうだった。
少し離れた場所では、イザベラが雷魔法を放っていた。
雷が地面を走り、魔獣の足元で弾ける。
動きを止めた個体へ、フィオナが追撃を防ぐための魔法を重ねた。
二人とも、周囲から見れば熟練の冒険者による支援にしか見えない。
しかし、その攻撃は確実に魔獣の群れを削っていた。
「……いたわ!」
イザベラが声を抑えて告げる。
群れの中心付近。
魔獣たちの動きを見渡せる位置に、黒いローブをまとった人影があった。
一人ではない。
数人が、互いに距離を取りながら立っている。
そのうちの一人が手を掲げていた。
手元で、黒い石が光っている。
アルの表情が変わった。
「……黒魔石だ」
石が光るたび、周囲の魔獣の動きが変化していた。
前へ進む個体。
進路を変える個体。
防衛線へ向かおうとする個体。
まるで、目に見えない命令を受け取っているかのようだった。
「これなら、ほぼ間違いないね」
アルは太刀を握り直す。
「行こう」
エルシアが頷いた。
四人は魔獣の動きに紛れながら、黒ローブたちへ接近した。
黒ローブの一人が、こちらに気づく。
「何者――」
言葉が終わる前に、アルが踏み込んだ。
太刀が閃く。
黒ローブが掲げていた黒魔石を、刃が真っ二つに断ち切った。
乾いた音が響く。
石の光が消えた。
「なっ……!」
黒ローブたちが動揺する。
その隙を、エルシアは逃さなかった。
アルの側面を守りながら敵の攻撃を受け流し、反撃の機会を作る。
アルは太刀と魔法を組み合わせ、次々と黒ローブたちを制圧していった。
雷が走る。
炎が弾ける。
そして、太刀の刃が黒い衣を切り裂く。
イザベラの雷魔法が敵の動きを止め、フィオナが背後からの不意打ちを防ぐ。
連携は短く、無駄がなかった。
ほどなくして、黒ローブたちの多くが地面に倒れた。
だが、一人だけが、隙を見て群れの外へ逃れようとしていた。
「逃がさない!」
エルシアが回り込み、その進路を塞ぐ。
黒ローブは短剣を抜き、エルシアへ斬りかかった。
エルシアは身をひねってかわす。
その一瞬の隙に、アルが距離を詰めた。
太刀の柄で男の腕を打ち、短剣を地面へ弾き飛ばす。
続けて足を払うと、男の身体が崩れた。
「動くな」
アルは太刀の切っ先を向けた。
「次は本当に斬る」
男は荒い息を吐きながら、地面に伏せた。
抵抗しようとした腕をエルシアが押さえ、イザベラが雷をまとわせた手を近づける。
「妙な動きをしたら、すぐに動けなくするわ」
男は唇を噛み、動きを止めた。
「……一人、確保できたね」
フィオナが周囲を確認しながら言った。
「うん。でも、まだ終わっていない」
アルは足元の黒魔石の破片へ視線を戻した。
「これが壊れたら、魔獣はどうなるのか……確かめよう」
答えは、すぐに現れた。
魔獣の群れが、一斉に動きを乱したのだ。
前へ進んでいた魔獣が、突然立ち止まる。
別の個体は進路を変え、近くにいた魔獣へ襲いかかった。
逃げ出すものもいれば、目の前にいる兵士や冒険者へ無差別に突進するものもいる。
「魔獣の動きが変わったぞ!」
「隊列が崩れている!」
防衛線から、驚きの声が上がった。
それまで同じ方向へ押し寄せていた群れは、もはや一つの流れを保てなくなっていた。
統制を失った魔獣たちは、互いに争い、逃げ惑い、目についた相手へ襲いかかる。
戦場は一時、さらに混乱した。
だが。
「今だ! 隊列を立て直せ!」
指揮官の声が響く。
「盾を前へ! 冒険者は左右から押さえろ!」
兵士たちが再び隊列を整えた。
冒険者たちも、それぞれの位置へ戻っていく。
魔獣の数は依然として多い。
しかし、群れ全体が同じ方向へ押し寄せてくることはなくなった。
組織的に動く人間たちに対し、魔獣たちは個々の動きに頼るしかない。
それならば、対処できる。
一体ずつ、確実に。
防衛線は少しずつ押し返し始めた。
やがて、最後の魔獣が倒れる。
街道に残ったのは、荒れた地面と、戦いの痕跡だけだった。
「……終わった、のか?」
誰かが呟く。
歓声が上がった。
防衛線は守り切られたのだ。
戦場の喧騒が少しずつ落ち着く中、アルたちは人目の届かない場所へ移動した。
捕らえた黒ローブは、両手を後ろで拘束され、地面に座らされている。
ほかの黒ローブたちは、すでに動かなくなっていた。
アルは黒魔石の破片を布で包み、イザベラは黒ローブたちの持ち物を確認する。
「身元を示すものは……ないわね」
「わざと残していないのかもしれない」
アルは答えた。
「少なくとも、普通の冒険者や兵士ではなさそうだ」
エルシアが捕虜を見下ろす。
「この人、どこまで知っているんだろう」
「それを確かめる必要があるね」
アルは男の前にしゃがんだ。
「少し、話を聞かせてもらうよ」
「……何も話すことはない」
男は顔を背けた。
「まだ質問もしていないんだけど」
アルは落ち着いた声で続ける。
「まず、あの黒い石は何だ?」
