祈りを求める王都
王都では、新王朝と教会の結びつきが強まり始めていました。
そんな中、遠方の交易都市を襲った魔獣の群れ。その報せは、やがて王都近郊にも危険が迫っているという噂へと変わっていきます。
不安に揺れる人々へ、教会が呼びかける祈り。
そして、魔獣を迎撃するため、アルたちも動き始めます。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
王都では、少しずつ変化が起き始めていた。
新王朝が発足してから、まだそれほど時間は経っていない。
それにもかかわらず、王宮から発表される政策は、日に日に星環教との結びつきを強めていた。
公的な場での祈りの奨励。
教会による施療院や救援活動への支援。
地方行政と教会の連携強化。
いずれも、表向きは民の生活を安定させ、国を立て直すための施策だった。
実際、教会の施療院では、これまでより多くの負傷者を受け入れる準備が進められている。
困窮する者への食料支援も始まっていた。
そのため、政策を歓迎する人々も少なくなかった。
しかし――。
「最近、教会の話ばかりじゃないか?」
市場の片隅で、商人の男が呟いた。
「王宮の発表にも、教会が関わるものが増えたな」
「それだけ国を立て直すのに必死なんだろう」
「そうならいいが……」
男は声を落とした。
「この先、教会の教えに従わないと何もできなくなる、なんてことにならなきゃいいがな」
隣にいた商人は、周囲を気にしてから首を振った。
「滅多なことを言うもんじゃない。今はまだ、どうなるか分からんだろう」
人々の反応は様々だった。
新しい秩序に期待する者。
変化の速さに戸惑う者。
そして、表立っては何も言わず、様子を窺う者。
王都は一見、平穏を保っていた。
だが、その内側では、確かな変化が進んでいた。
数日後。
王都の中央広場に、緊急の知らせが掲示された。
その内容は、瞬く間に人々の間へ広がっていった。
――王都から遠く離れた交易都市が、大規模な魔獣の襲撃を受けた。
街道を進んでいた商人の一団が魔獣の群れに襲われ、都市の外壁も一部が破壊されたという。
周辺の村々にも被害が出ており、詳しい状況はまだ分かっていない。
ただ、複数の種類の魔獣が同じ方向から押し寄せたという証言が、いくつも寄せられていた。
「交易都市が襲われたって?」
「そんな大規模な魔獣の群れが?」
「冒険者ギルドは何をしているんだ?」
人々の声が広場に広がる。
王都の周辺にも魔獣は出現する。
だが、都市を大規模に襲うほどの群れとなれば話は別だ。
通常なら、魔獣同士が争ったり、縄張りを巡って分散したりすることもある。
それが、一つの都市へまとまって押し寄せたという。
ただの偶然なのか。
それとも、何か別の理由があるのか。
今の時点では、誰にも分からなかった。
その日の午後。
王都の酒場では、交易都市の襲撃に関する話題が尽きなかった。
「俺が聞いた話じゃ、魔獣は街を襲った後も北へ向かったらしい」
「北だと?」
「ああ。しかも、次は王都に近い都市が危ないって話だ」
「本当か?」
「分からん。街道を通ってきた旅人が言っていたそうだ」
話は、別の客へと伝わっていく。
交易都市から逃げてきた者がそう話した。
王都の兵士が密かに警告を出した。
教会の関係者が、近くの都市にも危険が迫っていると語っていた。
伝わるたびに、話の出所も内容も少しずつ変わっていった。
王都近郊にも魔獣が迫っているという話については、まだ確かな情報が一つもなかった。
それでも、不安だけは確実に広がっていた。
「もし本当に王都の近くまで来るなら……」
「家族を連れて逃げた方がいいのか?」
「逃げるって、どこへ?」
人々の表情に、目に見える動揺が浮かび始める。
その一方で、教会の周辺では、別の動きが進んでいた。
星環教の聖職者たちが広場や礼拝堂で、人々に呼びかけていたのだ。
「どうか、落ち着いてください」
穏やかな声が響く。
「今こそ、神の御前で心を一つにするときです」
「恐怖に囚われず、互いに助け合いましょう」
