閑話3 迫る戦争の影
只々真っ黒で、真っ暗な何処か。
そこは闇ではない。だが、光も無い。
ここは、影。闇に近く、光がなければ存在できない、真っ暗な影の世界。
その世界に、幾つもの赤い残光が走る。
影鼠。コドクの眷属で、裏方で情報を集める魔物達。
影の世界にその影鼠が集まり出すと、しばらくして、その場に大きな鳥……コドクが現れた。
コドクの隣には星花が付き添うように立っており、コドクの背には、当たり前のようにシズクが寝そべっていた。
コドクを見とめた影鼠達が、コドクに向かって鳴き喚き始めた。
影の中に、鼠の甲高い鳴き声の騒音が響く。
その鳴き声に、眉を顰めた星花をよそに、コドクはうんうんと頷いた。
「はいはい、なるほどね。」
「……ご主人様、この大量の言葉の中、よく影鼠が言っている事が分かりますね。」
「何、慣れれば簡単だ。コツがあるんだよ。うまく言葉にはできないけど。」
星花は、その顔に苦笑を浮かべた。コドクが規格外なのは、今に始まった事ではないのだ。
コドクは、物憂げに溜息を吐いた。
「どうも、戦争は避けられそうにないようだな。」
「ユエイブワル帝国ですか?ですが、自国の辺境ですよ?」
「まぁ、そうなんだがな。どうも、魔物が仕切っているというのが気に入らないらしい。それ以外にも理由があるらしいが。」
コドクは、つまらない事のように、欠伸をしながら言った。
「どうも、逃げられた妻を追っているらしいな。」
「逃げられた妻、ですか?」
「そう。なんでも、『精霊の民』の中に、そいつがいるらしい。
で、その精霊の民が、こっちに来ているのを知って、ついでで戦争をけしかけるそうだ。」
座り込み、羽づくろいをしながらそう言うコドクに、瞳に怜悧な光を浮かべた星花が、静かにナイフを取り出した。
「消してきましょうか?精霊の民も、ユエイブワル帝国も。」
「放っておけ。どの道、俺たちには関係ない。」
「ですが、それではプルプルが……」
そこまで言いかけた星花は、コドクがじっと見つめている事に気が付いて口をつぐんだ。
コドクは、目にうっすらと笑みを浮かべると、その目を細めた。
「お前、プルプルが人間程度に殺されるとでも思っているのか?
あいつは、そこまで軟じゃない。」
コドクはそう言ったが、その言葉を聞いても、何処か不安そうな星花に、コドクは溜息を吐いた。
「あのな、星花。プルプルが、敵となり得るユエイブワル帝国に、なんの対策も無しに、のうのうと町に居座っているとでも思ったか?」
「……え?」
目を見開く星花に、コドクの背にいたシズクが、コドクの代わりに口を開いた。
「罠が張ってあるのですよ。ジルナが調整した地脈に寄生するように、大量の種が町の周辺に埋められているのです。
ちゃっかりしてるのです、あの子。」
「はは、確かにな。まぁ、その為にあそこの地脈を整備した訳だから、別にいいけど。
だけど、あそこに埋め込められている種、かなりやばい物だぞ?
生き物に寄生する植物、血を絞り上げる植物、温度を感知して爆発する植物、花粉で幻覚を見せる植物……
全部芽生えさせたら、人一人生き残らないだろうな。」
笑いながらそう言っていたコドクは、不意に笑みを収めた。
「心配するな。俺が言うのもなんだが、プルプルの規格外さはお前だって知っているだろう?
それに、あのプチプルって言ったか?あの、小さいの。あれも、見た目に反して、ちょっとした魔物の群れだったら、一匹で相手取れる程度の戦闘能力は持っている。」
落ち着いたコドクの言葉に、星花は、ゆっくりとナイフを下した。
「……そう、ですよね。」
「まぁ、何かあったら、お前が助けてやればいい。皇帝にこっそりと毒を盛る、とか。」
目を細めて、おどけるようにそう言うコドクに、星花はようやく心配そうな表情を崩した。
「はい。ありがとうございます。」
そう言って微笑む星花に、不意に、コドクはとある方向へと指さした。
「で?それはそうとして、あれはなんだ?」
半ば呆れたようなコドクのその言葉に、星花は、コドクが指さした方へと顔を向けた。
そこには、黒い羽根やら、黒い鱗やらが、棚に綺麗に並べてあった。
星花は、花が咲くような笑顔で頷いた。
「はい。あれは、ご主人様の抜けた羽根や、鱗を集めたものです。」
「いや、それは見れば分かるよ。そうじゃなくて、なんであんなにあるんだ、って事を言っているんだよ……」
コドクの言う通り、そこには、コドクの羽根や鱗、その他諸々のものが並べられている棚が、奥の方までズラッと並んでいた。
それを見たシズクが、星花をキッと睨んだ。
「星花?なんで、こんな大事な事を黙っていたのです?」
「……。」
「星花。罰として、私にもこれからジルナの羽根や鱗を渡す事!なのです。」
どこか話の流れがおかしくなってきた、そのシズクの言葉に、「……うん?」と首を傾げるコドク。
星花は、シズクに頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。これからは、ヌレバ様にもお譲りします。」
「それでいいのです。」
満足そうに胸を張るシズクに、コドクが呆れたような目を向けた。
「お前ら……そういう時だけは、仲が良いんだな……」
諦めたようなコドクの言葉と溜息が、影の中に沈んでいった。
次話から本編に戻ります。