「……知らない」
「じゃあ、どうして石が光るたびに魔獣の動きが変わったの?」
「……」
「偶然だとは思えない。石を壊した直後、魔獣の統制が崩れた」
アルは包みを持ち上げた。
「これが魔獣を動かすための道具だった。そう考えるのが自然だよね」
男は答えなかった。
だが、その沈黙は、否定よりも多くを語っていた。
イザベラが一歩近づく。
「あなたたちは、何のために魔獣を都市へ向かわせたの?」
「……命令されたからだ」
男は、ようやく口を開いた。
「誰から?」
「……上からだ」
「その上というのは?」
「俺たちが直接命令を受けた相手だ。それ以上は知らない」
アルは少し考えた。
「命令を出したのは、教会の関係者?」
その瞬間、男の表情が変わった。
ほんの僅かだった。
だが、アルは見逃さなかった。
「……なぜ、それを知っている」
「否定しないんだね」
「……」
男は唇を引き結んだ。
「教会の関係者から指示が出ていた。そこまでは間違いないんだね?」
しばらくして、男は低く答えた。
「……ああ」
空気が張り詰めた。
フィオナが息を呑む。
イザベラも表情を引き締めた。
教会との関係。
これまで疑っていたものが、初めて証言として形になった。
だが、アルはそこで追及を止めなかった。
「教会の誰が命令を出した?」
「知らない」
「上層部の人間?」
「……俺たちに指示を渡していた連中が、どこまで上とつながっていたのかは知らない」
「今回の襲撃は、教会全体の命令だったの?」
「そんなことまで知るわけがない!」
男が声を荒らげた。
その反応を見て、アルはそれ以上、同じ質問を繰り返さなかった。
少なくとも、目の前の男は命令の全体像を知らない。
あるいは、知っていても話すつもりがない。
今の段階では、そこまでしか分からなかった。
「……分かった」
アルは立ち上がる。
「今日はここまでにしよう」
「もういいの?」
エルシアが小声で尋ねる。
「うん。これ以上は、今すぐ聞いても同じ答えになりそうだから」
アルは捕虜を見た。
「でも、教会の関係者から指示が出ていたことは確認できた」
「それだけでも、十分に大きな手掛かりだよ」
戦場では、負傷者の救護と魔獣の後始末が始まっていた。
人々は、防衛線を守り抜いたことに安堵している。
その一方で、アルたちは捕虜の存在を公にしないことにした。
身元も、所属も、まだ確定していない。
ここで不用意に情報を広めれば、相手に警戒される可能性がある。
「捕虜は、信用できる相手に預けよう」
アルが言った。
「捕虜は、信用できる相手に預けよう」
アルは声を落とした。
「教会の関係者がどこまで関わっているか分からない。下手に引き渡せば、口封じをされる可能性もある」
イザベラが頷く。
「まずは、こちらで身柄を確保しておくべきね」
「うん」
アルは黒魔石の包みを見下ろした。
「だから、今の段階で教会全体を断定するのは避けたい。証拠を集めながら、指示の流れを調べよう」
「でも、これで偶然の魔獣暴走ではなかったことは、ほぼ確実ね」
フィオナが言う。
「黒魔石を壊したら、魔獣の動きが変わった。それに、黒ローブの証言もある」
「そうだね」
アルは静かに頷いた。
今回の襲撃は、自然に起きたものではない。
黒ローブたちは黒魔石を使い、魔獣の群れを操っていた。
そして、その背後には教会の関係者がいる。
ここまでは、確かめられた。
だが。
誰が最初に命令を出したのか。
教会のどの組織が関わっているのか。
なぜ都市を襲わせたのか。
それらは、まだ分からない。
黒魔石の仕組みも、完全には解明できていなかった。
「……まだ、調べることが多いね」
エルシアが隣に立つ。
「うん。でも、少しずつ分かってきた」
アルは戦場を振り返った。
守り切られた防衛線。
救護を受ける負傷者たち。
勝利を喜ぶ兵士と冒険者。
ここにいる人々は、何も知らない。
黒ローブたちが何を企み、誰がその背後にいるのか。
その全貌を知るには、まだ調査が必要だった。
けれど、今回アルたちは確かな手掛かりを手に入れた。
黒魔石。
魔獣を操る黒ローブたち。
そして、教会の関係者から出された指示。
「……必ず、解き明かす」
アルは小さく呟いた。
研究者として。
そして、この世界で生きる者として。
アルたちは、次の真実へ向かうことになる。
第108話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はアルが太刀と魔法を組み合わせ、戦場を切り開いていくお話でした。
そして、黒ローブたちの背後に見え始めた教会の影。捕らえた男から、どこまで真実を聞き出せるのか。
次回もぜひお楽しみください。
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今後ともよろしくお願いいたします。




