82 牛の魔物と世話焼きな司祭
魔界のとある場所。
魔物の死体が散乱しているその中心に、牛の頭を持つ、一人の大男がいた。
その男は所々に傷を負っており、その隣には、身の丈以上の巨大な両刃斧が地面に突き刺さっている。
地面にどっかりと座り込むその男の名は、牛鬼。魔界でコドクが降らせた、死の雨を唯一生き残った魔物である。
コドクの魔改造によって生まれ変わった牛鬼が最初に見たものは、緑色の球体であった。
「あ、お父さん、お母さん!牛さんの目が覚めたよー!」
牛鬼の角にへばりついていたプルプルが、身体を震わせながらそう言うと、傍にいたコドクとシズクが、困惑している牛鬼の目を覗き込んだ。
「おお、目が覚めたか。身体の調子はどうだ、牛鬼。」
「……牛鬼。」
牛鬼が噛みしめるように呟くと、コドクが、目に優しい光を浮かべながら頷いた。
「そう、牛鬼。お前の名前だ。」
コドクがそう言うと、牛鬼の隣で、プルプルが、主張するようにポヨンポヨンと跳びはねた。
「初めまして、ギュウキ!プルプルはね、プルプルって言うんだよ!よろしくね!」
ぽん、と身体から花を咲かせるプルプルに、牛鬼はどう反応していいのか分からず、困ったような目をコドクに向けた。
すると、コドクは、おかしそうに笑い出した。
「牛鬼、プルプルはな、新しい弟ができて嬉しいんだよ。」
「弟……?」
「そう。だから、お前にとってプルプルは……ええっと、兄?姉?」
コドクの疑問の声に、シズクが苦笑いしながら言った。
「プルプルには、性別がないのです。だから、どちらでもいいのではないのです?」
「それもそうか……プルプル、お前はどっちがいい?」
コドクがプルプルに目を向け、そう問うと、プルプルは身体を震わせながら笑みを浮かべた。
「プルプルはね、プルプルって呼んで欲しいなー!もしくは、先生でもいいよ!」
「どっちでもないんだな。」
プルプルの言葉に、コドクは仕方ないとばかりに苦笑した。
コドクは、牛鬼へ顔を向けると、足元に闇を作り出し、そこから牛鬼の身の丈以上の両刃斧を取り出した。
「さて、新たな家族となったお前へ、俺達からのプレゼントだ。
この斧の柄は、プルプルが作って、刃は俺、斧の神宝化をしたのがシズクだ。
この斧の機能には、持ち主の感情の高ぶりによって切れ味が上昇するというのがある。まぁ、他にもあるみたいだが……それは、使いながら見極めるといい。」
鈍い輝きを放つ両刃斧に、牛鬼は目をキラキラさせながら、その斧に手を伸ばす。
その時、その場に女性の声が響いた。
「夜空の神様、カナン様が呼んで……あら?」
コドクを呼びにやってきた司祭だが、そこに見慣れない姿……牛鬼が居て、不思議そうに首を傾げた。
すると、それを見たコドクが、何かを思いついたように、目を光らせた。
「丁度いい。牛鬼、お前の身体はまだ安定していないから、数日間はおとなしくしてなさい。
……おいおい、そんな不満そうな顔をするな。元々が不定形だったプルプルと違って、お前の身体は、以前の身体よりかなり変化しているんだ。身体が完全に馴染むまで、時間がかかるんだよ。
今だって、身体が重く感じる筈だ。」
コドクの諭すようなその言葉に、牛鬼は渋々といった様子で頷いた。
コドクの言葉通り、身体が重くて、思う通りに動かせるかどうか、分からなかったからだ。
コドクは、不満そうな牛鬼から目を離すと、困惑顔の司祭へと顔を向けた。
「で、お前には、牛鬼の世話を頼みたい。何かと不便な事が多いだろうからな。」
「は、はぁ。」
「では、俺はカナンの所に行ってくる。
牛鬼、くれぐれも無茶だけはするなよ?」
お前が言うか、と言われてもおかしくない事をコドクが言うと、コドクはシズクを連れて外に行ってしまった。
それを見送ると、プルプルがぽそりと呟いた。
「それ、お父さんが言っちゃうんだねー……。」
まったくもって、その通りである。以前、無茶してカナンに怒られたのは、どこの誰であっただろうか。
プルプルは花を司祭に預けると、ポヨンと跳びはねて言った。
「じゃあ、プルプルも町に戻るよー。皆が待っているからね!
司祭さん、この子の事、ちゃんと見ておいてね?きっと目を離したら、すぐに無茶しちゃうだろうから。」
プルプルは司祭にそう言うと、「じゃあね!」と言いながら、外に飛び出していった。
牛鬼は、その後の事を思い出し、思わず顔を覆って溜息を吐いた。
確かに、司祭―――シェレアは牛鬼の世話を甲斐甲斐しくしてくれたが、それは牛鬼が動けるようになってまでも続いたのだ。
実際、牛鬼は二日目には動けるようになっており、早速とばかりに両刃斧を持って魔界に行こうとしたのだが、当然の如く、まだ早いとシェレアに止められた。
ならばと、シェレアが眠った頃を見計らって魔界に行き、慣れない身体で戦った為に、傷付いて帰ってくれば、それを見たシェレアに泣きつかれてしまった。
早く身体に慣れたい牛鬼と、牛鬼に怪我をして欲しくないシェレア。両者の意見が食い違うのも道理であり、しかも、傍から見ればシェレアを泣かせた牛鬼が悪いというのがあった。
牛鬼は、おもむろに懐から人間界へと帰る為の鍵を取り出した。
きっと、またシェレアに説教されるのだろう、と、そう思いながら。




