43 家族のかたち
コドク視点スタート。
親子の跡を追う為、地面に残る匂いを嗅いでいる俺に、カナンが問いかけてきた。
「追われているの?」
「ああ。数人の男……5人くらいか、そいつらに追われているみたいだ。」
そう言いながら、匂いを追おうとするが……
「ちっ、難しいな、これは。臭痕が、雨でぐちゃぐちゃになっている。救いなのは、血に混じった魔力の跡が、なんとか残っているくらいか……」
「追える?」
「分からない。でも、やってみる。」
俺は鼻に魔力を流し、魔力を嗅ぎ分ける性質のものに変え、今度は頭を上に向け、大気中の匂いを嗅いだ。
精霊の持つ、質のいい魔力の残滓の跡が、脳裏にくっきりと浮かび上がる。
「こっちだ。二人共、俺の背に乗れ。」
慣れた様子で、素早く俺の背に乗る二人を確認した俺は、足に魔力を流して強化し、そのまま走り出す。
飛ぶように後ろに流れていく景色を見ながら、俺は、わざと残されているような、濃厚な魔力の痕跡を追っていった。
多分、もう遅いだろう。
そんな、冷たい感情に駆られながら。
俺が魔力の痕跡を追っていると、カナンが不意に呟いた。
「私、お母さんの顔、見た事がないの。」
感情のこもらない声で、カナンは話し続ける。
「私の知っていた家族は、お父さんと、お兄ちゃんと、お姉ちゃんだった。
お兄ちゃんとお姉ちゃんには、お母さんがいたの。でも、私には、いなかった。」
不意に、カナンの声に、憎悪が宿った。
「私のお母さんは、あいつに無理矢理暴力で従わされた挙句、犯されて、私を産んだ後、どこかに逃げたの。だから、私はお母さんを知らない。
お母さんは、私を捨てて逃げた。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、あいつの暴力のせいで、変わってしまった。
あいつも、私を捨てた。」
カナンが、俺の背に顔を埋めたのが、感触で分かった。
塩っぽい匂いと、濡れた感触―――カナンが、泣いている?
「ずっと、平気だと思っていた。親なんかいなくたって、ユーナがいれば大丈夫だって、思っていたの。
でも、でも、ね。私、やっぱり、駄目だった。」
すすり泣くような声が、背中から伝わってくる。
俺の胸に、つきん、と鋭い痛みが走った。自分でも、耳と尻尾が垂れ下がったのが、分かった。
これは……?
「皆みたいに……普通の子供みたいに、私も、愛されたかった。ずっと、ずっと、甘えたかった……。」
「カナン……。」
途切れ途切れにそう言うカナンに、ユーナが、悲し気にそう呟いた。
鼻の奥が、つん、と痛くなり、何故か、視界がぼやけ始めた。いったい、俺の身に何が起きている?
自分の身に起きた現象に困惑する俺に、ユーナが涙交じりに呟いた。
「コドク……?あなた、泣いているの?」
「……泣く?俺が?まさか。
涙なんて、とっくの昔に枯れ尽きたよ。」
笑い返そうとしたのに、俺の声は引きつったような、変な声しか出なかった。
そんな俺に、ユーナが、悲痛そうな声で話しかけた。
「コドク……。
…あなたはね、今、泣いているのよ。見ているこっちが、悲しくなってくるような、辛そうな表情で……。」
それを聞いても、俺は、ああ、そうか、といった薄っぺらい感情しか湧いてこなかった。
代わりに胸に迫ってきたのは、カナンに対する申し訳なさだった。
「カナン、ごめん。俺なんかが泣いてしまって。一番辛いのは、お前だろうに……」
俺のその言葉に、カナンは抗議するかのように、俺の毛を思いっきり引っ張った。って、痛い痛い!!毛が抜ける!
「「俺なんか」なんて、言わないで。私は、ユーナや、コドクが、一緒に悲しんでくれるだけでも、気持ちが楽になるの。
ねぇ、コドク。あなたがいてくれたおかげで、私や、ユーナが、どれだけ救われたか、分かる?
無条件で守ってくれて、一緒に寝てくれて、私の我儘を聞いてくれて、私自身をちゃんと見てくれて……
あなたは、きっと、それが当然の事だと、思っている。でも、私は、とても嬉しかった。」
カナンは、そう言いながら、俺の頭を撫でた。カナンの細い指が、耳に触れて、少しくすぐったい。
俺が微妙なくすぐったさに耐えていると、不意に、カナンの甘い声が耳に触れた。
「ねえ、私の優しいお兄ちゃん。私ね、あなたがいてくれたおかげで、ユーナと一緒に、なんでもできたの。
だからね、きっと、頼る人がいないって、辛いと思う……。」
カナンが言っているのは、父親もいなくなり、母親もいなくなってしまうかもしれない子供の事なのだろう。やっぱり、子供の事となると、カナンは優しくなるらしい。
って。
ちょっと待て?
今、さらっと、俺の事を、お兄ちゃんと呼ばなかったか?
ユーナも、「……え?お兄ちゃん?」と、困惑気味に呟いている。
あ、でも、今更か。プルプルの事だって、俺の我が子と認めた訳だし。
……うん。そうだな。別に、カナンの兄になろうが、さして今と変わらないだろう。兄もまた、家族であるのだし。
血の繋がりだけが、家族ではあるまい。むしろ、俺の場合、前世の頃では、血が繋がっていても、家族ではなかったのだ。
でも、そうか。
ならば、例え、今、追跡している母子の安否が分からないのだとしても……
俺は、俺の全力を尽くすとしよう。
頼ってくれる、かわいい妹の為に。




