80 降り注ぐ死の雨
先程より、若干警戒の色が薄れた様子の呼幸を横目に見ながら、俺は、辺り一帯の気配を探った。
すると、いるわいるわ、大量の魔物の気配がうようよといる。地脈を調整した時にばらまいておいた魔力におびき寄せられたのか、大量の魔物がこっちに向かってきている。
「さて、と。選定を始めようか。」
翼を広げながら俺がそう言うと、シズクが「いってらっしゃいなのです」と微笑んだ。
地を蹴り、大空へと飛び出す。上空から地面を見下ろすと、様々な魔物が、さっきまで俺の居たところに向かっていっているのが良く分かる。
俺は、魔術で自分の身体を空中に維持させると、翼に魔力を流し込んだ。
魔力が翼に流れ込んでいくにつれ、真っ黒な羽根が、真っ白に輝き出していく。
俺は、羽根を逆立てながら、何気なくぽそりと呟いた。
「全滅しなきゃいいけどな。」
バンッ!という何かが破裂するような音と共に、無数の真っ白な羽根が俺の翼から飛び出す。
羽根はいったん上昇すると、いきなり方向を変え、地へと、雨のように降り注いでいった。
断末魔の声が響いてくる。首を落とされ、頭が弾け、胴を刺し貫かれて……魔物達の命が、次々と消えていく。
ああ、こんなものか。あの蠱毒の魔物達は、もっと強かったと思ったんだけど。
少なくとも、あいつらは頭を飛ばしたくらいじゃ死ななかった。完全に魔石を潰さないと死ななかったのだが……
俺が落胆している内に、辺り一帯の魔物の気配は無くなってしまっていた。
だが、そんな中でも、一匹だけ、立っている者がいた。
それは、筋骨隆々としいて、立派な角を持つ牛のような魔物だった。
角は欠け、胴体には三本の羽根が刺さり、血を流しながらも、その震える足でしっかりと立っている。
俺は、闇を操って死体を喰らいながら、内心で頷いた。―――こいつにしよう。
身体中に痛みが走る。血を失ったせいでクラクラとする、歪んだ視界の中、ソレの前に、大きくて真っ黒な鳥が舞い降りてきた。
気がつけば、周りにいた筈の魔物達がいなくなっている。血飛沫をまき散らしながら死んでいった筈なのに、血の一滴も残っていない。
真っ黒な鳥が、らんらんと光る金色の瞳をソレに向けながら、ポツリと呟いた。
「おめでとう、名も無い魔物。
お前は、あの中で唯一生き残った、選ばれた者だ。」
感情の乗らない、抑揚のない声で、黒い鳥は言う。
何を言っているのかは、ソレには分からなかったが、目の前にいる者が、只者では無い事は分かっていた。
つい先ほどの事だった。
混沌とした世界に、突如膨大な魔力が走った。
何が起きたか、それは分からなかったが……ソレにとって、これだけは分かった。
魔力の発生源に、強大な魔力を持った者がいる。それを喰らえば、自らはもっと強くなる事ができる。
そう思って行った先にいたのは、真っ白に輝く巨大な鳥だった。
次の瞬間には、真っ白な雨が降り注いでいて。
そんな事を思い返していたソレの目の前に、黒い鳥の爪が突き付けられた。
「さて、そんな死にかけのお前に、一つ問う。
『強くなりたいか?』」
ドクン、と、ソレの心臓が鳴った。
言葉は分からなくとも、その問いの意味は分かった。
目を見開き、血走った目で、睨むように自分を見るソレを見たコドクは、満足したように頷いた。
「いいだろう。お前なら、プルプルを超える魔物になるかもしれないな。」
コドクの影から、闇が溢れだした。
闇は意思を持ったように動き、ソレを包み込んでいく。
身体を苛む痛みが嘘のように引いて、ソレは僅かに驚いた。
「お前には、とある役割を担ってもらう。その代わり、お前が一生かかっても手に入れる事のできない力をやろう。」
ソレの視界が闇に染まっていく。
「ま、今はそんな事はいい。また後で会おう。」
視界が完全に闇に染まる直前、ソレは、コドクの目が、一瞬申し訳なさそうに揺れるのを見た。
あの魔物が闇に沈むのを、なんとなく、ぼーっと見ていた俺の視界に、シズクがひょっこりと現れた。
「後悔しているのです?」
「……どうだろうな。
でも、そうだな。せめて、こいつは幸せになってもらいたいな。」
俺は、前世の自分を思い出していた。
神に嫌われた、というだけで、俺は人生を滅茶苦茶にされたばかりか、世界から消された。
こいつも、俺の都合で人生を捻じ曲げられた。
ならば、せめて俺の家族となるこいつには……幸せになってもらいたい。こいつを魔改造し、役割まで押し付ける俺がそう思うのも筋違いかもしれないが、せめて、俺のようにはならないようにしてやりたい。
シズクが、甘えてくるように、下半身を俺の身体に巻き付けてくるのを苦笑して受け入れながら、俺は振り返った。
そこには、不機嫌そうに腕を組んで俺を見つめるユーナと、そのユーナの背に隠れるようにして俺を伺う呼幸の姿があった。
「で?用事は終わったの?」
嘆息し、呆れたようにそう言うユーナに、俺は頷いた。
「ああ。これで終わりだ。」
「じゃあ、さっさと帰るわよ。あなたが地脈を調整してくれたせいなのか、居心地はそれほど悪くはないけれど……やっぱり、魔界に長居はしたくないわ。」
ぶすっとした様子でそう言うユーナ。どうやら、魔界は肌に合わないようだ。
俺は、人間界へと繋がる穴を開けながら、ユーナに言った。
「巻き込んで悪かったな。でも、旧友に会えたんだ。悪い事ばかりじゃ無かっただろう?」
「……そうね。呼幸と会えたのは良かったわ。」
ユーナはそう言いながら、人間界に渡っていった。
それを見ながら、俺はシズクに声をかけた。
「さて、帰るか。ルナンも待っているだろうし。」
「ええ、帰るのです。」
俺達は、そう言い合いながら、人間界へと通じる穴に身をくぐらせた。




