86 皇国の使者
それは、コドクがプルプルの町の門をちらりと見た時だった。
「……?なんだ、あれ?」
「どうやら、門番と何か口論しているようですが……」
怪訝そうに言うコドクに、目で「調べてきますか?」と聞いてくる星花。そんな星花に、コドクは首を振って、自ら門に近づいていった。
「で、ですから!私はセンクロッド皇国の使者でして、今すぐここを通して貰いたいのです!」
「今は戦時中なんだ。身分が分からん怪しい者は通せんし、何より戦争を止めろだと?
ふざけているにも程がある、さっさと帰れ。」
「そんな!」
コドクが近づいていくと、コドク達の耳にそんな口論が聞こえてきた。
門番は、近づいてきたコドクを目にすると、ほっとしたように表情を緩めた。
コドクは、使者と名乗る男を一瞥しながら、門番に声をかけた。
「いったい何があったんだ?」
「それが、この怪しい男が、戦争をやめさせたいから、ここを通せと言うのですよ。」
呆れたようにそう言う門番に、その男は、肩を怒らせながら後ろを振り返った。
「私は怪しい男などでは……
ひいいいぃぃっ!?ま、魔物!」
声を引きつらせながらそう叫び、何かを取り出そうとする男に、コドクは首を振った。
「いや、魔物じゃなくて精霊だよ。ほら、目を見てみろ。
赤色じゃなくて、金色だろう?」
「……あ、本当だ。なるほど、精霊でしたか。ああ、びっくりしたぁ……」
目を合わせた途端、コドクの目が一瞬光った事にも気が付かず、男は安堵したように息を吐いた。
コドクが目を光らせたのを感じ取ったのか、コドクの背で寝ていたシズクが起き出し、コドクの首元に這いよった。
「ジルナ、あの人間……」
「ああ。なんともまぁ、哀れなものだな。
まぁ、知らぬが仏とも言うし、黙っていてやろう。」
こそこそと話すコドク達に、門番が男をちらちらと見ながら話しかけた。
「あの、この男は……」
「ああ、うん。センクロッド皇国から来たかどうかは分からないけど、嘘は吐いていないし、ユエイブワル帝国の者でも無さそうだ。
だけど、町の中に入れるのは止めておいた方がいいだろうね。」
コドクがそう言うと、門番はうんうんと頷き、男は目を剥いた。
「な、何故です!私が怪しい者ではないという事は分かったのでしょう!?」
「まぁ、確かに。そういう意味での怪しい者ではないな。」
「ならば、ここで止められる謂れは無い筈です!
だいたい、あなたになんの権限があって私を止められると!?」
顔を真っ赤にして捲し立てる男に、コドクは、すうっと目を細めた。途端、空気が凍えたように、辺りの雰囲気が引き締まった。
シズクが、「やれやれ」と言いながら、ルナンを抱えてコドクの背を降りると、コドクの姿が一瞬にして変わった。
人型の姿に変わったジルナは、薄ら寒くなるような微笑むを浮かべながら、驚きに目を見開く男に指を突き付けた。
「確かに、お前は怪しい者ではない。
だが、お前は、そしてセンクロッド皇国は、この町の敵なんだよ。」
「え、え?な、何故……」
「何故って?だって、言っていたじゃないか。「戦争を止めに来た」って。」
ジルナの言葉に、訳が分からないとばかりに、男は眉を顰めた。
「ええ、そうです。私は、この戦争を止めに、ここにきたのですよ。」
「そうだな。で?なら、何故ここに来た?
一方的に敵対したのも、兵を差し向けたのも、向こうのユエイブワル帝国だ。止めるべきは向こうであって、こっちじゃないだろう?」
ジルナの言葉に、男はどもった。
「そ、そうですが……で、ですが、戦争はしていけないんですよ!話し合いで解決すべきです!」
「話し合いで解決できるなら、問答無用で兵を差し向けるなんて真似はしない。
相手はこちらを殺すつもりで戦争をけしかけてきているのに、お前が今言っているのは、相手に無抵抗で蹂躙されろと言っているようなものだ。
お前は、センクロッド皇国の使者と言ったよな?つまり、センクロッド皇国は、この町に「無抵抗で虐殺されなさい」と、そう言っている訳だ。」
ジルナの、抑揚のない冷たい言葉に、男は首を振った。
「それはちが」
「違うだなんて言うなよ?お前が言ったのは、センクロッド皇国はユエイブワル帝国に見方する、この町は滅んでも構わない。そう言う意味なんだよ。
お前は向こうの指示で来たんだろうが、本来だったら、ここで切り捨てられても文句は言えない事をほざいているという事を自覚しろ。」
無表情で、半ば言いがかりとも言える言葉を吐き捨てるジルナに、男は唇を噛みしめた。
何も言えない男に、ジルナは門の外側の方向を、親指で指した。
「と、言う事だ。分かったなら、敵として殺される前に、さっさと閉じ切った箱庭に帰るんだな。」
「くっ……」
男は、そう呻くと、眉を吊り上げ、ジルナを指差しながら叫んだ。
「戦争を唆す邪神め!お前には、そう遠くない未来に、ミューレ神からの天罰が下るだろう!」
そう言って、男は「転移!」と叫んだ。
が、何も起きず、沈黙が降りる。男は、叫んだ姿勢のまま、固まっていた。
「あ、あれ?転移!転移!」
「―――ねえ、逃げられるとでも思ったの?
私のジルナを邪神などと言い捨てておきながら、のこのこと逃げられるとでも思ったの?」
「ひいぃっ!!」
男の後ろから、実体を伴った重い闇を纏わせながら、獰猛な笑みを浮かべたシズクが、男を鋭い目で見つめていた。
ジルナのすぐ後ろにも、ナイフを指の間に挟み込み、すぐに投擲できるように身構えた星花がいる。
いつの間にか、まるで太陽の光が届かなくなってしまったかのように、辺り一帯に薄暗い闇が降りていた。
と、視線だけで殺せるのではと思わせる目をしたシズクと星花を、ジルナが軽く手を上げて止めた。
「まあまあ、落ち着け、シズク、星花。彼には、やって貰わないといけない仕事があるんだから。」
ジルナは笑いながらそう言うと、その底の見えない蒼い目を男に向けた。
「そのミューレ神とやらに伝えておけ。
今現在、俺の大切な者に手を掛けようとしたお前らは俺達の敵だ。が、今回だけは笑って流してやる。
が、もう次は無い。もし今度、同じような真似をするのなら―――」
ジルナの目に、鋭い殺意の色が滲んだ。
「―――国ごと、お前の存在を消し去ってやる。」
ジルナの質量を伴ったような殺意に、男は思わず後ずさった。
ジルナが指を鳴らすと、辺り一帯に降りていた闇が無くなり、光が戻ってくる。ジルナは淡く嗤うと、無機質な声で言った。
「向こうが俺と敵対しない事を祈るよ。
―――ここから去れ。今すぐに。」
ジルナのその言葉に、男は慌てながら「転移っ!」と叫び、今度こそ、その場から消えていった。