「神の教えを胸に、平穏を祈りましょう」
聖職者たちは、人々の不安を否定しなかった。
むしろ、その不安を受け止め、祈りと結束を呼びかけていた。
施療院では負傷者の受け入れ準備が進められ、教会の関係者が食料や物資の確保に動き始める。
その姿を見て、安堵する者もいた。
「教会が動いてくれるなら、少しは安心だな」
「神のご加護がありますように……」
祈りの声が、少しずつ増えていった。
王宮でも、対応が協議されていた。
「交易都市の被害は、軽視できるものではありません」
報告を受けた大臣が、険しい表情で告げる。
「王都近郊への襲撃については、まだ確証がありません。しかし、可能性を考慮して防衛準備を進めるべきかと」
玉座に座るルシウスは、静かに頷いた。
「よい。近隣都市と連絡を取り、兵の配置を見直せ」
「はっ」
「民の不安を放置するわけにはいかぬ。教会とも連携し、必要な支援を行え」
「承知いたしました」
ルシウスは、さらに言葉を続けた。
「このようなときこそ、民には心の拠り所が必要だ。神への祈りを呼びかけることも忘れるな」
大臣たちは一礼した。
王朝と教会。
それぞれが異なる役割を担いながら、同じ方向へ動き始めていた。
その動きが何を意味するのか。
王宮の中でも、すべてを理解している者は多くなかった。
その頃、アルは滞在先の一室で、イザベラとフィオナから話を聞いていた。
「王都の空気が、かなり変わってきているわ」
イザベラが腕を組む。
「魔獣の襲撃が本当なら、警戒が強まるのは当然だけど……」
「教会の動きが、ずいぶん早いの」
フィオナが続けた。
「施療院の準備も、物資の確保も、かなり前から計画していたように見えるわ」
「前から?」
アルは顔を上げた。
「ええ。ただ、今回の襲撃を予測していたのか、それとも普段から備えていただけなのかは分からないけど」
「……なるほど」
アルは考え込んだ。
教会が救援活動を行うこと自体は、不自然ではない。
むしろ、多くの人を助けられるなら、それは望ましいことだ。
問題は、その動きが何を目的としているのか。
そして、なぜこれほど短期間に、信仰と政治の結びつきが強められているのか。
「それと、もう一つ」
イザベラが声を落とした。
「近郊都市にも魔獣が来るという噂だけど、広がり方が妙なのよ」
「妙?」
「ええ。別々の場所で聞いたはずなのに、話の内容がよく似ているの」
アルは目を細めた。
「同じ情報源から広がった可能性がある?」
「そう考えているわ。でも、証拠はない」
「……分かった。引き続き調べてほしい」
アルは二人を見た。
「噂だけで判断するのは危険だ。でも、無視するわけにもいかない」
「了解」
イザベラが頷いた。
「ただ、今回の件は情報を集めているだけでは済まないかもしれないわね」
「そうね。近郊都市が本当に襲われるなら、冒険者にも招集がかかるはず」
フィオナの言葉に、アルは頷いた。
冒険者は、こうした魔獣の討伐や住民の救援で重要な役割を担う。
王都の防衛部隊だけで対処できない規模なら、ギルドを通じて冒険者へ協力が要請されるのは自然なことだった。
「もし招集がかかったら、私たちも参加するわ」
イザベラが言った。
「もちろん、冒険者としてね」
彼女たちは現在、一般の人々に紛れて情報を集めている。
目立つ行動は避けたい。
だが、魔獣の襲撃が現実のものとなれば、何もしないわけにはいかなかった。
「……分かった」
アルは二人を見た。
「無理はしないようにね。情報収集と違って、今回は本当に危険な状況になるかもしれない」
「それはお互い様よ」
イザベラが苦笑した。
「アルこそ、無茶をしないこと」
「大丈夫。私が見張ってるから」
エルシアが笑いながら言う。
「ふふっ。じゃあ、皆で無事に戻るわよ」
フィオナも微笑んだ。
アルは少しだけ表情を和らげた。
「そうだね」
翌朝。
王都近郊の都市へ、魔獣の群れが接近しているとの正式な報告が王宮にもたらされた。
偵察に出ていた兵士が、街道を進む魔獣の群れを確認したという。
数は多く、進路も近郊都市へ向かっている。
もはや、単なる噂ではなかった。
