81 雪降る日常の裏で
あれから数日後。
コドクは、真っ白な雪が降る町の中、ルナンを背に乗せ、カナンのいる広場へと向かっていた。
コドクの隣にいるシズクが、コドクに疑問の声をあげた。
「いいのです?ルナンは、カナンお姉様の母親ですよ?
自分を捨てた母親を見て、気分を悪くするのでは?」
「いや、多分、カナンはなんとも思わないと思うよ。
こう言っちゃ冷たいかもしれないが、カナンは、血の繋がった肉親は、家族と認識していないから。」
コドクのその言葉に、シズクはちょっとだけ驚いた顔になった。
実際、コドクのいない間に二人は会っているのだが、カナンは、ルナンが自分の母親だと知っても、少し眉を動かしただけで、特に大きな反応は無かった。
ただ、ルナンの過去や、カナンを捨てる事になった理由、その果てにどんな状態になったかを星花から説明されると、カナンはちょっとだけ同情するような目で、「……そう。」と呟いたのだ。
不意に、ルナンがぶるりと震えた。シズクがそれを見て、コドクの背に這い上り、何処からともなく、暖かそうな真っ黒なコートを取り出し、それをルナンに着せた。
「……あの、シズク?そのコートは何かな?」
シズクが取り出した、その何処かで見た事のあるコートを見て、コドクはシズクに呆れたような声でそう言った。
シズクは、にっこりと笑いながら、しれっと言った。
「セイカからうば……貰ったのです。」
「……なんとなく分かるけど、その素材は?」
「勿論、ジルナの羽根ですよ?」
コドクの脳裏に、涙目で、グッと親指を立てる星花の姿がよぎる。
どうやら、星花は集めるだけでは事足りず、コドクの羽根を使った服も作っていたらしい。糸は、わざわざコドクの羽毛を集めて作ったのだろう。そのコートの素材の殆どがコドクのものであった。
ほっと息を吐くルナンを見て、ドヤ顔をするシズク。それを見たコドクは、疲れたように溜息を吐いたのであった。
広場には、子供達が、積もった雪で雪だるまを作ったり、雪合戦などをしたりして遊んでいた。
コドクが視線を巡らすと、その子供達の中に、雪合戦に混ざって遊んでいるシャウランの姿を見つけた。
飛び交う雪玉の中、ただひたすら雪玉を作り続けている。投げる側にならないのが、何処かシャウランらしくて、コドクとシズクは思わず笑みを浮かべた。
「冬の精霊だからかな?シャウラン、楽しそうだな。」
「なのです。」
微笑ましいとばかりにそう言うコドクとシズクだが、そう言っている間に、シャウランの隣に雪玉が山のように積み重なっている事に関しては、何とも思っていないようだった。
明らかにそこまで雪がないし、作る早さも早過ぎるのである。それを見た子供の一人が、思わず呆然とその積み重なった雪玉を見て、その隙に顔面に雪玉をくらっていた。
コドクは、ふと、その子供達の中に、最近見知った顔を見つけた。
呼幸だ。
子供達と一緒になって雪合戦をしている。一人だけ大きいせいか、子供達の的になっているようで、雪玉が、ばしばし当たっていた。
と、呼幸の胸に当たった雪玉が、ポヨンと弾かれた。その途端、当てた男の子が鼻の下を伸ばし、何処からか嫉妬の念が飛んでくる。
嫉妬の念の元を見てみると、そこには、巨大な雪だるまを作っていたユーナが、呼幸の揺れる胸を憎々し気に見つめていた。
それを見たシズクがニヤリと笑い、からかいに行こうとするのを、コドクはやんわりと止めながら、苦笑を漏らした。
「平和だな。数日後には戦争があるのに。」
そんなコドクの呟きに、誰かの声が返ってきた。
「本当ですよ。確かにこの町には、あなたである夜空の神様がいらっしゃいますが……」
女性のその声に、コドクが目線だけを向けると、そこには、コドクの作った杖を胸に抱えるようにして持っている、あの女性の姿があった。どうやら、結局彼女が司祭になったらしい。
司祭の女性は物憂げに溜息を吐くと、ちらりとコドクを見上げた。
「本当に、何もなさらないのですか?あなた様なら、戦争にならなくても、解決できるのでは……?」
「いやまぁ、やるつもりならできるけど。
でも、何度も言っているけど、これはプルプルの問題だ。」
そう言って、きっぱりと突っぱねるコドクに、司祭は「ですが……」と言い渋った。
不意に、コドクが、渋る司祭に顔を寄せた。
「それよりも、牛鬼の様子はどうだ?」
コドクの問いに、司祭は頬をぷっくりと膨らませた。
「そうですよ!あの方、無茶ばっかりするんです!
夜空の神様が、「身体がまだ安定してないからおとなしくしてろ」とおっしゃったのに、魔界に行って腕試しとか言うんですよ!?」
「ああー。やっぱりそうか。あいつを一目見た時から、なんとなくそんな事だろうと思ったんだよな。
で?多分だけど、魔界に行って、怪我して帰ってくるんだろ?」
コドクが苦笑しながらそう言うと、司祭は頬を膨らませながら、大きく頷いた。
「そうなんですよ!どれだけ私が心配していると思っているか、あの方は理解しているんでしょうか!?
だいたいですね、身体の調子が不完全なのに、なんで自分から争いの場に……」
ぶつぶつと文句を言う司祭に、コドクはどこか身に覚えがあったのか、そっと目を逸らした。
自分の事を蔑ろにするあたり、何処かの誰かにとても似ていると言えよう。
と、コドクが目を逸らしたその先に、綺麗な笑みを浮かべるカナンが。
その笑みが、まるで、自分を無言で責めているように見えて、コドクは、思わず乾いた笑い声を上げた。




