71 巣立ちを想う鳥
真っ暗な視界の中、俺は、地の下に流れる魔力の脈―――地脈を調整していた。
視界が真っ暗なのは、目を閉じているから。その方が、地脈を感じやすい。
遠くから、何かを運んだり、鉄を打ったりする音が雑多に聞こえる。家を建てているのだろう。
隣からは、シズクの気配と、視線を感じる。どうやら、俺の顔を見ているらしい。
俺は、良く飽きないものだなと思うが、シズク曰く「楽しいのです」との事。ならいいか。
地脈の調整は、ほとんど終わっている。プルプルのいる町の地脈も調整し終えたので、今は調整の最終確認といった所か。
不意に、大勢の人の気配を感じて、俺は目を開けた。遠くに、こちらへと向かってくる人々の姿が見えた。
その先頭にいる女性を見て、俺は溜息を吐いた。
あの女性は、前に宗教に関する事で、俺に質問してきた人間だ。そして、俺を神として信仰する宗教の信者の一人でもある。
正直、俺が神とか、やめてほしい。前世で碌な人生も送れなかった俺が、人を導く事など不可能だというのに。
(ならば、導かなければ良いのです。)
うん?何故だ?
(人々が欲しているのは、そして必要なのは、「夜空の神」という象徴。だから、ジルナが真面目に人を導こうとしなくてもいいのです。)
なるほど、確かに。それもそうだな。
そもそも、「自分の人生くらい、自分で決めろ」と言っている俺が、他人の人生を気に掛ける必要はないよな。
(そうなのです!だから、ジルナは私だけを見るのです。その方がいいのです。)
それを言いたいが為に、導かなければいいって言った訳か……。
大丈夫だよ、シズク。お前だけを見ている訳ではないけど、いつも視界には入れているから。
(本当なのです?)
ああ、本当だよ?シズクが寝ぼけて俺の背から落ちそうになった時、「ひゃんっ!?」って言った時のかわいい顔も、ちゃんと、しっかりと見ていたから。
俺が、シズクにそう意思を返すと、シズクは顔を真っ赤にして言った。
「そ、そう言う事は言わなくてもいいのですっ!」
「言ってないよ?思っただけだし。」
「それでもなのです!」
俺の胸元をもふもふと叩きながら、毛並みに顔を埋めて隠すシズクを笑いながら見ていると、女性が俺の前に立った。
「夜空の神様。お願いがございます。
あなたは、以前、私に言いました。宗教に人の悪意が入れば、悲惨な事が起きると。」
「まぁ、言ったな。で?」
「はい。ですから、司祭をする者を、夜空の神様に決めてもらいたいのです。」
真剣な表情でそう言う女性に、俺はさらっと答えた。
「やらないよ。」
「……え?」
まさか、断られるとは思わなかったのか、ぽかーんと口を開けるその女性に、俺は溜息を吐いた。
「まぁ、それで何もしないって言うのもなんだから、少しだけ手を貸してやるか。」
俺は、竜の神の姿に変わると、慣れてきた神宝を作り始めた。
あっと言う間に、俺の手の中に、爪を削って作った杖の頭に羽根と宝石を埋め込んだものができる。
その杖を、女性の前に落とすと、その杖はゆっくりと落下していき、軽い音と共に地面へと突き刺さった。
「この杖は、指定された人々の中から、最も悪意のない者を選ぶ杖。
心に悪意を持っていれば持っている程、この杖は重く感じる。
完全に悪意のない者などいないだろうが、この杖を使えば、お前の助けにはなるだろう。」
鳥の姿に戻りながら俺がそう言うと、女性は慌てながらお礼を言い、杖を軽々と持ち、人々を連れて何処かへと歩いていった。
……もう、司祭はあの女性がやればいいんじゃないだろうか。あの杖を軽々と持っていたし、あの杖の隠し機能に、心を穏やかにする機能もあるから、暴君になる事はないだろう。
にしても、宗教、か。
「危ういな。俺がいなくなったら、どうするつもりなんだろうか。」
「さあ?きっと、ずっと変わらないのです。」
……まぁ、そうなのだろうな。
人の心は、意外ともろい。独りで生きていける人など、俺みたいに色々とぶっ壊れた奴にしか無理だろう。
だから、誰かにすがる。別に、それ自体は悪くはないと思う。
だけど、やっぱり、これだけは忘れてはいけないのだ。
最後に一番信頼できるのは、自分自身。
どの世界にも、悪意は満ち溢れている。人の悪意が無い場所なんて、何処にも存在しない。
その悪意に真っ先に喰らわれるのは、いつも弱者達だ。
自分の意思を持たない、弱い心の持ち主なんかは、格好の的だろう。
だからこそ、最終的な選択肢だけは、自分で決めなければいけない。
その時、俺の脳裏をよぎったのは……カナンとユーナの二人だった。
少しずつ、あの二人の少女は、俺の翼の下から離れていっている。
カナンは、守る者を得て、冷たくも強かな心を持ち始めた。
ユーナは、確かな力を得て、強く羽ばたこうとしている。
二人から、様々なものを貰った。寄り添い支え合う温かさを、愛おしさを、二人から教えて貰った。
俺は、二人に、何を与えてあげられただろうか。何を教えてあげられただろうか……
もう少し。あの二人が、俺を必要としなくなるまで……もう少し。
きっと彼女達は、この世界でも、立派に羽ばたいていけるだろう。
その事に、一抹の寂しさはある。だけど、それ以上に誇らしいのは……やっぱり、俺もあの二人の家族だからなのだろう。
目を開き、空を見上げると、あの時と変わらぬ青空と太陽があった。
そう。変わらないのだ。例えあの二人が俺から離れていったのだとしても、家族であった事は……皆で過ごした思い出は、消えはしない。
こう考えられるようになったのも、シズクのおかげだな。シズクが俺と共に居てくれると言ってくれたおかげで、俺の中にあった孤独への虚しさが消えたのだ。
また俺の胸の中で、顔を真っ赤にしているのであろうシズクを感じながら、俺は人々を見回した。
「人はもろい。だけれども、心に強かな芯があれば、きっと神なんて必要ない筈だ。
強かに生きろ、人間。世界は悪意という理不尽な暗闇に満ちているだろうけど、灯りがない訳ではない。
夜は必ず明ける。永遠の不幸もまた、存在しないだろう。そして、俺もまた、ここから消えていく。
夜が明けるまで、後もう少しだ。それまでは、俺が見守ってやる。」
俺の誰に向けた訳でもないその呟きは、青い大空に溶け込むようにして消えていった。
次話は、閑話を3話くらい挟む予定です。
もしかしたら、一気に閑話を3話連続投稿するかもしれないです。




