42 追われる者、追う者
三人称視点スタート。
カナンの発する雰囲気に静まり返り、重くなった空気を変えたのは、そんな空気も読まずに不思議そうに首を傾げた星花であった。
「とにかく、法的にも、何も問題無いのでございますね?ならば、プルプルへの返答は、それにしましょう。では、失礼いたします。」
星花はお辞儀をすると、思わず黙り込むカナン達を残し、影の中へと消えてしまった。
遅れて、ユーナがハッとして言った。
「……あ!待ちなさい、星花……
はぁ、行っちゃった。まったく、もうどうなっても知らないわよ、私。」
「別に赤の他人、それも、いた所で悪い事しかしない大人なんて、どうなっても構わないと思うが?」
「違うわよ。私だって、そんな人間がどうなろうが、知った事じゃないわよ。
私が言っているのは、あの町の事よ!」
ユーナが半眼になって、コドクを睨みながらそう言うと、コドクは「あ……」と言って、目を逸らした。
さすがコドクの子と言った所か、プルプルは最近、自分の町を魔改造しているのだ。
魔界門の扉を、魔術によって頑丈な生きた木の扉に変え、魔物の自動迎撃機能を付けた、とか。
町のあちこちに花を植え、子供が迷っても、その花を通じて小さなプルプルが出現できるようにして、迷子を家に案内できるようにした、とか。
貴族の家を潰すようにして生やした大樹の中に部屋を設け、そこを教室にして子供達の教育をしている、とか。
魔術によって田畑を肥やして、増えた穀物や果物を町中に配り、飢える者を無くした、とか。
町の外の危険度を更に下げる為、魔物が来ると動き出して魔物を殺す木を沢山植えた、とか。
とにかく、以前に、町を覆う壁に目玉のいっぱい付いた蔦を這わせたように、町を魔改造しているのだ。その中には、コドクがアドバイスしたものもあるが……。
そのおかげで、以前に比べて死傷者がぐっと減り、プルプルを崇拝する者まで出てきている、というのがあの町の現状だった。
簡単にだが、そういった事を星花から聞いていたコドクは、ユーナにそれを指摘されて、ばつが悪そうに頬を掻いた。
「あー……まぁ、プルプルがそれでいいなら、いいんじゃないかな?どの道、俺達には関係の無い事だし……」
「……親子揃って、規格外な事ばっかりしているし……蛙の子は蛙って、まさにこの事よね。はぁ……。」
コドクが乾いた声で笑いながらそう言うと、ユーナが呆れたように首を振りながらそう言った。
その時、カナンが目を見張り、ある方向へと顔を向けた。
そのカナンの変化に気付いたユーナが、カナンに声をかけた。
「どうしたの、カナン?」
「……何かが、私を呼んだ……気がする。」
カナンはそう言うと、魔術を使って、風のような速さで走り始めた。
「え、カナン!?待って!」
ユーナも魔術を使って急加速し、カナンを追いかけ始めた。
コドクは、炎の残光を残しながら、目の前から去っていったユーナを、遅れて目で追いながら、その目を細めた。
「……呼ばれた、か。今度は、何があるんだろうな。」
コドクは、影の中を移動する為に、足元の影に溶けるようにして、ゆっくりと沈んでいった。
カナンが何かに呼ばれるようにして向かった先にいたのは、死に体の傷だらけの男性と、それを覗き込むようにして見ている、いつの間にかそこにいたコドクであった。
コドクは、カナンが来ると、男性を指しながら言った。
「で?呼んでいたっていうのは、こいつの事か?」
カナンは、男性に近付きながらも、首を横に振った。
「いや……違う。」
カナンが呟いたその時、死にかけの筈の男性が、ぎろりと目を開き、コドクの足をがっしりと掴んだ。
少し驚いたように瞬きするコドクをよそに、男性は擦れた声で呟いた。
「た、頼む。俺の、妻を……妻と子供を、助けてくれ…!」
「子供?」
男性の言葉に、カナンが反応した。
男性が、カナンに、縋り付くような目を向けた。
「た、たの、む……」
その言葉を最後に、男性はがっくりと崩れ落ち、動かなくなってしまった。
コドクが、崩れ落ちた男性を見下ろしながら、如何にも嫌そうな顔で呟いた。
「うわぁ、如何にも面倒そうな……どうする、カナン?この痕跡から見て、結構時間が経っているから、間に合わないかもしれないぞ?」
「助ける。コドク、手伝って。」
即答するカナンに、コドクはまた瞬きをすると、仕方がない、といった様子で、頷いた。
「了解。じゃあ、ユーナが来たら、まず追跡してみるとしようか。」
その後、ユーナが凄い勢いで来たので、カナンが説明している間に、俺は姿を変える事にした。
核を、別の金色の魔石に変える。すると、俺の視界がぐっと地面に近付き、辺りの匂いが鮮明に感じられるようになった。
これは、角の生えた狼型の精霊の身体の情報が書き込まれている魔石だ。見える物の全ての色が無くなってしまうが、その代わり、嗅覚が鋭くなる。
「え、コドク!?あなた、どうしたのよその姿!?
犬っぽくなっているわよ?」
「犬っぽく、じゃなくて、なったんだよ。
跡をたどって追跡するんだったら、鳥よりは狼の方がいいからな。」
そう言いながら、俺は地面に残る匂いを嗅いだ。
残る匂いの残滓と、魔力の軌跡を読み取っていく。
数人の男の匂いと、濃い血の匂い、魔力の質の良い、女性と子供の匂い……これは……?
「精霊?こいつの妻って、人型の精霊なのか?」
「ええっ!?嘘よ、ありえないわ!人と精霊が交じり合うだなんて……」
「今は、そんな事はいい。子供は無事みたいだが、女性の方は怪我をしているみたいだ。血の匂いがする。」
ユーナが喚くように言うが、本当にそれどころでは無さそうだ。
追われているみたいだし、何より、この匂いの感じからして、女性はかなり出血している。
俺は、もう冷たくなっている男性を見た。
白黒の視界に、焼かれた匂い、鉄の嫌な匂い、腐った肉の匂いが、むっと迫ってくる。
この男性は、追う者達に立ちふさがったのだろう。怪我をした妻と、子供を守る為に。
よく見ると、その男性には、拷問されたような、酷い傷の痕があった。
それを見た所で、別に、俺はなんとも思わない。どうせは赤の他人。
自分の命すら守れないのでは、他人の命も守れない。勿論、幸せも。
俺は、その男から目を離し、痕跡を追う為に、嗅覚に意識を集中した。




