「血啜りの記憶」―許される覚悟
―新暦五七五年・春初め 連合王国 王都ハインネル―
夜は、まだ終わっていなかった。
泣き声が、少しずつ遠のく。
ジュナは眠ったのか。
それとも、声が枯れただけか。
アルクスは、静かに腕をほどく。
ゆっくりと立ち上がる。
部屋の外へ出る。
廊下は暗い。
足音だけが、響く。
止まらない。
向かう先は、決まっている。
◇
扉の前。
アーレの部屋。
今度は、迷わない。
ノック。
すぐに、反応があった。
「……どうぞ」
短い声。
アルクスは入る。
アーレは椅子に座っていた。
灯りは小さい。
その顔は、疲れていた。
先に口を開いたのは、アルクスだった。
「……さっきは、悪かった」
短く、それだけ。
アーレは少しだけ目を伏せる。
「……いいえ」
静かに。
「不用意でした」
顔を上げる。
「話した私にも、責任があります」
ぶっきらぼうに。
だが、逃げない。
「……まさか」
わずかに言葉を選ぶ。
「実行しようとするとは、思いませんでした」
「あなたの覚悟と責任を、見誤りました」
はっきりと。
アルクスは、何も言わない。
ただ、聞いている。
その言葉を、受け止める。
そして、一歩近づく。
「……頼む」
短く。
「儀式の準備をしてくれ」
迷いはない。
アーレは、目を閉じる。
一瞬だけ。
そして、開く。
「……分かりました」
ほんのわずかな間。
「準備します」
それだけ。
もう、止めない。
止められない。
その事実を、受け入れるように。
◇
数日後。
王都ハインネル。
石畳。
高い城壁。
変わらない景色。
歩く者たちは、変わっていた。
アルクスと、その仲間たち。
少なくなった人数。
だが、誰も離れない。
王城へ入る。
玉座の間。
重い扉が開く。
アルクスは進む。
膝をつく。
「……申し上げます」
静かに。
「ギルダーツの禁呪を使用します」
言い切る。
広い空間に、言葉が落ちる。
王は、動かない。
やがて。
ゆっくりと、口を開く。
「……そうか」
低い声。
短い。
だが。
重い。
「その覚悟」
間を置き
「見事だ」
称える。
否定はしない。
止めもしない。
「現状では」
「許可する」
「……責は、すべて余が負う」
静かに。
言い切る。
アルクスは頭を下げる。
「……御意」
それで、決まった。
◇
日々が、過ぎる。
準備が進む。
静かに?確実に。
何も変わらないように見える。
だが全てが、変わっていく。
誰も口にはしない。
それでも。
分かっている。
戻れない日が。
近づいていた。




