83 輝く鳥に憧れを
牛鬼が鍵を使い、人間界へと繋がる扉を開いたその先に、その人物はいた。
「……おかえり。」
牛鬼は、扉をくぐるのも忘れ、思わず息を飲んだ。
そこにいたのは、兎の耳を持つ、綺麗だが冷たい表情を持った女性……カナンだった。
牛鬼は、カナンに会った事は無いが、シェレアからカナンの事を聞いた事があった為、目の前の金色の目を持つ女性がカナンである事はすぐに見当が付いた。
ドアノブを掴んだまま固まっている牛鬼に、カナンが首を傾げた。
「どうしたの?」
赤から白へと、綺麗なグラデーションがかかっている髪が、傾げた首につられ、さらりと流れる。
牛鬼は、はっと我に帰ると、慌てて扉をくぐり、扉を閉めた。
カナンはそんな牛鬼を一瞥すると、身を翻し、一言呟いた。
「おいで。」
牛鬼がカナンに付いていくと、カナンは、牛鬼が普段使っている部屋に入っていった。
訝しげに思いながらも、牛鬼がその部屋に入る。そして、牛鬼は驚いて、目を見開いた。
そこには、机に突っ伏したまま眠るシェレアがいた。
カナンが掛けたのか、シェレアの体には毛布が掛かっている。窓を見ると、既に夜なのか、外は真っ暗だった。
「何故……」
こんな時間まで、自分を待っていたのか。
思わず、牛鬼がそう呟くと、シェレアの隣にしゃがみこんだカナンが、シェレアの頭を撫でた。
「ずっと、あなたを待っていたのよ、この子。
きっと、また怪我をして帰ってくるって。」
「俺の為に?」
机の上には、薬草や、薬液、ガーゼなど、治療道具が置かれている。
ふと、カナンが苦笑した。
「本当、コドクとそっくり。
自分の目的の為なら、自分の身が、どれだけ傷付こうが構わない。
……だけどね。」
カナンの悲しそうな目が、牛鬼を見つめる。
「それで傷付くのは、あなただけではないのよ、ギュウキ。」
カナンのその言葉に、牛鬼は、目に涙を浮かべながら自分を治療するシェレアの顔が、頭をよぎった。
カナンは、すっと立ち上がると、俯いて拳を握りしめる牛鬼の横を通って部屋を出る。
部屋から出るその時、カナンは呟いた。
「もう、泣かせちゃ駄目よ。お休み。」
牛鬼は、しばらくそこから動く事ができなかった。
牛鬼は、シェレアを抱えると、普段自分が使っているベッドにシェレアをそっと寝かせた。
毛布をシェレアにかけた時、カナンの言葉が頭に蘇った。
―――それで傷付くのは、あなただけではないのよ、ギュウキ。―――
「それでも、俺は……」
「強くなりたい、か?」
「っ!?」
その声に牛鬼が振り返ると、人型の姿のジルナが、苦笑いを浮かべて立っていた。
ジルナは、困ったように眉を下げた。
「なぁ、牛鬼。お前は、何故強くなりたいんだ?」
その言葉に、牛鬼は自らの拳を見つめた。
何故、強くなりたいか。その問いを、牛鬼は改めて考えてみる。
魔界では、弱い者は生きていけない。弱い者から先に食われ、命を散らしていく。
ならば、自分は死にたくなかったから、強くなりたかったのだろうか?
そう考えて、牛鬼は首を傾げた。
確かに、死にたくない。だが、死にたくないから強くなりたいのとは、少し違う気がした。
そこまで考えて、ふと、ジルナを見て……自分の中に、とある言葉がすとんと落ちてきたのを牛鬼は感じた。
憧れ。
あの日、コドクが死の雨を降らせたその時、牛鬼は恐怖だけでなく、その圧倒的な力に、強い憧れを感じたのだ。
自分の身体に鋭い羽根が刺さっても、角が折れ飛んでも、必死にその場に立ち続けたのは、死にたくないという思いだけでなく、その輝く白い鳥に、少しでも近づいてみたかったからだったのだ。
望んだ強靭な身体と、強い力を手に入れてもなお、争いの中に身を投じたのは、憧れの存在に少しでもいいから近付きたかったからだった。
幸い、目の前にいるジルナがくれたこの身体は強靭で、少しの怪我も数時間もすれば自然と癒えるし、大怪我をしても、一晩眠れば元通りになった。
牛鬼がそんな事を考えていると、ジルナが溜息を吐いた。
「俺に憧れるのは、いいけどな。
だけど牛鬼、焦る必要はないんだぞ。」
その言葉に、牛鬼は目を開く。
(……心を、読まれた?)
そう牛鬼が思っていると、ジルナが、ふ、と表情を緩めた。
「お前の心の声くらい、目を見ていれば簡単に分かるさ。
……あのな牛鬼、力っていうのは、早々簡単に身に付くものじゃないんだよ。確かに、俺はお前に力を与えた。だけど、お前はその力の全てを使いこなしきれてはいないだろう?
その力に溺れる事も、驕る事もなく、寧ろその力を使いこなそうと努力し、更なる高みへと目指すお前の在り方は、良い事だと思う。
だけど、それは、そこの司祭を泣かせてまでする事か?」
「それは……」
牛鬼は、ジルナの問いかけるようなその言葉に、思わず、ベッドで眠るシェレアを見た。
「今、お前がやっている事を全部否定するつもりはないよ。だけど、やり方ならば、いくらだってある筈だ。
今のお前ならば、無理をしなければ怪我はしない筈だよ。」
そこまで言って、ジルナは苦笑した。
「まぁ、俺が言えた事じゃないんだけどな。俺も散々無茶して、カナンに泣かれた事が、何度かあるし。」
ジルナの言葉に、何とも言えない気持ちになる牛鬼。
その時、シェレアが、「ううん……」と唸った。
はっ、とシェレアに気を取られた牛鬼に、ジルナが言った。
「牛鬼。
お前は、その力を、何の為に使う?」
その言葉に、牛鬼が振り返った時には、もう、ジルナの姿はそこにいなかった。