王宮は直ちに迎撃部隊の派遣を決定した。
兵士たちが装備を整え、馬車や物資が次々と集められる。
都市の住民には避難準備が指示され、冒険者ギルドにも協力要請が出された。
ギルドの掲示板には、緊急の討伐依頼が張り出された。
魔獣の群れを迎撃し、都市への侵入を防ぐこと。
住民の避難を支援すること。
負傷者が出た場合は、救助と護送にも協力すること。
報酬は通常の討伐依頼よりも高く設定されていた。
それだけ、事態が深刻だということだ。
アルは依頼の内容を確認すると、すぐにエルシアと受付へ向かった。
「この討伐に参加したい」
受付の職員は、二人を見てから依頼書へ視線を戻した。
「王都の兵士も出動しますが、魔獣の数が多いため、冒険者にも協力を求めています。危険な任務になりますが、よろしいですか?」
「もちろん」
アルは迷わず答えた。
背後から、イザベラとフィオナも歩み寄る。
「私たちも参加するわ」
「私もです。救援や負傷者の対応にも協力できます」
受付の職員は二人の登録を確認し、依頼の手続きを進めた。
こうして、四人は冒険者として迎撃部隊に加わることになった。
迎撃部隊の集合場所には、多くの兵士と冒険者が集まっていた。
武器を確かめる者。
装備の不備を確認する者。
仲間と短く言葉を交わす者。
それぞれが、これから始まる戦いに備えている。
アルは腰の刀を確かめた。
竜人族となった自分の身体が、実戦でどこまで通用するのか。
手に入れた刀が、どのような場面で力を発揮するのか。
まだ、十分に確かめられていない。
もちろん、力を試すためだけに戦うつもりはなかった。
魔獣に襲われる人々を守ることが、まず優先だ。
それでも、目の前で起きることを観察し、理解することはできる。
魔獣の動きに不自然な点がないか。
群れが同じ方向へ向かっている理由は何なのか。
そして、黒魔石が関係している可能性はあるのか。
自分の目で確かめたいことは多かった。
「アル」
エルシアが隣へやって来た。
「準備はできた?」
「うん」
アルは頷く。
「そっちは?」
「大丈夫。いつでも行けるよ」
エルシアは、アルの腰にある刀へ一瞬だけ視線を向けた。
その刀について、彼女もすべてを知っているわけではない。
だからこそ、今回の戦闘で何が起きるのか、注意深く見守るつもりだった。
少し離れた場所では、イザベラが武器の具合を確かめ、フィオナが救急用の道具を整えていた。
二人はアルのすぐそばで戦うつもりはなかった。
彼の行動を邪魔せず、必要な場面で援護できる距離を保つ。
それが、今回の立場でできる最善の協力だった。
「……行こう、エルシア」
「うん」
二人は迎撃部隊へ加わった。
やがて、出発の合図が響く。
王都の門が開かれ、兵士たちが進み始めた。
その後に、冒険者たちが続いた。
アルの隣にはエルシアがいる。
少し離れた位置には、イザベラとフィオナの姿もあった。
四人はそれぞれの役割を胸に、魔獣の群れが迫る近郊都市へと向かった。
噂が広がった理由。
魔獣たちが集まっている理由。
そして、教会がこれほど積極的に民へ祈りを呼びかける理由。
すべてがつながっているのかは、まだ分からない。
だからこそ。
自分の目で確かめる。
アルは刀の柄に軽く手を添え、歩みを進めた。
その隣にはエルシアがいる。
少し離れた位置には、イザベラとフィオナの姿もあった。
それぞれの役割を胸に、彼らは王都を後にする。
向かう先は、魔獣の群れが迫る近郊都市。
そして、その先には――。
まだ誰も知らない、襲撃の真相が待っていた。
第107話「祈りを求める王都」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、新王朝と教会の動き、魔獣襲撃の報せ、そして王都近郊へ向かう迎撃部隊の出発を描きました。
人々を不安から救おうとする教会の姿は、一見すると頼もしいものです。しかし、その動きの裏に何があるのか、アルたちはまだ知りません。
次回からは、アルたちが魔獣の群れと向き合います。
今後ともよろしくお願いいたします。




