72 精霊の民
ここに町にできてから、幾ばくかの時が過ぎた。
季節は冬となり、屋根や路地をうっすらと白く染めている。
俺は俺で、最近新たな発見があった。
俺が、シャウランの為に作った、あのお守りの事である。
前まで、ポンポンと神宝を作りまくったおかげで気付けたのだが……
何あれ。この町にあるどの神宝よりも格が上とか、いったい誰が作ったんだか。
……はい。俺です。
そういえば、普通、神宝を作る時は、思念を込めながら作っているのに、あのシャウランのお守りは言葉を口にしたばかりか、割と本気で願いを込めながら作ったものである。
そりゃそうなるよね。他の神宝は軽い気持ちで作ったのに、シャウランのは本気で作ったのだから。
でもさ、悪意を寄せ付けない効果はともかく、一定範囲の病の完全無効化とか、軽い運命操作とか、悪意のある人がシャウランを見ると、その悪意が浄化されるとか、格というより次元が違うんだが。
お陰様で、こんな事があった。
シャウランが、プルプルがいる隣町に遊びに行った時、所謂悪い大人と鉢合わせになった事がある。
その時、シャウランを見たその人は、いきなり滂沱の涙を流し出すと、今まで自分がどんな悪い事をしたのかをシャウランに語り始めたのだ。
そして、「自分はなんてことをしてしまったのだ」と地面に膝をついて反省しだす始末。
若干引いた様子のシャウランが、「もう悪い事をしちゃ駄目だよ?」とその人の頭を撫でた事でその騒動は終わった。引いても相手を心配する当たり、シャウランは良い子である。
その後の噂だと、その人は今までの悪行はなんだったのかと、周りの人に引かれる程にいい人になったそうだ。引かれる程って……
そんな事を思い返し、若干遠い目になっていた俺の目の前に、暗闇の薄い影から滲み出るようにして星花が現れた。
「ご主人様、お客様です。
『精霊の民』を名乗る人間の集団から、ご主人様にお会いしたいと。
どうなさいますか?」
「精霊の民?ああ、あれか。人間の集団……は、さっき町に入ってきた奴らだな。
町に対しての悪意はないみたいだけど、何が目的なんだか。
ま、いいか。ここに来るように言っておいて。」
俺がそう言うと、星花は辺りを見回し、苦笑を溢した。
「……『月夜の間』で、ですか?」
「ああ。だって、ここから移動するのも面倒だし。」
「分かりました。では、失礼します。」
星花はお辞儀をすると、そのまま影の中へと消えていった。
しかし、このほとんど真っ暗な部屋で、薄い影からよく移動できるよな。流石は俺の眷属、といった所だろう。
その事実に満足しながら、俺は精霊の民がやってくるのを、目を閉じて待った。
精霊の民とはどんな奴か、と思っていた俺の目の前にやってきたのは、白髪混じりの爺さんといった人間が一人だった。
どうも、他の人達は、この部屋の外で待機しているらしい。賢明だな。
「お初にお目にかかる、夜空の神よ。わしは、ケトルム。精霊の民を束ねる者だ。」
「……どうも、初めまして。俺は、コドク。
で、俺にいったいなんの用だ?俺を指名してきたという事は、俺の事を、ある程度は知っているんだろう?」
礼をしながら、名乗ってきたケトルムに、俺はそう言って話を促す。
ケトルムは、下げていた頭を上げると、その目に強い光を込めて俺を見上げた。
「そう、急かさんでもよかろう?」
その言葉に、イラッとしないでもないが、一度、目を閉じてやり過ごし、薄く目を開いて口を開いた。
「回りくどいのは好きじゃ無くてね。
ああ、精霊の民が、精霊を信仰する、地を転々と移動する故郷を持たぬ民だというのは、プルプルから聞いているから知っているよ。
で、だ。そんな精霊を信仰する民が、何故、夜空の神である俺の元に来たのか、それを聞きたいんだよ。」
ケトルムの目を、じっと見返しながらそう言うと、ケトルムは、息を吐いた。
「……分かりました。ならば、直球に申しましょう。
あなたの加護下にいる、カナン様をお譲りいただきたい。」
その言葉を聞いた途端、俺の隣にいたシズクから、冷たい怒りが漏れ出した。
シズクは、薄ら寒くなるような笑みを口元に浮かべる。
「……随分と無礼な言い方なのですね、人間。
―――死にたいのです?」
「シズク、そう怒るなって。」
ちなみに、シズクが一番に怒っているのは、俺には呼び捨てで、カナンには様、という呼び方だ。どうも、人間の癖に俺を同類のように扱っているのが気に入らないらしい。あと、カナンが物扱いのようなのも気に入らない要因の一つのようだ。
俺は、苦笑しながらケトルムに目を向けた。
「そういうのは、俺じゃなくて、カナンに言ってくれ。
それと一つ言っておくが、カナンは俺の所有物じゃない。俺にとって、大切な妹のようなものだ。
お前に悪意がないのも分かってはいるが、口のきき方には気を付けろよ?」
シズクの怒気に当てられて青くなっていたケトルムは、俺のその言葉に、冷や汗を流しながら頷いた。
……ああ、本当に。気を付けてほしいものだ。
「申し訳ない。どうも、あなた様からは、底知れぬ恐ろしさのようなものは感じても、大勢の民を収めるような、為政者特有の威圧感が感じられなかったものでの。」
「そりゃそうだ。今でも、俺はただここにあるだけだし。人々を治める能力なんてもの、俺にはないからな。
できても、恐怖で押さえつけるような治め方しかできないと思うぞ?」
俺がおどけるようにそう言うと、ケトルムの顔色が戻ってきた。
「それは恐ろしい。だが、あなた様なら心配要らぬ。
先程まで、この町に住む人々を目にしたが、皆、あなた様に感謝はあれど、恐怖を向ける者などいないようでしたからの。
あなた様は、確かに為政者ではないのであろう。だが、良い導き手ではあるようだの。」
そう言いながら、笑うケトルム。この部屋が真っ暗なせいで、段々と剣呑な笑みを浮かべていくシズクには気が付いていないらしい。
すると、不意にケトルムが笑みを消し、真剣な表情になった。
「この町には、あなたという良い導き手がいた。だからこそ、人々は明るく暮らせる。
それと同じように、我々にも、導き手が必要なのだ。それも、力のある導き手が……」
そう言うケトルムに、俺は目を鋭く細めた。
「まぁ、事情は聞かない。お前達精霊の民にとって、それほどの一大事なんだろうし。
詳しい話は、カナンにすればいい。さっきも言ったように、カナンは俺の所有物なんかじゃ無いんでな。
カナンの居場所は、星花も知っている筈だから、星花に案内してもらうといい。」
「……分かり申した。」
そう言って立ち上がり、背を向けたケトルムに、俺は声をかけた。
「もし、カナンがそれを断ったのなら……もう一度、俺の所に来るといい。
他の精霊なら、お前に紹介できるかもしれないからな。」
俺のその言葉に、ケトルムはハッとするように身じろぎすると、俺に無言で深々と頭を下げ、月夜の間を去っていった。
俺は、不満そうに身体を絡めてくるシズクを撫でながら、息を吐いた。
まぁ、カナンに会って、せいぜい驚くといいさ。
あの冷たい心を作ったのは、お前のせいでもあるんだから。




