50 化け物の弱音
三人称視点スタート。
コドクの、辛そうに言った言葉に、カナンは涙を拭うと、その顔に、微かな笑みを浮かべた。
「こんな、コドク、始めて。
……その子は、私以上に、泣いているのね。」
「……ああ。」
「そっか。
……うん。分かった。」
カナンは、申し訳なさそうにしているコドクに歩み寄ると、コドクの胸に、そっと手を置いた。
「コドクは、私の我儘を、いっぱい聞いてくれた。だから、本当は嫌だけど……私が、コドクの我儘、聞いてあげる。
だけど、できるだけ、怪我はしないで。」
「勿論。俺も、もうこんな状態になんて、なりたくないしね。」
疲れたように笑うコドクに、ユーナが悪戯っぽく笑った。
「本当、そうね。こんなにまぁ、弱々しくなっちゃって。
最初に会った、あの時以来じゃないかしら。」
「悪かったな、弱々しくって。」
「ふふふっ、別に、悪いだなんて言ってないわよ?ただ、ちょっとかわいいなぁ、って。ぷぷぷっ!」
ユーナの、抑えたようで、抑えきれてない笑い声に、コドクは「ぐぬぬ……」と、悔しそうに唸った。
その時、ずっと、カナンの腕の中で寝ていたシャウランが、目を覚ました。
「ううん……カナンお姉ちゃん?」
シャウランが、目を擦りながらそう言うと、カナンは笑顔で頷いた。
すると、カナンの肩で、コドクを笑っていたユーナが、シャウランの肩に飛び移った。
「あら、お目覚めのようね。私は、カナンのお友達の、ユーナよ。」
「ユーナお姉ちゃん?」
「そうよー、良い子ね。」
嬉しそうにそう言うユーナに、笑顔になるシャウラン。
だが、シャウランは、ふと気付いたように、コドクに目を向けると、泣きそうな顔になった。
「ねぇ、なんで、あの人は、あんなに辛そうに泣いているの?」
「「ぶふっ」」
シャウランのその言葉に、同時に吹き出すカナンとユーナ。
カナンとユーナには、付き合いの長さもあって、コドクが弱り果てているのが分かるが、それを、幼い子供に「泣いている」とまで言われる程に分かり易かったという事に、二人は思わず笑ってしまったのだ。
コドクが、弱ったように笑いながら、「俺、泣いているのか……?」と、呟いた。
コドクの、一人事のようなその言葉に、シャウランは、頷いた。
「だって、言ってるよ。「普通が欲しい、普通の感情が欲しい」って。
小さい声だけど、とっても辛そうに、泣いているんだよ。」
コドクを指さしながら、必死にそう言うシャウランのその言葉に、思わずコドク達は黙り込んだ。
コドクは、無意識に蓋をしていた本心を暴かれて驚き、カナンとユーナは、ほとんど無欲で自分を見せないコドクの、意外な弱音に、思わず、憐みにも似た複雑な気持ちになったのだ。
コドクのその無意識の弱音は、魂が傷付いた事によって、弱い心を覆い隠していた蓋が外れ、漏れ出てきた心の悲鳴であった。
いくら化け物のコドクといえ、そして、魂が歪み感情が欠けているといえど、コドクも心を持った、一つの生き物である事は変わりない。
それでも、コドクは、その本心が報われる事はないだろうな、と分かっていた。分かっていたからこそ、無意識の奥底に、その感情を、自分でも知らずに封印していたのだ。
それは、コドクの、数少ない人間性の一つ。普通の人生を歩みたかったという、叶わないと知っていても、願わずにはいられなかった、一つの願い。
コドクが、人型になろうとした時、変な生物になってしまった要因の一つに、この心が封印されていた、というのがあったのだ。
だから、もし、今、コドクが人型になろうとしたのなら、多少歪ではあったろうが、成功していた事であろう。勿論、それをコドクが望むのならば、という条件が付くだろうが……。
コドクは、不意に、フッと微笑んで、シャウランの頭を尾羽で撫でた。
「そうか。お前の耳は、特別なんだな。ならば、ここに来た時も、声が聞こえただろう?」
「うん。とっても怖い声で、殺してやるって。でも……」
「でも?」
「その……とっても、辛そうだったよ。僕も泣きたかったけど、その声が、僕よりも悲しそうで、泣けなかったんだ。
ねぇ、お兄ちゃん。あの子は、大丈夫なのかな?さっきまでは、はっきりと聞こえていたのに……今は、まったく聞こえないんだ……。」
泣きそうな声でそう言うシャウランに、コドクは笑って見せた。
「大丈夫だよ。だから、そうそう泣くな。男の子だろう?」
「でも、お兄ちゃんも、泣いてるよ?」
「俺は、まぁ……気にするな。時間が経てば、治るさ。今は、俺の心が弱っているせいで、そうなっているだけで。」
自分でそう言っておいて、説得力がないなぁ、と、困ったように笑うコドク。
すると、ユーナが、不意に「……え?男の子!?」と目を丸くした。
ちなみに、シャウランの容姿は、幼いのもあって、顔立ちも中性的である。白いさらさらとした綺麗な髪が、肩甲骨の半ばまで伸ばされているので、確かに女の子ともとれるかもしれなかった。
そのせいで、ユーナは、シャウランをずっと女の子だと思っていたのだ。カナンは、最初から、シャウランが男の子だと知っていたようだが……。
ちなみに、シャウランの髪を伸ばしておいたのは、ラウランの完全な趣味である。似合っているからいいとはいえ、良い趣味をした母親であった。
困ったように笑うコドクに、シャウランは、首を傾げた。
「ねえねえ、お兄ちゃんの名前は、なんていうの?」
シャウランのその言葉に、コドクは頷いた。
「ああ、自己紹介が遅れたな。俺は、」
「私のお兄ちゃんの、コドク。」
「……と、いう訳だ。」
コドクの自己紹介の途中で割り込むカナンに、コドクは弱々しく笑った。




