85 巨木人の杖
ユエイブワル帝国の辺境に位置する、プルプルが守るこの町は、本当の辺境に位置しており、隣町からこの町に来るにも、馬を使って十日以上はかかるのだという。しかも、それは休憩を入れないでまっすぐ行った場合の時間らしい。どれだけ遠い所にあるんだって話である。
自動車があれば、もっと早く来られるのだろうが……この世界の科学技術はそんなに発展していないため、自動車なんてものはないようだ。
隣町とプルプルのいる町の間に広がる、うっすらと雪の残る平原に立つ俺の影から、すっと星花が現れる。
星花は影から出るなり、唇を尖らせながら呟いた。
「ご主人様、あれだけプルプルの問題だとか言っておきながら、ご自身が干渉しておられるのは、いったいどういうことなのでしょうか?」
なんだか、この頃この眷属が生意気になっている気がする。まぁ、フレンドリーになった、と受け取っておこう。
俺は、首を傾げた。
「干渉だなんて、そんな。俺は、特に何もしていないが?
持ってきた食糧が無くなったり、腐ったりしているみたいだが……」
「影鼠から吐かせて聞きましたよ。ご主人様が指示したそうですね?」
まぁ、ばれるか。
「さてね。まぁ、力と恐怖で押し付ける政治ばっかりしているから、そうなるんだろ。」
俺がしれっとそう言うと、星花は溜息を吐いた。
「その様子ですと、まだ何かしていそうですね。」
「さて、どうだか。
まぁ、実際に影鼠にやらせたのは、食糧を腐らせたくらいだよ。後は、勝手に内部で腐っていっただけだ。
そのきっかけが誰のせいかは、別としてな。」
思わず、牙を剥き出しにして笑いながらそう言うと、星花は「しょうがないご主人様ですね」と、困ったように笑った。
目に魔力を通すと、望遠鏡を覗いたように遠くの景色が視界に飛び込んだ。遠くにある軍隊がよく見える。
隣町からここに来るまで、森を越えないといけない。だから、森を抜ければ、後は視界を遮るものがない。
だが、その森の中で何かあったのか、兵士の顔は、疲労に満ちあふれている。
中には怪我を負ったまま歩いている者もいた。
はて、いったい何があったのやら。
「……?おかしいですね。事前に報告があった兵の規模より小さいようです。
もしや、これもご主人様が……」
「いや、俺じゃないぞ?多分、プルプルの仕業だろ。
森の中って言ったら、プルプルの領域じゃないか。」
そう言いながら、森の中に意識を飛ばしてみると……いるわいるわ、小さいプルプルの分身が。
にしても、俺が意識しないと認識できないとは……プルプルも腕を上げたようだ。親としても鼻が高い。
この平原の地中からも、強大な気配を感じるし、どうやら、プルプルは本気で相手を潰すつもりのようだ。
「と、なると……プルプルは、『巨木人の杖』を使うつもりかな?」
「『巨木人の杖』……ですか?」
巨木人の杖。それは、プルプルが魔術で作った杖をベースに、それを俺が神宝にしたものだ。
全部で五本あり、人間が運用するのを前提にして作られている。
見た目は、ごくごく平凡な木の杖だが、その杖に宿る力は、人が持つには、いささか手に余る程に強大である。
この杖自体は、ただのコントローラであるが、その操るものが、植物で構成された、巨大な魔物なのだ。
足を踏み出すだけで地面が陥没する程の体重に、そんな自分よりも、二倍以上重いものも軽々と振り回せる程の力を持ち、さらに高い再生能力を持っている。
それが、杖一本に付き、一体操る事が可能なのだ。
欠点としては、人によって相性があるため、誰でも操る事ができる訳ではない事と、杖を媒体にして魔物に魂を憑依させる為、杖を使っている間は無防備になる事、一時的とはいえ、歪な魔物の体に魂を入れる為、使い過ぎると魂が摩耗して廃人になってしまうか、発狂する事ぐらいだろう。
と、そう説明したら、星花は困ったような顔で言った。
「それは……なんとも、反動の大きい代物ですね……」
「素材が素材だったし、そもそも、そんな大きな力をリスク無しで使えるだなんて都合が良すぎるからな。
大きな力には、それに見合ったリスクも付いてくるって事だ。」
と、俺は言ったが、実を言うと、魂を憑依させる仕様にしたのは、わざとだったりする。
はっきりと言って、俺は人間の事は信用してはいない。如何に工夫を凝らしても、心を砕いても、それを裏切って愚かな行為に走るのが人間という生き物だ。
神になった俺という魂が、元から歪んでいたとはいえ、人間離れしていっているのも、身体が人間のものではないというのが起因している。
つまり、人間の魂が、人間でない身体に宿るというのは、それだけ魂に負荷が掛かるのだ。
俺の魂はかなり特殊だから、精霊になったり神になったりと、姿形が変わってもなんでもないが、普通の人間には無理な話だ。
とまあ、そんな仕掛けがあるが……多用しなければなんともないし、プルプルもそれを知っているから、滅多に使わせる事はないだろう。
俺がそんな事を思いながら遠くを見つめていると、星花がポツリと呟いた。
「この距離ですと……明日の夜には、この場所に着きそうですね。」
「だな。ま、着いたところで、何ができる訳でも無さそうだけど。
どちらにしろ、俺にはどうでもいい話だな。」
ゆっくりと迫ってくる兵士から目を離し、俺は、背中で眠るシズクとルナンに目を向けた。
しっかりとルナンに巻き付きながらも、その手は俺の羽毛を握りしめている。
うすく開いているルナンの目は、一見すると何も映っていないようだが、その瞳の奥深くには、僅かな光があった。
俺にとっては、人間の起こす戦争なんてものに興味などない。敵対するなら葬るし、そうでないなら放っておくだけだ。それよりも、シズク達との日常の方が大切である。
歪んでいても構わない。壊れているのは今更。俺は、知らぬ他人の命より、大切な人達との時間を選ぶ。
俺は、兵士に背を向けると、自分の作った町に帰る為に、のんびりと歩き出した。




