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「血啜りの記憶」―二つの未来

 ―新暦五七五年・春初め 連合王国 王都ハインネル―


 朝は、静かだった。

 窓から差し込む光。

 穏やかな空気。

 戦場とは、まるで違う。

 アルクスは椅子に座っていた。

 動かない。

 ただ、考えている。


(……二か月)

 頭の中で、繰り返す。

 短い、だが。

 十分な時間でもある。

 戦える時間。

 終わらせるための時間。


(……それとも)

 視線が揺れる。

 ジュナの方へ。

「南にさ、家買おうよ」

 明るい声。

 朝の光の中で、笑っている。

「暖かいし、海も近いし」

「畑とかもいいよね」

 手振りを交えて、楽しそうに話す。

「最初は小さくてもいいから」

「少しずつ広げていけばさ」


 未来の話。

 穏やかな時間。

 アルクスは頷く。

「……ああ」

 わずかに、間が遅れる。

「……ああ」

 もう一度、小さく返す。


 だが、言葉はほとんど入ってこない。

(……終われる)

 そう思う。

 確かに。

 ここで終われば。

 それは、間違いではない。

 ジュナの隣で、生きる。

 それも、選べる。


(……でも)

 胸の奥で、何かが引っかかる。

 消えない思い。

(……なぜ)

 あの言葉。

 ――減らされている

 ザイードの声。

(……あの時も)

 消えない。

(……知りたい)

 それが、離れない。


 ジュナはまだ話している。

 笑っている。

 未来を見ている。

 アルクスだけが。

 そこにいない。


 ◇

 夜。

 皆が集まっていた。

 静かな空気。

 アルクスは立つ。

「……傭兵団を、解体する」

 短く言う。


 誰も、驚かない。

 分かっていた。

 仲間は減った。

 あれだけいた人数は、もういない。


 そして。

 アルクスの身体。

 前線には戻れない。

 理由としては、十分だった。

 ダガードが腕を組む。

「……で?」

 短く。

「お前はどうする」


 まっすぐな問い。

 アルクスは答えない。

 一瞬だけ。

 視線を動かす。


 ジュナを見る。

 目が合う。

 ほんのわずかな時間。

 それだけで、十分だった。


「……俺は」

 言葉が落ちる。

「戦場に戻る」

 静かに。

 はっきりと。


 空気が止まる。

 ジュナが、目を見開く。

「……え?」

 小さく揺れる。

「……ほんとに?」

 声が震える。

 アルクスは答えない。

 ただ、見ている。


 ジュナは、わずかに息を吸う。

「……でも」

 言葉が詰まる。

 それでも。

「……アルがそうしたいなら」

「私も……」

 一瞬、迷う。

「……このままでもいいけど」

 笑おうとする。


 他の仲間たちは、理解できていない。

「……どういうことだ」

 ダガードが言う。

 低く、鋭く。

 アルクスは、視線を戻す。

 全員を見る。

 そして。

「……二か月だ」

 短く語る。


 誰も動かない。

「……二か月で」

「終わらせる」

 その言葉だけが、落ちる。


 そして。

「ヴァイパーを、駆逐する」

 言い切る。


 静寂。

 理解が追いつかない。

 だが、アルクスの目だけは、揺れていなかった。


(……終わらせる)

 理由は、もういらない。

(……二か月で)

 それだけで、十分だった。


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