66 前世に置いてきたもの
辺りに沈黙が降りる。
星花は、ただユーナを黙って見つめ、ユーナも星花を黙って見ていた。
やがて、ユーナが溜息を吐き、前を向いて遠くを見つめた。
「そうね。ええ、そうよ。私には、前世の記憶があるわ。
最初は、分からなかったわ。時折、夢で知らない人の記憶を見たりしていたけど……所詮は夢だと思って、何も気にもしていなかったもの。
私に、前世の記憶があるって分かってきたのは、コドクの過去を夢で見た頃だったかしら?その頃から、『私』に『前世の私』が混ざり始めたのよ。
気がつけば、私は前世の記憶を当然のように思い出せるようになっていたわ……」
ユーナはそう言うと、苦笑しながら星花に目を向けた。
「そう言っても、思い出せるものも、あやふやなものばっかりなのよね。名前は思い出せるけれど、苗字は思い出せないし、友達……は、元々いなかったけど。私によく構ってくるあの子の名前しか、他の人の名前も思い出せないわ。
面白い事にね、前世の私の名前、今の名前によく似ているのよ?結奈っていう名前なのだけれど。」
ユーナの目に、懐かしむような感情が浮かんだ。
「ろくでもない事ばっかりやっていたわ。深夜徘徊もしていたし、髪も赤く染めていたし……所謂、不良って奴ね。
あの子……呼幸っていうのだけれどね。私があの子に会ったのは、私が珍しく朝に登校していたその道中で、あの子が男に絡まれていたのを助けたのがきっかけだったわ。
それから、ずーっと私にくっついてくるようになってね。朝になれば私を起こしにやってくるし、喧嘩しようとすれば全力で止めようとするし……でも、不思議と嫌な気分では無かったわ。」
不意に、ユーナの目に、悲し気な感情が浮かんだ。
「終わりは、急にやって来たわ。
高校の修学旅行でね。私は行かないつもりだったんだけれど、呼幸がどうしてって言うから、私も行く事になったのよ。
今思えば、あの頃から予兆はあったわ。当日になって呼幸が体調を崩して……でも、あの子は、「結奈と一緒に行きたい」って無理矢理行く事になって。
呼幸は、運がいいのが取り柄だったのよ。その呼幸が、当日になって体調を崩したんだから、私も気付くべきだったのに。」
後悔するように、そう言うユーナ。
ユーナは、目に影を落としたまま、言葉を静かに継いだ。
「乗っていたバスがね。崖から転落したの。
下り坂がずっと続いていたから、ブレーキの掛け過ぎでベーパーロック現象が起きたのね。
凄い衝撃と音が聞こえたと思ったら、谷間に落下していくのが、バスのフロントガラスから見えたのを最後に、記憶が途切れたわ。」
ユーナのその言葉を最後に、沈黙が降りた。
そんなユーナに、星花は神妙そうな顔で頷いた。
「知らない言葉が多々使われていましたので、詳しい事は分かりませんが……悲しい出来事があったのですね。」
「コドク程ではないけれどね。それに、色々と記憶が曖昧だから、私自身、どこか他人事のようにしか思えないのよ。
……その割には、何故か呼幸の事を鮮明に覚えているのよね……」
そう言って、息を吐くユーナに、星花はコドクがいる方向を見ながら呟いた。
「ご主人様は……この事―――ユーナ様が転生者である事を、ご存知なのでしょうか?」
「知っているでしょうね。魂すら操れるコドクなんだもの、あいつならきっと分かっているわ。」
星花の呟きに即答するユーナを見て、星花は首を傾げた。
「ですが、ご主人様は、今まで一度もユーナ様の事を転生者だ、とおっしゃった事はありませんでしたよ?」
星花の言葉に、ユーナは苦笑しながら頷いた。
「あー、そうね。多分、コドクなりの気遣いだと思うわ。
あいつ、自分の事は蔑ろにする癖に、私達の事となると、物凄く気を遣うのよ。
きっと、私がこの事を言わないから、コドクも詮索しないのだと思うわ。……多分、コドクの事だから、全部知っているとは思うのだけれど……。」
ユーナがそう言ったその時、シャウランがカナンに飛び込んだのが二人の目に映った。
星花はそれを見て、温かい笑みを浮かべたが、隣のユーナを見て、驚いたように目を丸くした。
そこには、カナンを悲し気な目で見る、ユーナの姿があった。
ユーナが、ぼそりと呟いた。
「……私は、カナンの心の氷を溶かしきれなかったわ。」
「そうなのですか?あんなにも、子供に囲まれて幸せそうに見えますが……」
不思議そうにそう言う星花に、ユーナは首を横に振った。
「そうでしょうね。でも、カナンが心から愛しているのは、きっとシャウランだけよ。他の子供なんて、所詮はペットのようなものだわ。
長年カナンの傍にいたから、分かるの。だって―――」
星花は、目を見開いた。
一瞬、ユーナの姿に、悲し気な表情を浮かべる少女の面影が重なって見えたのだ。だが、瞬きした一瞬の内に、その姿は幻だったかのように消えていた。
呆然とする星花をよそに、ユーナは言葉を継いだ。
「カナン、シャウラン以外の子供なんか、見ていないもの。」
ユーナのその言葉に、星花はもう一度カナン達の方を見た。
だが、星花には、カナンが子供に囲まれて、幸せそうなようにしか見えなかった。
眉をひそめる星花を見て、ユーナは心の中で呟いた。
(分からないわよ、最初からコドクに見守られているあなたには。
分からないわよ、誰からも見られない事の辛さを知らないあなたには……)
ユーナの閉じた瞼の裏に、「結奈ちゃん」と笑顔で自分を呼ぶ、呼幸の姿が、一瞬浮かんで消えた。




