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「血啜りの記憶」―戻った夜

―新暦五七五年・春初め 連合王国 王都ハインネル―


 夜、宿の扉が開く。


 足音が、いくつも重なる。

 アルクスは顔を上げた。

 そこにいた。

 ダガード。

 ロッド。

 ジュナ。

 そして。

 アーレも。

 全員、立っている。

 傷はある、血もついている。

 だが、生きている。


「……帰ったか」

 それだけ言う。

 ダガードが鼻で笑う。

「死ぬほどじゃねえよ」

 鎧を外す、重い音。

 ロッドが苦笑する。

「“ちょっと”じゃないですよ……」


 ジュナは何も言わず、アルクスを見る。

 アーレは、少しだけ視線を逸らした。

 その沈黙が、逆に重い。

 アルクスは、息を吐いた。

 力が抜ける。


「……すまない」

 言葉が落ちる。

「行けなかった」

 短い。

 だが、重い。


 ダガードが即座に返す。

「だから何だ」

「来るなって言ったのは俺だ」


 ロッドも続く。

「団長が謝ることじゃないです」

 ジュナが、少しだけ笑う。

「ほんとに、何でも背負うんだから」

 優しい声だった。


 アルクスは何も言えない。

 ただ、皆を見る。

 生きている。

 それだけで。

 少し、救われる。


 ダガードが座る。

「バランは……半分持ってかれたな」

 低い声。

「でも、持ち直した」

 ロッドが言う。

「知ってる人も……何人か無事でした」


 ナッツの故郷。

 あの街。

 完全には、消えていない。


 アルクスは頷く。

「……そうか」

 それだけだが。

 胸の奥に、わずかな熱が残る。


 ジュナが近づく。

「大丈夫?」

 小さく聞く。

「……ああ」

 短く返す。


 ジュナは、微笑む。

 ほんの少し。

 その顔を見て。

(……終われるかもしれない)

 ほんの一瞬。

 そう思った。

 ◇

 夜。

 部屋は静かだった。

 アルクスは天井を見ている。

 眠れない。

 思考が、止まらない。

(……戦う方法)

 考える。


 今の身体で。

 速さは無理だ。

 ならば。

 受ける戦い方。

 ダガードのように。

 盾を持つ。

 前線を支える。


 何度も考える。

 だが。

 しっくりこない。

(……足りない)

 決定的に。

 足りない。


(……これじゃ)

 守れない。

 守りきれない。

 そのとき。

 浮かぶ顔。


 ナッツ。

 ハイセン。

 そして。

 それ以外の仲間たち。

 多くの顔。

 名前が曖昧な者もいる。


 それでも。

 確かにいた。

 笑っていた。

 戦っていた。

 そして。

 散っていった。


(……みんな)

 自分を見ていた。

 団長として。

 信じていた。

 この男なら。

 この戦いを終わらせてくれると。

 奪われた大陸北方を。

 大切な故郷を。

 取り戻してくれると。


(……なのに)

 視線が落ちる。

 右足がない。


(……こんな身体で)

(……役立たずで)

(……何が団長だ)

 言葉が、内側で刺さる。

(……終われない)

 また、その言葉。

 消えない。

 消えない。


(……他に)

 別の手段。

 別の力。

 思考が巡る。

 そして。

 ひとつの記憶が浮かぶ。

 古い話。

 戦場で聞いた。

 半ば伝説のように語られていた。


「……ギルダーツ」

 かつての英雄。

 自らに禁呪を施した男。

 代償と引き換えに、力を得た。

 そして。

 最後まで戦い続けた。


(……禁呪)

 言葉が残る。

 重い。

 だが、消えない。

(……あるのか)

 そんなものが。

(……もしあるのなら)

 それを、もしかして知っているかもしれない人間がいる。


 アルクスは起き上がる。

 夜は深い。

 廊下に出る。

 静かだ。

 足音だけが響く。

 止まらない。


(……今しかない)

 そう思った。

 扉の前に立つ。

 アーレの部屋。

 一瞬、止まる。

 夜中。

 女性の部屋。

 だが。


(……関係ない)

 拳を上げる。

 ノックする。

 小さな音が、夜に響く。


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