閑話1 絶壁
魔物の脅威から守る為、周りを囲む謎の金属性の壁に囲まれたその町の中心に、『夜の神殿』と呼ばれる場所があった。
それは、町民達をこの地に招き、様々な神宝を町に設置した、夜空の神を祭る神殿。
神殿には、カナンの提案によって孤児院が併設されており、神殿の中では、ある場所を除いて元気良く遊ぶ子供が見られる。
そして、その子供がいない場所は、二つあった。
一つは、『扉の間』と呼ばれる、魔界へと通じる扉が設置されている場所。
その扉は、コドクが、某猫型ロボットがよく使うどこで○ドアを再現しようとして失敗したものであり、人間界ではなく魔界へと通じてしまう扉である。
扉は、墨を流し込んだかの如く真っ黒な色をしており、扉には鍵穴が付いている。
扉を開けるには、コドクが作った鍵が必要であり、また、魔界から人間界へと帰る際にも鍵を使うのだ。
人間界から魔界へと行く際には、扉の鍵穴に鍵を差し込んで捻れば、魔界へと通じる。
だが、扉をくぐって魔界へと行ってしまうと、鍵を残して扉が消えてしまうのだ。
そこで、その鍵が必要になる。
鍵に魔力を流し、空中で鍵を捻ると、なんと扉が現れるのだ。これを通る事により、人間界へと帰る事ができるようになっている。
と、そんな危険な扉がある為、戦闘能力があると判断され、扉の鍵を持っている者しか、その部屋に入る事を許されていないのだ。
もし子供がそこに入ろう者なら、カナンのお尻叩きの罰が待っている。
ちなみに、カナンが馬鹿力の持ち主である事は誰もが知っているので、子供達は誰も入ろうとはしない。誰だって、お尻が破裂するような危険は冒したくないのだ。
そして、もう一つが、ここが『夜の神殿』と呼ばれる理由の場所、『月夜の間』である。
そこには、淡い月のような灯り一つ以外、部屋を照らすものは無く、昼夜いつでも真っ暗な部屋。
基本、ここには人が来ない。真っ暗だから危険というのもあるが、この部屋にいると、自分の心の闇が形を持って現れる、という噂があるからだ。
と、言うのも、やっぱりこれもコドクのせいである。自分の居心地が良いように作り変えた結果、この部屋だけ闇の力が強くなり、人の心の闇が幻影となって映し出されるようになってしまったのだ。
コドクやシズクはよくこの月夜の間でくつろいでいるが、普通の人間にとってはある意味、一種の試練である。
そんな、普通の人がいない月夜の間に、普通じゃない人外が三人。
人型になったジルナ、そんなジルナに後ろから抱きつくシズク。
そして、人型になった、ユーナである。
ジルナが用意した姿見を見たユーナが、思わずといった様子で呟いた。
「こ、これ……前世の私……?」
赤く染めた髪に、吊り上がった茶色の眉。金色の瞳は、精霊だからだろう。
何故か服まで再現されており、それは、以前のものより赤みがかかったセーラー服だった。背中からは、赤い翼が生えている。
そんなユーナに、ジルナは頷きながら答えた。
「そう。魂に刻まれていた、お前の姿。
慣れた姿の方が、違和感がないだろう?」
「ええ、まぁ……背中に翼が生えている事以外は。」
翼を動かしながら、戸惑ったようにそう言うユーナに、ジルナは苦笑した。
「まぁ、それはしょうがない。精霊の姿のお前も、お前そのものだからな。完全にその要素を排除してしまうと、魂と身体にズレが生じるんだよ。だから、それが限界だな。」
ジルナがそう言うと、さっきまで黙っていたシズクが、ユーナの胸をじっと見つめ、ボソリと呟いた。
「ふっ。カナンお姉様よりも、貧相なのです。」
「うっさいわ!!お子ちゃまのあなたには言われたくないわよ!」
そう。ユーナの胸は、かわいそうなくらいに絶壁だった。
巨乳ではないとは言え、服の上からでも膨らみを確認できるカナンとは違い、ユーナのそれはぺっそりである。
と、顔を真っ赤にして怒るユーナに、シズクは鼻で笑った。
「別に、誰かに見せたい訳じゃないから、私はこれでいいのです。
ジルナは、胸なんか無くても私を見てくれるのです。」
「うわぁ、その余裕そうな顔。むかつくわー。
っていうか、そりゃそうでしょうよ。こいつ、胸って言ったって、脂肪の塊程度にしか見ていないもの。」
ユーナのジト目に、困ったように笑うジルナ。まさにその通りだったのである。
そんなユーナに、何故か勝ち誇ったような表情をしたシズクが、自分の胸に手を当てながら言った。
「そんなに胸が欲しいなら、ジルナに頼めばいいのですよ、絶壁のユーナ。」
「な、誰が絶壁ですって!?あなたよりはあるわよ!
……多分。」
さっきまでの勢いから一点、落ち込んだ様子を見せるユーナ。
そんなユーナに、ジルナの以前からの悪癖が出た。
「なんだったら、胸の部分だけ作り直そうか?」
「こ、この変態!!なんであなたは、そういう所のデリカシーがないのよ!このセクハラ!ロリコン!」
「いや、だからなんでロリコン?」
ジルナが不思議そうに言ったその問いに、ユーナは待っていましたとばかりに、得意げに言った。
「だって、ほら。そこのお子ちゃまとずっといちゃいちゃしているじゃない!
だからロリコンなのよ!」
ビシッ!とシズクを指さしながらそう言うユーナに、シズクがにっこりと笑みを浮かべながら答えた。
「違うのです、ユーナ。ジルナは年下好きなんじゃなくて、私にぞっこんなのです。
ただ、私の姿が子供のままだった、というだけの事なのです。」
自信たっぷりにそう答えて見せるシズクに、ユーナは、途端に苦虫を噛み潰したような表情になった。
「うげ。よくもまぁ、自信満々とそんな事が言えるわねぇ……」
「当然なのです。ジルナの事ならば、私はジルナ以上に知っているのです。
だからユーナ、あなたは絶壁である事を悲観する事はないのです。ジルナは全然気にしていないのですから。」
「その話を、わざわざ掘り返すなーー!」
悲鳴に近いユーナの叫び声が、月夜の間に響き渡った。
後に、町の悪ガキにそれを指摘されたユーナが、その悪ガキ達を追いかけまわす事になるのだが……それは余談である。




