1章10話『叶わぬ望み』
グツグツと鍋が音を上げている。
あれからカケルは マジル達皆に歓迎され、『レッドソウラー以上が好きに使っていい部屋。(皇女公認)』という部屋で夜を迎えた。
平和だ。平和すぎる。 なんだか今日は沢山の事がありすぎてどっと疲れた。
気づいたら異世界にとばされたり、お前を殺すとか言われて本気で死ぬのかと思ったり……
料理の匂いを鼻で感じられるのはいつぶりだろう。 と思う程だ。
この平和すぎる空間の中 カケルは1人、黙々と椅子に座り、机の上で画用紙を切り続ける。
「カケル様? さっきから、いったい何をしてるの?」
台所で料理をしているマジルが、おたまを片手に持ってカケルに話しかける。
マジルの おたまを持った姿もとても似合っている。 自分の妹にしたいくらいだ。
「いやーご飯が終わったら、皆んなのことをよく知るために ゲームをしようと思ってさ。」
「ゲーム? その画用紙で?」
マジルは料理を中断して カケルの横の椅子に座り、切り終わった画用紙を手に持った。
「こんな画用紙でゲームねー。 あれっ、これは……」
マジルは切ってあったいくつかの画用紙の中から、何かのマークが書かれている物を見つける。
「カケル様、この♠のマークは何んなの? 何かの魔法陣みたいなやつ? 」
マジルは♠のマークは見た事がない。
なるほど、この世界に♠というマークはないのか。魔法陣とか言っているのがその証拠だ。
でもまー 当たり前っちゃ当たり前か。 俺もこの世界の物で知らない物結構あるし……
って事はこの世界にトランプという物が無いのかもしれないのか。 これは皆の心を引くチャンスかもしれないぞー。
「このマークは『スペード』って言うんだよ。 その他にも♡の『ハート』、♢の『ダイヤ』、あと♣︎の『クローバー』があるんだけど、 マークは違くても こういうカードゲーム知らない?」
カケルは全54枚のカードを切り終わり、絵を描きながらマジルに聞く。
だがマジルはピンときた顔をしていない。 これまでの記憶を探っているのだろうか、眉間に少しシワがよっている。
「んー、そんなカードゲーム知らないなー。 43年間の記憶を遡ったけど、そんなゲーム記憶になかったよ。」
マジルは考えるのを止め、何事も無かったように 再びカードを見渡す。
だが、カケルは聞き逃さなかった。
「ちょっとまて、今43って言ったか?」
「うん、言ったけど。それが何か?」
マジルは何かおかしな事でも? のような顔でカケルを見る。
確かに、この世界では43歳でこの15歳くらいの見た目は普通なのかもしれない。 だが、カケルにとって、昨日まで43歳は、少し言い方が悪いかもしれないが『おばさん』の部類だった。この世界に来てから、色々な常識が覆されていく。
まだまだこの世界に馴染めていないカケルには違和感でしかなかった。
「いや、マジルもやっぱり妖怪なんだなー、ってさ。」
「何か悪い事でも? そーいうカケル様は人間なの?」
「うん、まーね。」
何故かマジルはムッとしている。 何か悪いことでも言ってしまっただろうか。
「そーいえばさ、『レッドソウラー』って妖怪率高くない?
だって俺が知っている限り、ルミやマジル、セリナも半分は妖怪だしさ……
あと『レッドソウラー』の女子率も高い!」
カケルは ほんの少し重くなってしまった空間を 和ませるように言ったつもりだったが、マジルの顔が何だか重くなってしまった。
「レッドソウラーに妖怪が多いっていうのは事実だよ。 というのも、生まれてくる個体数は なんら変わらないんだけど、 何せ妖怪は長生きだからねー。」
マジルは 天上についてある、ランタンの明かりを見ながら話す。
何だか笑っているのに固く、重い表情だ。まるであの時のセリナみたいな。
それに少し話す早さも遅くなっている気がする。
マジルにも辛い過去があったのだろうか。 もしあったのなら それを俺なんかが聞いてもいいのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
「カケル様さ、さっきからあの『明かり』を見てたでしょ。」
「う、うん。どうやって光っているのかなー って。」
カケルがそう言うとマジルは机の上に昇った。
「ちょっと待ってて。」
マジルはランタンから明かりを取り出し、手に取った。 そこには手のひら よりも一回り小さな玉があった。
小さいが眩く黄色に光っている。まるで自分の存在をこの世に刻んでいるように。
「カケル様はさ、この玉の事知らない?」
「何か似たような物を ここに来る前にセリナ達といた頃見かけたけど、色が違うな。」
マジルはカケルに黄色い玉を渡す。
「それはね『ライトボール』って言うんだよ。多分セリナ達と見たのと同じ種類のアイテムだね。」
確かに形も名前も似ている。つまりこの玉は『ウォーターボール』の親戚的なやつだろう。
「実はね、この種類のボールって、出量を調節出来るの。
例えば、この中にある元々のエネルギーを100として、その中から1日 1のエネルギーを使ったり、10のエネルギーを使ったりできる。」
ボールの説明をしているマジルが何かを羨ましく、何かへの憧れを見ているような、そんな目をしているのが カケルには何となく分かる。
正直マジルの威圧は本気でビビる程凄かったし、そのボールの特性の話からは 何に憧れているのか分からない。でも、本気で悩んでいることは何も知らないカケルにも分かる。
「人間と妖怪の本当の違いは生きる年数だけじゃないんだよ。
人間は妖怪に比べて生きる年数が短い。 その代わり人間の方が基礎ステータスは高い……。
まるで人間と妖怪みたいじゃない? このボール。」
生まれてくる種族だなんて決められない。俺だって何百年も生きる妖怪になってみたい、って思った事もある。
『ないものねだり』なんだろうな。
「確かに似てるな。そのボール。」
人間は人間、妖怪は妖怪。そんなもの変えられない。生まれてきた親の腹で種族は決まる。
別に考えたことなかった。 本当に妖怪がいるこの世界に来てさえ、本気で妖怪として生まれてきたかった。などと考えていない。何となく妖怪で生まれてきたら楽しそうだ、面白そうだ。そう思うだけ。
でも、もしこのボールみたいに後から自分を変えられるのなら。
それも少し羨ましいな。
「私は人間に生まれてきたかった。
どんな季節にでも咲いている ちょっと目立った花よりも、たった1ヶ月しか咲かない桜の方が、とっても美しく、華やかで、綺麗だな……って、私は思う。」
マジルは机の上にあるカードのうち、一つを手にとった。
「このカードに書かれている『Q』のマークって、クイーンの『Q』?」
「うん、そうだけど……」
「やっぱり! 見ててちょっと思ったんだー。」
マジルの顔に、さっきまでとは違う笑顔、本当の笑顔が一瞬戻った。だが、また一瞬にして戻る。
「でも、さっき言ったことを思うのは、罪なんじゃないかって思うんだ。
だって、家の出がそこまで良くない村人が、その才能と強運で 小さな国のクイーンになったとして、 じゃあそんなクイーンが『私はもっと大きな国のクイーンになりなかった。』なんて言って良いのかな?
