75 間違えた導き手
そんなこんなで、ケトルムが来た時にルナンを隠しておいた訳だ。俺としては、あの時はルナンとケトルムを会わせたくなかったからな。
それにしても、シズクが、俺以外に関心をよせるようになったのは良い事だ。俺しか見ないっていうのは、流石に損だから。
そうやって、俺だけじゃなくて、他の大切な者も作ってくれると、俺も嬉しい。確かに、いずれ俺たちは皆に置いていかれてしまう立場なのだろうけども、互いに心を寄せあうあの温かさは、こういうものでしか経験できないのだ。
俺も、その温かさをカナンとユーナから貰った。そして、シズクのおかげで、それらを真っ正面から見つめ、正直に喜ぶ事ができるようになった。
この世界で生まれ変わってから、俺は、本当に縁に恵まれた。
だからさ、シズク。お前も、俺以外に目を向けてみなよ。
確かに、この世界にも、人間は腐った奴らばっかりかもしれないけどさ、全部が全部そうだっていう訳じゃないんだぞ?
それに、俺も、お前も、元は人間なのだから。
俺は、翼に控えめに触れるルナンを見ながら、ルナンに微笑みながら見つめるシズクに声をかけた。
「さて、ケトルムはカナンを見て驚くかな?」
「さぁ?私にとっては、どうでもいい事なのです。
自分で捨てておいて、都合が悪くなったから力を貸せ、なんてふざけた人間の事なんか、私は、本当にどうでもいいのです。
それよりも、ルナンの事なのです。今のルナンは、無防備なのです。」
本当に、ケトルムの事なんてどうでもよさそうにそう言うシズクに、俺は苦笑しながら頷いた。
「そうだな。なら、俺達の分身でも付けておけばいいんじゃないか?」
「分身、ですか?」
そう言うシズクに、俺は自分の羽根を一枚抜いて見せた。
その羽根に魔力を込めると、羽根はたちまちに形を変え、真っ黒な小鳥へと姿を変える。
ルナンの肩へととまった小鳥を見て、シズクが目を輝かせた。
「なるほど、なのです。なら……」
シズクはそう言うと、自分の髪を一本摘まんで、ぷつっと抜いた。
すると、その髪は太くなり、紫色の蛇へと姿を変えた。
蛇は、するするとルナンの足から登って、首へと巻き付くと、まるでマフラーのような形で落ち着いた。
そして、ちらっと小鳥を見て、蛇は首をもたげた。
……なぁ、この蛇、なんか俺の分身食べようとしてない?目が怪しいんだけど!?
「気のせいなのです。ほら、言うじゃないですか。食べてしまいたいくらいにかわいいって。」
「それ、例えだからな?本当に食うって意味じゃないからな?分かって、あぶな!」
しゅっ、と、小鳥に噛みつこうとする蛇。それを見て、俺は慌てて分身を操って、飛び上がらせる事で避ける。
それを見たシズクが、不満そうに唇を尖らせた。
「ジルナ、避けさせちゃ駄目じゃなのです。」
「いや、避けるって!というか、かわいいなら食うなよ?」
「大丈夫なのですよ、お腹の中で愛でてあげますから。」
「それ、愛でるって言わない……」
そう言って項垂れる俺に、シズクはくすくすと、何処か嬉しそうに笑った。
あれから、分身同士の戦いを続けて数十分後。
遂に蛇が小鳥を捉え、蛇の口から、ピクピクしている小鳥の足が出ている状態になった時、ケトルムが俺達の元へやってきた。
普通、蛇は獲物を絞め殺してから食べるのに、わざと絞め殺さないで、暴れる小鳥をゆっくりと飲み込んでいくとはなんという生殺しか、と、戦々恐々としていた俺の元へ来たケトルムの顔は、真っ暗な部屋の中でも真昼のように見える俺の目には、やや青く見えた。
「おお、早かったな。で、どうだった?」
分かりきっている事を聞くかのように、半ばからかうように俺がそう言うと、ケトルムはゆっくりと顔を上げ、弱々しい笑みを浮かべた。
「あなた様は……知っておったのですな。わしの事も、そして、娘の事も……」
「知った、と言っても、本当につい最近だがな。
それに、例えお前がカナンの祖父じゃなかったのだとしても、カナンは行かなかったと思うけど。
俺の予想だけどね、多分、もうカナンはこの町から離れる事はないと思うよ。あいつは、この地で子供達の傍に居たいみたいだったからな。
カナンは、家族の繋がりにはこだわるけど、血の繋がりにはあまりこだらない。まぁ、血縁者に碌なのがいないっていうのも、一つの理由なんだろうが。」
皮肉を込めて俺がそう言うと、ケトルムは僅かに顔をしかめた。
なんとも、複雑そうな表情だな。孫を捨て、その因果が今になって返ってきたという後悔と、それでもやっぱり、娘を強引に奪った者も血を受け継いだ孫を捨てたのは間違っていないという、意地にも似た感情があるんだろう。
だけどさ。
「なぁ、お前さ。精霊の民の導き手を探す前にさ、導いてやらないといけなかった奴が、いたんじゃないのか。
確かに、お前にとって、娘を奪い、その娘の心にまで深い傷を残した皇帝は憎かっただろうよ。
ユエイブワル帝国は、精霊を無理矢理契約させて奴隷のように扱う国だから、精霊を敬う精霊の民にとって、ユエイブワル帝国とその皇帝は殺してやりたいくらいに憎い相手だったろう。
だから、その皇帝の血を引くカナンを連れていけないという考え方も、分からないでもない。
……だけどさ、お前は、ルナンの親で、カナンの祖父だろうが。それを曲げてでも、ルナンを、そしてカナンを導いてやれたのは、お前だけだったんじゃなかったのか?
なんで、カナンを捨てた?カナンに手を伸ばすルナンの手を、何故払い落とした?
お前のした行為は、ルナンに忘れる事のできない傷と後悔を負わせ、カナンには消える事のない、深い悲しみと寂しさを残したんだぞ。
お前が、自分の感情と、精霊の民の意思を優先させた結果がこれなんだよ。
お前が捨てたのは、カナンだけじゃない。ルナンの心も、家族としての未来も捨てていったんだ。」
静かな怒りを込めて、俺がそう言うと、俯いたケトルムから、ぎりっ、と、歯ぎしりの音が鳴った。




