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76 その選択で取ったもの

 俯いて歯ぎしりするケトルムに、俺は、目を細めて言った。


「お前は、どっちを選ぶ?

 精霊を求める精霊の民か、今も心の闇に囚われる自分の娘か。

 いや、違うな。お前は、どう在りたい?

 親で在りたいか、長で在りたいか。

 どっちも、なんてふざけた事は抜かすなよ。今までルナンを蔑ろにしてきたお前が、今さら精霊の民の長と、親を同時にこなす事なんてできると思うな。」

「わし、は……」


 俺が、吐き捨てるようにそう言うと、ケトルムの、様々な感情が入り交じった顔が、俺に向けられた。


「……あなた様も、中々厳しい事を言う。

 だが、その通りであろうな。わしは、ルナンの親失格だ。」


 ケトルムは、顔をくしゃくしゃに歪めると、片手で目を覆った。


「分かってはいた。親なのならば、例え精霊の民の反感を買ってでも、孫を連れて帰り、心に大きな傷を負ったルナンの傍にいてやらねばならなかったのであろう。

 じゃがな。」


 ケトルムは手を下し、はっきりとした眼光で俺を見つめてきた。

 その目を見て、俺は、ケトルムがどんな選択をするのかを悟った。

 ケトルムは、大きく息を吸うと、はっきりとした口調で言った。


「わしは、精霊の民の長。娘ばかりにかまけて、精霊の民を蔑ろにする事は、できぬ。」


 その言葉を聞いた途端、シズクから物凄い怒気と殺気が振りまかれた。

 今にもケトルムを殺さんとするシズクを、翼を広げて止めながら、俺はケトルムの目を見返した。


「その選択で、いいんだな。」


 どこか淡々とした自分の声を聞きながら、俺は、何処かでこうなると分かっていたのだろうか、と意識の端で思った。

 ケトルムは、俺の言葉に、しっかりと頷いてみせた。


「……ああ。」

「そうか。なら、約束通り、精霊界で、条件に合う精霊でも探してやろう。

 ただし、ルナンはここに置いていけ。子を捨て、精霊の民を選んだお前に、娘と暮らす権利などありはしない。」

「……分かっている。」


 頷くときはしっかりと頷いてみせた癖に、最後のその言葉は、喉の奥からようやく絞り出したような、そんな声だった。

 ケトルムが、ほぼ闇に近いこの部屋の中で、ルナンに目を向けた。その目は、後悔と苦痛の色に満ち溢れていた。

 ルナンは、そんなケトルムが見えていたのか、見えていないのかは分からないが……ただ、光の灯らぬ虚ろな目で、俺の隣に佇んでいた。

 ケトルムは、俺達に背を向けた。

 そして、月夜の間を出る時、不意に、ケトルムは立ち止まった。


「不甲斐無い父親で、すまなかった。

 ……娘を、頼む。」


 そう言って、ケトルムは月夜の間を後にした。

 ケトルムが月夜の間から出ていくと、シズクは吐き出すように呟いた。


「なんて、勝手な奴なの。カナンお姉様の件といい、ルナンの事といい、無責任すぎるのです。」

「さてな。まぁ、あいつは精霊の民の長である事を選んだんだ。なら、それでいいだろう。

 本当にやり直したかったのならば、例え俺にどちらか選べと言われようと、その結果俺に殺されるのだとしても、あいつはどちらも選ぶべきだったんだ。

 それを、ケトルムは長である事を選んだ。なら、それまでの事だよ。

 あいつは、親の責任は果たせなかったのだろうけど、長としての務めはしっかりと果たしたんだからさ。」


 なんとも思っていないように、淡々とそう言う俺を、シズクはもの言いたげに見つめた。

 シズクは、しばらくの間、口を開いたり閉じたりして迷っていたようだったが、やがて、呟くように言った。


「ジルナは……あいつに怒らないのですか?」


 確かに、そうだった。自分でも驚く程に、ケトルムに対して、大きな怒りを感じなかった。

 俺は、自分の子供を見捨てるという選択をした親を見ても、何も感じなかった。

 でも、多分、それは。


「俺は、世界から嫌われ、捨てられた身だ。当然、親からも捨てられたようなものだった。

 だから、多分、俺は親という在り方そのものに、それほど期待してはいないんだろうよ。だから、ケトルムを見ても何も感じない。

 所詮、血の繋がりなんて、そんな程度のものでしかないんだよ。腹を痛めて産んだ子なのだとしても、自分の血を分けた子なのだとしても、それは、最も近い関係の証明などになりはしない。

 親子だろうが、兄弟だろうが、人間は自分の為ならば、いともたやすくその関係を『他人』にしてしまえる生き物なのだから。

 一番大切なのは、互いにどれだけ思い合い、思いやっているか。そして、真剣に見つめ合い、どれだけ本気で向き合うか。そういう事だと思うよ。

 何にせよ、あいつは引き返す事のできない道を選んだんだ。もう俺の知った事では無いね。」


 そう言って欠伸をする俺に、シズクは首を傾げながら問いかけた。


「精霊は?どうするのです?」

「ユーナに丸投げ。俺が行くより、ユーナが行った方が早い。

 っていうか、もう行ってもらってる。」


 しれっとそう言った俺に、シズクは苦笑をこぼした。


「流石、ジルナなのです。

 それより、いいのです?ジルナの分身、消化されちゃうのですよ?」

「……何っ!?」


 バッと蛇を見ると、そこには、身体の一部が膨らんだ蛇だけがそこにいた。

 シズク……俺がケトルムと話している間に、さっさと捕食していやがった!

 だが、まだ俺の分身は生きている。


「生きているなら、闇から移動させて……

 ……ねぇ、シズク?何さりげなく妨害してるのかな?」


 闇を伝って移動させようとした途端、シズクも闇に干渉して妨害し始めた。

 なんか、互いに両手を組み合って、押し合いをしているような気分になる。

 シズクは、笑いを堪えているような顔で呟いた。


「さぁ、なんの事なのです?」


 何もしていないですよ?と言わんばかりの口調で、そう言うシズク。

 そうかい。なら、俺にも考えがある。

 俺は、尾羽を伸ばすと、シズクの脇腹を尾羽の先でこちょこちょとくすぐり始めた。


「きゃふっ!?や、やめるのです!」

「なら妨害するのをやめる事だな。

 お前がやめない限り、俺もやめないぞ?」


 身を捩りながら、顔を赤らめるシズクに、俺は笑いながらそう言った。

 くくく、そんな真っ赤な顔で睨まれても、かわいいだけだしな。まったく怖くない。

 そんな風にじゃれ合っていると、不意に小さな笑い声が聞こえてきた。

 思わず、じゃれ合うのを止め、その笑った者をまじまじと見つめる俺とシズク。


 そこには、僅かに微笑んで、微かな声で笑うルナンがいた。

 俺とシズクは、互いに干渉するのを止め、思わず顔を見合わせた。

 そして、俺達は静かに笑い合ったのだった。





 ちなみに、俺の分身の小鳥はしっかりと消化されていましたとさ……

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