48 傷だらけな鳥の、優しい情け
三人称視点スタート。
シャウランは、カナンと名乗った綺麗な少女が歩み寄ってくるのを見ながら、その頭に付いているもの―――兎の耳を、じっと凝視していた。
(根元が少し赤いけど……お母さんのに、似てる……)
シャウランがそう思っている間に、カナンはシャウランの元へと辿り着き、シャウランを閉じ込めている、その檻の錠前へと手を掛けた。
「少し、待って。この邪魔なもの、壊すから。」
カナンはそう言うと、錠前を握りしめた。見る見るうちに錠前に罅が入り、バキッと砕けて、カナンの手からこぼれ落ちていった。
カナンは、檻を開け、シャウランを抱き寄せた。
「ああ、こんなに怪我をして……もう、大丈夫。大丈夫だから。怖い事は、何も無いよ……」
長いまつ毛を震わせながら、涙を流すカナン。
殴られたせいで、熱をもったシャウランの頬の痣に、カナンのひんやりとした心地よい手が優しく触れた。
その手が、仕草が……以前、転んで擦りむいた膝の傷を、優しく撫でたシャウランの母親と重なり、思わずシャウランは、カナンへと問いかけていた。
「お母さんは……?お父さんと、お母さんは、無事なの……?」
シャウランの問いに、カナンの目が揺れた。
カナンは、少しだけ、悲しむように目を伏せると、不安でいっぱいで、今にも泣きそうなシャウランの金色の目と、しっかりと目を合わせた。
「ごめんなさい。あなたの、お母さんは……救えなかった。」
その言葉が、シャウランの耳に届き、理解した時……シャウランは、目の前が真っ暗になったような気がした。
絶望に震えるシャウランに、カナンが、ギュウ、とシャウランを胸に抱き寄せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……
辛いよね、苦しいよね……独りぼっちは、寂しいよね……」
その言葉と共に、流れ出た涙の雫が、シャウランの顔に当たり、シャウランはハッとして、カナンを見上げた。
そこには、シャウランを思い、涙を流すカナンの顔が間近にあった。
シャウランの胸から、痛みを伴った、抑えきれぬ悲しみが溢れ出した。
張り裂けんばかりの声をあげて泣きながら、シャウランは、カナンに抱きついた。
ふと気付くと、シャウランは、何もない、真っ白な空間にいた。
いや、何もない訳では無い。そこには、雪が降っていた。
茫然と積もる雪を見つめるシャウランに、誰かが声をかけた。
「シャウラン。」
「っ!?お母さん!」
それは、亡くなった筈の、シャウランの母親であった。
シャウランは、優しく微笑む母親へと飛び込むと、ギュウギュウと抱きしめた。
「お母さん、お母さん……!死んじゃったのかと思った……」
しかし、シャウランのその言葉に、シャウランの母親は悲し気な表情を見せ、首を横に振った。
「ごめんなさい、シャウラン。私はもう、死んじゃったの。」
「え、でも……」
「今の私は、カナンちゃんの中にある、魂の欠片に過ぎないわ。
黒き夜空の神様に、情けをかけてもらったのよ。」
その言葉に、シャウランはある事を思いだし、思わず呟いた。
「蒼いお月さま……」
「そうね。黒き夜空の神様のおめめは、蒼い双子のお月さま。
あらゆる悩みや、苦しみ全てを飲み込み、安らぎの眠りをもたらす、優しい闇。だけれども、あまり行き過ぎると、帰って来られなくなってしまう、恐ろしい闇……。
私ね、その神様に、怒られちゃった。」
シャウランを優しく撫でながら、そう言う母親に、シャウランが首を傾げた。
「なんで?お母さんは、悪くないのに……」
口を尖らせて、不満そうにそう言う我が子に、母親は首を横に振った。
「いいえ。私は、あなたに酷い事をしてしまったの。
黒き夜空の神様はね、あなたの事を想うのならば、何をしてでも生きて、傍にいろ、とおっしゃったの。
あの方は、きっと、全てを失った事があったのね。
孤独に生きる者の苦しみが、お前には分かるか、と。私に、そうおっしゃられたのよ……。」
シャウランは、ハッとして、カナンの言った言葉を思い出した。
『ごめんなさい、ごめんなさい……
辛いよね、苦しいよね……独りぼっちは、寂しいよね……』
涙を流しながら、顔を悲痛そうに歪めて、そう言ったカナン。
「そうね。あの子も、そうよ。
両親に見捨てられて、黒き夜空の神様の元へと来たの。
カナンちゃんはね、私のお願いを叶える為に、私の全てを受け継いでくれたのよ。」
シャウランの母親はそう言うと、シャウランを抱きしめた。
「シャウラン、私の愛しい子。あなたは、一人ではないわ。カナンちゃんが、あなたの傍にいてくれる。
私も、あなたの事を、ここでずっと見守っているわ。」
シャウランの視界が、どんどん白く染まっていく。
ここにいられる時間がもう無いのだ、と悟ったシャウランが、慌てて、薄れる意識の中で叫んだ。
伝えられたかどうか、分からぬまま、シャウランの意識は、真っ白に染まった。
腕の中から消えてしまった温もりを、寂しそうに見つめるシャウランの母親に、雪を踏みしめながら現れたコドクが声をかけた。
「「お母さん大好き」、か。良かったな、我が子に愛されて。」
「神様……」
振り返ったシャウランの母親だったが、コドクの姿を見て、驚愕に目を丸くした。
「神様、その傷は……!?」
「今の俺は神じゃない。カナンの契約者の、コドクだ。だから、コドクと呼べ。
この傷は……まぁ、大丈夫だろ。」
そう言いながら笑うコドクだが、その血塗れの姿では、笑うに笑えなかった。
翼は、噛みちぎられたような痕と共に一部消失しているし、片足の鱗は剥げ、流血と共に赤い肉が露出している。嘴にも罅が入っており、とにかく体中傷だらけだった。
その金色の目も一つしかなく、ある筈の片目は無くなって、血涙が流れている有様。
これのどこが、大丈夫だという話である。
心配そうな様子を見せるシャウランの母親に、コドクは、少し声を小さくして、呟いた。
「これ、カナンには内緒だぞ。ばれたら、絶対に怒られるからな。
という事で、口止め料に、これを持ってきた。」
コドクが、一歩横にずれた、その先にいたのは……
「あ、あなた……。」
「ラウラン……」
シャウランの母親―――ラウランの、夫であった。
コドクは、その傷で、わざわざラウランの夫の遺体の元へと行き、その魂を探し出し、霧散しかけていたその魂を魔力で保護して、ここへ持ってきたのである。
嬉し涙を流しながら抱き合う夫婦を見て、コドクは頷くと、足を引きずりながら、静かにその場を去っていった。




