「血啜りの記憶」―壊れる声
―新暦五七五年・春初め 連合王国 王都ハインネル―
夜は続き、空気は重かった。
誰も、軽口を叩かない。
アルクスは立っている。
全員の前で。
「……まだ話がある」
短く言い視線が集まる。
ジュナも。
ダガードも。
ロッドも。
そして、アーレも。
「……戦場に戻るためにギルダーツの禁呪を使う」
静かに、言い切る。
誰も、すぐには反応しない。
やがて。
「……は?」
ダガードが口を開く。
眉を寄せる。
「そんなもん、実在するのか?」
低く。
アルクスは答えない。
視線が、アーレへ向く。
皆も、それに続く。
アーレは少しだけ俯く。
そして。
「……可能です」
短くぶっきらぼうに、しかさ丁寧に。
「術式自体は、それほど難しくありません」
「ただ」
「成功例が、一例しかありません」
それだけで、十分だった。
空気が凍る。
その瞬間。
「……っ!」
ジュナが動いた。
迷いなく、アーレに向かって。
「なんで……!」
アーレを押し倒し、床に叩きつける。
そのまま、馬乗りになる。
「なんで教えたのよ!!」
拳が振り下ろされる。
一度。
二度。
何度も。
「なんで……!!」
「なんでなのよ!!」
涙が落ちる。
声が崩れる。
止まらない。
アーレは抵抗しない。
ただ、受ける。
「……すみません」
小さく。
「……すみません」
同じ言葉を繰り返す。
周りは動けない。
誰も。
どうしていいか分からない。
アルクスだけが動く。
近づく。
ジュナの腕を掴む。
「……やめろ」
低く言う。
止める、強く。
ジュナが振り向く、涙で歪んだ顔。
「……なんで」
震える声。
「なんで止めるの!」
アルクスは答えない。
ただ、アーレを見る。
「……悪かった」
短く言う。
アーレは首を振る。
「……いいえ」
小さく、それだけ。
ジュナは力が抜ける。
その場に崩れる。
泣き続ける。
声を殺そうとしても。
止まらない。
アルクスは、その前に立つ。
少しだけ、迷う。
だが、言う。
「……俺は」
「まがりなりにも、この国の英雄だ」
静かに。
「国のために戦う」
「人のために戦う」
「人類のために戦う」
一つずつ。
「命を懸ける」
「……それは」
わずかな間。
「運命だ」
言い切る。
ジュナが顔を上げる。
何か言おうとして。
言えない。
「……ジュナ」
小さく。
「すまない」
それだけ。
届かない。
分かっている。
それでも。
言うしかなかった。
◇
その夜。
ジュナの泣き声は。
止まらなかった。
すぐそばで。
アルクスは、何も言わなかった。
ただ。
泣き続けるジュナを。
抱きしめていた。
強く。
嗚咽は、途切れない。
それでも。
アルクスは離さない。
夜が、ゆっくりと過ぎていく。
アルクスは、目を閉じない。
(……終われない)