クイーンにも慣れない人だって山の様にいる。 そんな人に向かって『私はこんな小さな国のクイーンじゃ満足出来ない』って、そう言っても良いのかな? って」
こんな悩みに俺はどう答えたらいいんだろう。 別に望むことは悪い事ではない。じゃあ望むことは悪くないって そのまま伝えればいいのかな? でもそれでは多分ダメだろう。そんな答えじゃマジルは納得なんてしない。また同じ事を悩み続けるだけだ。
正直そんなに大きな問題ではない。 ただ、今現時点で叶わぬ物を求めているだけ。 ただそれだけ…… それだけなのに重く感じる。大きく感じる。 人事のようには思えない。
もしかしたら、俺もあんまし考えてないだけで似たような悩みを持っているのかもしれないな。
「私は10万人の中から選ばれた存在。 これ以上、叶うものならまだしも、叶わぬ物を求めてはいけない気がする。
『能力者』にすらなれなかった者は、数えきれない程いるのだから。」
マジルは光るライトボールを見ながら言う。
だがそんなライトボールも周りの空気に合わせるかの様にどんどん光を失っていった。
「…………なー マジル。俺はな、叶えられない願いを望む事が『罪』だとは思わないよ。」
「え?」
マジルにとって意外な答えをカケルはとったのだろう。
「確かに、報われなかった者の前で、報われた者がそんな望みを口や態度に出してはいけないと思う。
でもね、報われた者も報われなかった者も 同じ物を一つだけ持っているんだ。」
カケルは席を立ち、マジルのいる方に体を向け、自分の左胸をポンポンと叩いた。
「それは『心』。
でも それはとても繊細で、何かに追い詰められたり、責められたりすると、 時に傷つき、時になくしてしまう……。
つまりどういう意味か分かる?」
分からない、全然意味が分からない。そんな事聞いたこと無いし、思った事も無い。 心なんて、ただの生き物の幻想でしかない。
……でも、 何でだろう。胸の辺りがとても熱い。心拍数が早くなってちょっと息苦しい。体温が高くなってちょっとクラクラする。
あ、そうか…… これが 『心』 ってやつなのかな?
じゃあ今はどんな状態なのだろう。
追い詰められてる? 責められてる? 傷つけられてる?
いいや、そんなんじゃない。
満たされてる。
何かは分からない例えようのないものに。
でも決して悪くは感じない。
「どのような選択をするかで無限に変わってくる。でも、マジルの心も、俺の心も、皆の心も根は一緒。さっき言った事は皆変わらない。
心だけは平等なんだ。 力や体格に差があっても、心だけは皆村人。
だからこれ以上望むことは許されない だとか思うのは良くないと思うよ。
『高望み上等』! そんくらいの気持ちでいこーぜ。」
何だか、自分で こんな大した事のない問題を難しくしてなのかもしれないな。
『高望み上等』かー。言ってくれるねー 若造が。
でも……
『ドカ』
突然部屋の扉が開いた。
「ただいま帰りましたー。
あれ? マジルさん、カケルさん、こんなに机を散らかして、何をしているのですか?」
そこには晩飯の買い出しに行っていた、セリナとルミ、シェルがいた。
「それと、何でお鍋に火を付けっぱなしでいるのですか? もう相当お湯の温度も上がっていると思いますが……」
セリナはキッチンへ行き、お鍋の蓋を開けて言う。
「あ、忘れてた。」
マジルは勢いよく立ち上がった。だが動こうとはしていない。
「カケル様、」
マジルはカケルの手をとった。
「どうしたの? マジル」
「私、あってまだ1日も経っていない貴方とこんな話するとは思っていなかった。まーあんまり大した話じゃないんだけど。」
マジルの握る手の力がどんどん強くなる。 ちょっと痛いけれど辛くはない。 というより痛気持ちいいくらいだ。
「でも ありがと。 なんかちょっとスッキリした。」
特に何もしてあげられなかったけど、少しでも力になれたなら 俺にしては上出来なのかな。
「マジルさーん、早く来てくださーい。」
「あ、今行くー。」
マジルはセリナに呼ばれてキッチンへ走った。
「カケル君。 この記号が書いてある画用紙は何に使うのですか?」
ルミは机の上にある画用紙を何枚か手にとって不思議そうに眺めている。
「それはお楽しみだよ。」




