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58 空振る怒り

三人称視点スタート。

 大神官が、地下のその部屋を開けた時、最初に思ったのは、薄暗い、という事だった。

 そして、眉をひそめた。―――地下にあるこの施設の部屋は、いつも魔灯(電気の代わりに魔力を使って光る、電灯のようなもの)によって、常時照らされている筈だからだ。

 大神官が疑問に思ったその時、キキッという鳴き声が、部屋から聞こえた。

 大神官が、訝しげにその音源を見ると、そこには二つの赤い光があった。

 二つの赤い光。それは、魔物の目である。


「っ!?魔物だと?いったい、どこから……」


 大神官の言葉が終わらぬ内に、部屋に光が戻った。薄暗さに目が慣れていた大神官は、目が眩み、思わず腕で目を覆ってしまう。

 目が光に慣れ、改めて部屋を見た大神官は……その光景に、絶句した。


「な……せ、精霊が一匹もいない、だと…!?」


 慌てて、精霊が入れてあった筈の、大きいガラス管のようなものに駆け寄る大神官に、声がかけられた。


「全部、返してもらったわよ。」


 頭上からのその声に、大神官が声のした方へと顔を向けると、そこには、真っ赤な美しい小鳥が、ガラス管の上にとまっていた。

 呆然としている大神官に、小鳥―――ユーナが、ゴミでもみるような目で見下した。


「本当は、私があなたを殺してやりたかったんだけど。私よりも、凄く怒っている奴がいるから、あなたの事は、コドクに任せるわ。

 私は、精霊界に行って、あんたが捕えていた精霊達のケアをしないといけないから、ここで失礼するわね。」


 ユーナは、目を細めると、翼で口元を隠しながら、大神官を嘲笑った。


「じゃあね。あなたの絶望する顔が見られないのは残念だけど……まぁ、せいぜい頑張る事ね―――」


 おかしそうに嗤いながら、いまだに呆然とする大神官を残して、ユーナは精霊界へと消えていった。

 ややあって、大神官はハッと我に帰り、顔を真っ青にした。


「ば、馬鹿な……!この部屋には、精霊の力を吸う神宝があった筈……!

 な、何故、あの精霊は無事だったのだ……!?」


 あまりの急な状況と、理解できない事象に震える大神官の足元に、コロン……と何かが転がった。

 吸い寄せられるように、その音がした方を見た大神官は、更にその顔を真っ青にした。


「な、な、ななな……神宝が、壊れている、だとぉ……」


 そこには、精霊の魔力を吸収する神宝の装置の欠片が、ボロボロになった状態で転がっていたのだ。

 誰が壊した、と思う大神官の視界に、真っ黒な鼠が映った。


「き、貴様か!」


 今度は、怒りで顔を真っ赤にする大神官に、影鼠は、赤い目を細め、嘲笑うように鳴いた。


「貴様ぁーーーっ!!魔物の分際で、このわた」


 大神官の言葉が、途切れる。

 また顔を真っ青にし、陸に上がった魚のように、口をパクパクとさせる大神官。


 辺りに、空気が鉛になってしまったような重苦しさが充満していた。

 影鼠の影が、異様に伸びていく。

 その影は、やがて浮かび上がってきて、形を作った。

 そこにあったのは、二人の異形の者。


 一人は、紫色の鱗で覆われた、蛇のような下半身を持つ少女。腰まであろう真っ黒な髪に、髪留めだろうか、真っ白な羽根の髪飾りが付いていた。

 その少女は、うっとりとした表情で、自分を抱き抱えるようにして支えている者に甘えていた。

 この少女こそ、大神官に長い間封印され、魔力を一方的に吸い取られていた、シズクなのだが……憎い筈の大神官がいるというのに、まったくと言っていいほど、大神官の事を見ていなかった。ガン無視どころか、気付いてすらいない様子である。


 そして、シズクに甘えられている者。

 その身体は、形は人に似てはいるだろうが、それでも、その姿形は人からかけ離れたものであった。

 身体中真っ黒な鱗に覆われ、尾鰭の付いた尾と、羽根のある翼、皮膜で覆われた羽の二対の翼に、額からはまっすぐ伸びた角が一本、後ろに伸びた角が二本生えている。かろうじて人のような顔も、首から頬まで鱗で覆われていた。

 明らかに、人ならざる者。ジルナの、人型の姿である。

 ジルナの、閉じていた目が、ゆっくりと開かれる。狂気を浮かべた蒼い目が、大神官を貫いた。

 震えだす大神官に、ゆっくり笑みを浮かべ、ジルナは口を開いた。


「大神官、よくもシズクを」

「ジールーナー!もっとなでなでして欲しいのですー!!」


 辺りに充満していた重苦しい空気が、シズクのその一言で霧散した。


 これからという時に、言葉を遮られ、微妙そうな、少し悲しそうな表情を浮かべるジルナ。

 もう、怒るような雰囲気ではなくなってしまっていた。影鼠も、困惑したような目をシズクに向けている。

 だが、シズクには関係ない。今のシズクにとって最優先するべき事は、ジルナに甘える事であり、自分を封印した大神官に復讐する事ではないのだ。


 確かに、シズクの心には、大神官を殺したい程に憎む感情があった。

 だが、それを上回るように、ジルナに甘えていちゃいちゃしたい!という大きな意思があったのである。

 シズクの目に浮かぶのは、狂気にも似た喜び。ジルナの視線を、意思を、思考を、心を、全部独り占めにしたい―――そんな、危険な依存心。

 その目は、ありありと、こう言っていた。


(私を見て、あんなじじいなんかじゃなくて、私だけを見て!)


 その目を見て、怒りも狂気も引っ込んでしまったコドクは、なんだかなぁ、と困ったように笑いながらも、シズクを撫で始めるのであった。

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