閑話2 私の幸せ
それは、天気の良い昼の頃だった。
さんさんと太陽の光が降り注ぐ中、町の広場に、大きな鳥の姿のコドクが、沢山の子供のベッドになりながら眠っていた。
コドクの傍には、当然の如く、シズクや星花もいたが、珍しい事にユーナもいた。
コドクが眠っている時、コドクは無意識に周りの生き物の霊脈を調整する癖がある。その為、コドクが眠っている時に傍にいると、その恩恵に与れるのだ。
最初の時や、霊脈が荒れている時などは、霊脈の調整時に何かしらのデメリットがあるが、それ以降はメリットしかないので、それにあやかる者は多い。
そんな中、この頃人型でいる事が多いユーナが、手を組みながら、コドクにもたれかかるようにして目をつぶっていると、そんなユーナに、シャウランを連れてやってきたカナンが声をかけた。
「こんな所にいたのね、ユーナ。」
「……ガキ共に連れてこられたのよ。」
ちらりと、コドクに寄り添うようにして眠っている子供達を見遣り、溜息混じりにそう呟くユーナ。
そんなユーナに、カナンは苦笑しながら、ユーナの隣まで来た。
「聞いた?コドクの事。」
「ええ。町民達から、町を治めて欲しいと言われて、即、断ったって話でしょう?
コドクらしいわよね。」
肩をすくめながら、困ったように笑うユーナに、カナンも笑みを返した。
「コドクは、何よりも、束縛する事を嫌うから。
力は与えても、答えは与えない。身内には、誰よりも目を掛けるけど、誰よりも自由を尊重する。」
「そうね。コドクって、そういう人だもの。
鳥に餌はやるけれど、鳥籠で囲うことは絶対にしないものね。
前に言っていたわ。「鳥は、自由に空を飛ぶからこそ、鳥なんだ」って。」
二人の間に、沈黙が降りる。
ユーナが、ぽそりと呟いた。
「コドクは……いつまで、羽休めするのでしょうね。」
「それは……きっと、私達が、巣立ちするまで。」
カナンの苦笑混じりのその言葉に、ユーナは溜息を吐いた。
「そうね……きっとそうだわ。身内に甘いコドクだもの、私達が雛鳥でいる限り、ずっと傍に居るのでしょうね。」
と、二人だけだった会話に、冷たい声が飛び込んだ。
「そして、あなた達が飛び立ち、独りぼっちに戻ってしまうのだとしても、ジルナはあなた達を笑顔で見送るのです。」
さっきまで、ずっと黙っていたシズクが急にそう言い、カナンとユーナは揃ってシズクを見た。
そんな二人に、シズクは目を合わせると、ちょっと悲し気に微笑んだ。
「我儘を言えばいいのに、ジルナは自分の望みを余り口にしないのです。
ジルナにとって、自分自身の幸せとは、遠い所にあるもの。だから、他人の幸せで満足しようとするのです。」
そこまで言うと、シズクは、無表情のままのカナンと、唇を引き結ぶユーナに、先の割れた舌をペロッと出して見せ、目を細めた。
「でも、それは過去の事。これからは、私がずっとジルナの傍にいるの。
だから、あなた達は安心して巣立てばいいのよ。あの人の孤独は、私が埋めるから。」
棘のある言葉でそう言うシズクに、カナンとユーナが僅かに顔をしかめた。
その時、俯いていた星花が、顔を上げた。
「ヌレバ様だけではありません。私もいます。」
「そう?でも、あなたじゃ無理ね。」
その言葉に、反論しようとした星花の顔すれすれに、シズクが音もなく近づく。
ハッと息を飲む星花に、シズクは威嚇する蛇のような、壮絶な笑みを浮かべた。
「ねえ、あなたの寿命ってどのくらい?魔物だから、元が寿命の少ない鼠でも、百以上はきっと生きるよね。
でもね、あの人は神なの。あなたの何百倍以上も生きるのよ。あなたは、それについていけるの?」
「それ、は……」
思わず口ごもる星花。そんな星花に、シズクは眦を吊り上げた。
「ジルナがどんな気持ちであなた達の傍にいるか、知ってる?
いつか失うと分かりつつも、誰よりも真剣に目を掛けるあの人の覚悟が、あなたには分かるの?
軽々しくずっと傍にいるだなんて言葉、言わないでよ!」
シズクのその言葉を聞いた途端、星花の目の奥に、弾けるような怒りが灯った。
「分かっています、そんな事は!
でも、それならば私はどうすれば良いとおっしゃるのですか!?
私には、ご主人様の孤独を癒したくても、癒す力も無いのですよ!?
私には、私には……っ!」
星花の目に、涙が浮かんだ。
「ご主人様の、足枷にしかならないのです……!」
星花の涙が、顎を伝って落ちていく。
しかしその涙は、地に落ちる事はなかった。
「シズク、星花。」
穏やかなコドクのその声に、悪い事をして怒られた子供のように、思わず二人はビクリと身を震わせた。
涙は、いつの間にか、コドクの伸ばした尾羽によって掬いとられていた。
コドクは、無言でシズクを見つめた。シズクも、コドクを見つめ返す。
じっと見つめ合う二人。この二人には、意思を交わすのに、声を発する必要はなかった。
すると、シズクは少しだけ拗ねたように、目を逸らした。
「……ごめんなさい。言い過ぎたのです。」
そう言うや、ポスンとコドクの羽毛に顔を埋めてしまったシズクに、コドクは困ったように笑った。
「まったく……
星花。」
「は、はい。」
背を伸ばして答える星花に、コドクは優しい笑みを目に浮かべた。
「お前は、足枷なんかじゃないよ。十分、俺の助けとなってくれている。
むしろ、俺がお前の枷にならないか心配しているくらいだ。」
「そんな!そんな事……」
「なぁ、星花。お前も、役目に囚われる必要はないんだぞ?
例えば、ユーナは、精霊達を助けた時、女王になってくれって頼まれたようだけど、ユーナはそれを選ばなかった。」
コドクのその言葉に、ユーナが「なんでそれを知っているのよ……」と呟いたが、皆慣れたもので、そんな疑問はさらっと無視された。
そして、星花がコドクに不満そうに言った。
「ですが、カナン様は、シャウランの母の意思を継ぐ事を選びました。」
「ああ、それも間違ってはいないよ。」
「ならば、ご主人様に私の一生をかけて仕えるのも、間違いではない筈です。」
意地でも意思を曲げない、とばかりにそう言う星花に、コドクは苦笑した。
「そうだね。そうなんだけど、ね……
ああ、やっぱり、身に沁みついた悪い癖っていうのは、中々抜けないな。どうしても、『俺なんかに』って思うんだよ。」
「なんか、ではありません。」
「ああ、分かっている。
だからこそ、止めはしない。お前がいいのなら、ずっと俺の傍に居てほしい。
頼めるか?」
そう言って目を細めるコドクに、星花は顔を輝かせた。
「はい!勿論でございます。」
星花は、思う。
誰が、何を言おうと、いつか自分がご主人様を置いていってしまうのだとしても……
この人の傍で仕える事こそが、自分の幸せなのだと。




