35 還らぬ死者
3話連続投稿。1話目。
三人称視点スタート。
影鼠を、頭の上にちょこんと乗せた影の死者が路地裏を歩いていると、不意に地面が盛り上がった。
影鼠はびっくりしたように影の死者の頭の上で跳ねたが、影の死者は分かっていたのだろう。大して驚いた様子もなく、そのまま立ち止まった。
盛り上がった地面が割れ、そこから巨大な蕾が現れる。蕾は下から生えた茎によって押し上げられ、ある程度成長すると、その蕾を開いた。
「こんばんは、お父さん!プルプルだよ~!」
その蕾の中から現れたのは、身体の中心に窪み(多分、口なのであろう)を付けた、スライムのプルプルであった。
いつの間にか口を作ったプルプルに、影の死者は苦笑をこぼした。
「こんばんは。プルプル、お前、それが口なのか?」
「そうだよ~。ご主人がね、「プルプル、おくちでしゃべれないの~?」って言うから、作ってみたんだ!」
「おいおい、そんな理由で作ったのか。」
そう言いながら笑う影の死者。
カナンのわがままで、身体を小さくしたのは、はたして誰であったのだろうか。
プルプルは身体を震わせると、声をあげた。
「そういえば、お父さん。あの豚小屋が騒がしいけど、何かあったの~?」
「ん?それか。気にしなくてもいいよ。ちょっと豚肉を調理して、俺の眷属が食べているだけだから。」
「そっか~。なら、大丈夫だね!」
身体を変形させながら、くねらせるようにしてそう言うプルプルに、影の死者は座らない首を傾げた。
「なぁ、さっきから気になっていたんだが。その、お父さんってなんだ?」
「ぷる?お父さんは、プルプルのお父さんだよ?
だって、そうでしょ?姿は違うけど、魔力はお父さんのものだよ?」
「いや、そういう意味では無くてな。あれ?コドクが作り変えたから、俺も父親みたいなものなのか?」
影の死者は腕を組みながら唸ると、反対方向へと、折れたように首を傾げた。
しばらく唸っていたが、やがて、影の死者は溜息を吐いた。
「まぁ、どうでもいいや。それと、プルプル。一応言っておくけど、俺は『俺』であって、『コドク』とは違うからね?」
「…ぷるっ!?お父さんじゃないのー?」
「う~ん……その問いには、そうとも言えるし、違うとも言える、かな。」
影の死者の苦笑交じりの答えに、プルプルは身体から蔦を生やし、起用に「?」を描いた。
「ぷる、ぷるるっ?どういう事なのー?」
「ああ、ううん……そう、だね……。
今の俺は、『影の死者』であり、『コドク』の分身なんだよ。
記憶は『コドク』と共有しているけど、そうであるだけで、身体も魂も、別物なのさ。と言ってもまぁ、俺の身体は『コドク』の羽根でできているし、記憶を共有しているから、ほとんど魂も同じだ。
だから、ほぼ『コドク』と同じと言っても差し支えないけどね。」
影の死者の言葉に、プルプルは理解できたのか、身体から花を咲かせると、ぷるぷると震えた。
「つまり、今のお父さんは、お父さんの一部って事だね!」
「まあ、間違ってはいないね。実際、俺の核は『コドク』の中にあったものだけど、身体と魂に『コドク』との繋がりを持たせる為に、身体の構成を魔力と魔素じゃなくて、『コドク』の羽根で構成させたからな。
そういう意味では、俺は『コドク』の一部だろうね。」
顎を撫でながら、そう言う影の死者に、今まで両者の話を黙って聞いていた影鼠が、首を傾げた。
『あれ?じゃあ、今のご主人様は、どうするの?ご主人様の元に還るの?』
影鼠のその問いかけに、影の死者はしれっと答えた。
「ん?勿論、死ぬよ?」
『…え?』
「…ぷる?」
予想外の言葉に、思わず、言葉を失う影鼠とプルプル。
そんな二人に苦笑しながら、影の死者は言葉を継いだ。
「元々、俺はあの豚の駆除用に作られた存在だからね。試験運用っていう意味もあったし。
それに、拒絶心で変質した身体だから、寿命が短いんだよ。だから、あと持って数分って所かな。」
死んでしまうというのに、落ち着き払ってそう言う影の死者に、プルプルは身体に生えた花を萎れさせながら言った。
「死ぬのが、怖くないの…?」
「勿論、怖いさ。でもね。」
元気のないプルプルにそう言いながら、影の死者は指を立てた。
「生き物ってね、二回死ぬんだよ。一つは、生命の活動の停止である、肉体の死。もう一つは、人々から忘れ去られた時の、存在の死。そう言う意味ではね、ほら。お前達が、俺を覚えていてくれる。それだけで、俺はお前達の中で生き続けるのさ。
確かに、俺は使い捨ての駒のような存在だよ。だけど、こうやって、何かを残す事だってできる。意思を、そこにいたという記憶を、繋ぐ事ができる。全ては巡り回っているのさ。命も、意思もね。
だから、そうだな。一つだけ、我儘を言うなら……俺が死んだら、その死体は、お前達が食べて欲しいって事かな。」
影の死者の言葉を聞いて、悲しそうにする二人に、影の死者は微笑んだ。
「そんな悲しそうにするなよ。生き物は、いずれ死ぬんだ。
でもね、そこで終わりではないんだよ。命が消えても、意思は残る。俺の存在もまた、お前達の糧となるのだろうしね。
だから、どうせなら、俺の命も糧にして欲しいってだけだよ。」
そう明るく言ってから、影の死者は、不意に、困ったように笑った。
「はは、やっぱり、俺は『コドク』の一部なんだろうな。俺の意思の根底に、命を無駄にしたくないっていうのがある。
うう~ん、分からないものだね、心って。」
困ったようにそう言いながら、影の死者が頬を掻いた……
途端、その手が崩れ落ちた。
ぼろりと落ちた手は、真っ黒な羽根を散らしながら、音もなく、静かに地面に落ちた。




