64 ずっとあなたと共に
結論から言うと、ミキとは***の実の妹で、それ以上でもそれ以下でもないようだった。
その本には、ただ淡々とジルナが見たミキの姿が書かれていて、「唯一自分を嫌わないだけの、良く自分に関わってくる人」という感じの事が書かれていた。
「良く自分の下着の匂いを嗅ぐ」とか、「成人向けの本や、兄妹の禁断の恋愛に関する本を、自分の机の中に入れてくる」とか、許せない事が書かれていたけど、ジルナ自体は、ミキになんの感情も抱いていない事が、その本を読んでいてよく分かった。
私は、その本を読みながら、プルプルと震えた。
「ゆ、許さない……!ジルナの下着の匂いを嗅ぐなんて……!
それは、私がしていい事なのです!むうぅ、羨ましい……!」
妹だからって、やっていい事と駄目な事があるのです!それをしていいのは、私だけなのです!
その他の、『***の記憶』という本棚の本も見てみた。
所々虫食いのように欠けているせいで、全部を読めた訳ではないけれど……気が付いた時には、泣いてしまっていたくらいに、そこに書かれていたのは、ジルナの前世の酷すぎる過去だった。
ありとあらゆる『悪』が分かる才能と、それに関する苦悩。
出会う人からは理由もなく嫌われ、「世界」からも命を狙われる日々。
最初は、人に好かれる努力をしていたが、やがて無意味だと知った時の、絶望感。
居場所も無い、味方もいない、自分を見てくれる人もいない、そんな孤独感。
やること成す事が全て悪い方向へと変わっていく事を悟った時の、諦めにも似た空虚な気持ち。
自分の妹が、目の前で、自分の欲しいもの全てをさらっていってしまう事への嫉妬と、そんな自分に対する自己嫌悪。
そんな事が、その時の心情と共に、涙や血が滲んだ跡があったり、時には書き殴られたように書かれたりしていて。
読んでいく内に、そんな心情も書かれなくなって、***の感情が欠けていくのが、その本を読んでいて分かった。
『絶望すらも感じなくなり、世界が灰色になっていく。俺は、何故この世に生まれたのだろうか?』という文を見た時、私は遂に堪え切れなくなって、本を抱えて泣いた。
そして、私は気が付いた。
ここは、この灰色の世界は。
ジルナの、魂の世界なんだ。
……私は、ジルナの事を、まだ一つも知らないんだ。
溢れ出る涙を無茶苦茶に拭い取り、私は本を睨むようにして見た。
例え、ジルナの過去がどんなに凄惨なのだとしても、私の選択肢には、目を背けるというのはないのです。
全部、知りたい。
あの人がどんな過去を背負って、今に至るのか。なんで私を助けてくれたのか……
ずっと、ジルナは、私だけの王子様だと思っていたの。私を幸せにしてくれる、唯一の運命の人だって。
でも、今は違う。確かに、私の幸せは、ジルナにあるけれど。
ジルナを幸せにしてこそ、私も幸せになれる。そう思うのです。
灰色の大地に、真っ黒な鱗に覆われた、一人の男性が立っていた。
男性の周囲には、大小様々の魔物の死骸が散乱していた。だが、不思議とそこには、血の臭いや腐臭といったものは無く、死骸は、路肩の石ころのようにそこにあった。
男性は、只々立ち尽くし、蒼い月を見上げている。
不意に、その場に真っ暗な穴が生まれ、そこから一つの本を持った少女が現れた。
「ジルナ。こんな所にいたのです。」
その少女―――シズクは、男性を見ると、嬉しそうに笑みを浮かべ、男性―――ジルナに駆け寄った。
ジルナは振り返ると、シズクの顔を見て、少しだけ目を見開いた。
「……なんだかシズク、大人になった?」
「そうなのです?」
「ああ。なんていうかな。こう、幼さが抜けたというか……頼りなさが無くなったみたいだ。」
ジルナの率直な言葉に、シズクは笑みを深めた。
「そうだったら、嬉しいのです。
……ジルナ。」
シズクは、不意に真剣な表情になると、そう言ってジルナを見つめた。
ジルナもシズクを見つめ、口を開いた。
「なんだ?」
「ジルナ、あなたに、私の全てをあげるのです。
だから、あなたの全てを、私にください。」
シズクはそう言うと、抱えていた本をジルナに見せるように持った。
その本の背表紙には、『ジルナとシズク』と書かれていた。
「この本の中身は、まだほとんど真っ白だけど……これから、あなたとの思い出で埋めていきたいのです。
あなたは、まだ本当の愛を知らないのです。だから、私が、私の全てを持って、ジルナに教えるのです。」
そう言うシズクに、ジルナは首を横に振った。
「ありがとう、シズク。でも……まだ、お前に俺の全てをあげる訳にはいけないんだよ。俺には、」
「うん。分かっているのです。あなたには、まだ、『蠱毒の精霊』という役目があるのですから。」
笑顔でシズクに言葉を遮られ、ジルナは目を丸くした。
「ならば、何故。」
「決意表明、なのです。どの道、私には、ジルナしかいないのですから、私の全てはジルナのものなのです。
でも、あなたは、『蠱毒の精霊』という役目が終わったら、どうするのです?カナンお姉様もユーナも、あなたを必要としなくなったら、あなたはまた独りに戻ってしまうのです。星花もあなたの傍に居ようとすると思うけど、いつかあなたを置いていってしまうのです。
あなたは、確かに誰も置いていかないのです。でも、置いていかれてしまう立場なのです。だから、私がずっとあなたの傍にいるのです。私の全てで持って、あなたと共に生きるのです。」
シズクの、決意のこもった強い言葉に、ジルナの目が揺れた。




