28 魔神の目覚め
3話目。
コドク視点スタート。
体が温かい。胸あたりから、ポカポカとした温もりが広がっていく。
誰もいない影でうたた寝した事は何度かあるけど、こんなにも安らいだ事はなかった。
普通の人には温かいらしい太陽の光ですら、俺を拒み、この肌を焼いたというのに。いったい、この温もりはなんなのだろう。
命の温もりが、その生命力が、流れ巡る魔力が、そこに乗っている感情が。俺の魂を温めていた。
これは、誰のもの?
俺は、その命に手を伸ばした。
触れて、魔力で包み込んで。根のように張り巡らされる霊脈を、傷付いている所から、治して繋いでいく。
ああ、分かった。これは、ユーナのものだ。もう一人は、カナンかな。
ユーナの魂は、まるで燃え盛る炎のよう。だけど、時折迷って、弱くなってしまう。
カナンの魂は、氷の檻に閉ざされて、凍えている。その檻の隙間から、カナンとユーナは手を取りあっている。
そんな、仲の良い二人を、引き裂こうとする『悪意』が、周りから迫ってくるのだ。
させない。誰が、やらせるものか。
悪意で、人生をめちゃくちゃにされるのは、俺一人で十分だ。
翼を広げろ。足でしっかりと地を掴め。牙を剥き、目を光らせろ!
俺が悪意を拒む壁となるのだ。俺が悪意を引き裂く牙となるのだ。
この二人を守るのは、俺だ。今、守れるのは、俺だけなんだ!
ピリピリとした殺気が、辺り一帯から迫ってくる。
そうだ、眠っている場合ではない。
さぁ、目を覚ませ、俺。
この魂の世界は綺麗だけれど、俺がいるべき所はここではない。
その時、視界に端に、何かが光った。
俺が疑問に思うと同時に、その光は熱を持って拡大していく。
俺の決意を食らい、更に辺りの俺の魔石を食らい、青く、力強く脈動する、神の魔石。
その魔石が、まるで何かを主張するかのように、俺の目の前に現れた。
「……そうか。これに足りなかったのは、魔力の操作の精度でも、魔力量でもなかったのか。
俺の魂。その、決意の力。」
俺の手の中には、いつの間にか、核の魔石があった。
俺はそれを手放し、その神の魔石へと手を伸ばした。
今度は、躊躇いは無かった。
何、精霊をやめるつもりはない。一時的に、ちょっと神をやってみるだけだ。
そう、知らしめるだけ。俺の翼の中にいる、この二人を傷付けようとするという事が、いったいどうなるという事かを。
渦巻く魔力の中、目を開けると、驚いたように、唖然とした表情で俺を見る、カナンとユーナの二人がいた。
やっぱり、温もりの主は、この二人であったらしい。
俺は、愛おしい二人に頬擦りし、立ち上がった。
「コドク?」
カナンが、不安気な目で、俺を見上げた。
俺は、フッと微笑んだ。
「心配するな。ちょっと、害虫駆除に行ってくるだけだから。
数秒で済ませて戻ってくる。だから、ここで待っていてくれ。」
俺は、そこまで言うと、大空へと飛翔し、舞い上がった。
身体の底から、魂の底から、魔石から、力が吹きあがっていく。
額から鋭い角が生え、頭からは、後ろ向きに、二本の角が生える。
毛が落ち、真っ黒な鱗が生え揃う。
尾羽がはじけ飛び、先端に尾びれの付いた尾が生えた。
腕が生え、皮膜の付いた羽も生える。
それは、漆黒のドラゴン。
黒い翼と羽の二対の翼を広げ、瞼を開いたドラゴンは、その青い瞳で、町を睥睨した。
「ギュアアァァア!!」
そんなドラゴンへ、宙を泳ぐ怪魚が襲いかかった。
奇声のような叫び声をあげながら、真っ直ぐに突っ込んでくる怪魚に、ドラゴンは一瞥もせずに、爪の付いた真っ黒な腕を真横に振った。
鋭い爪から放たれた、いくつもの真空の刃が、怪魚を一瞬で通過する。
途端、三枚おろしにされ、身が剥がれ落ちていく怪魚。
斬られた事にすら気が付かないのか、怪魚は骨のまま突っ込んでいき……ドラゴンに当たって、バラバラと、骨が分解して落ちていった。
ドラゴンは、落ちていくその怪魚の身を、爪に差し、そのまま口に入れた。
途端、渋顔になるドラゴン。
『ぐぅ、やっぱり、まずいものはまずいな。』
そう言いながら、翼を畳み、ドラゴンは下降を始めた。
ドラゴンは、地表ギリギリで翼を広げると、そのまま滑空し、目にも止まらぬ速さで、町にいる魔物を屠って回っていく。
その際、使うのは、右手の、爪一本のみ。
それだけで、まるで雑草を抜いていくが如く、魔物の命を摘み取っていく。
それは、戦闘ではなかった。殺し合いでもない。
ただの蹂躙劇。
しかも、建物を破壊する訳でもなく、器用に翼を操って、素早く建物と建物の間をすり抜けていく。
ドラゴンが呟いた。
『さて、さっさと終わらせないと、またユーナに何か言われるかな。
まぁ、それさえもかわいいと思うが。早く終わらせるに越した事はない。』
ドラゴンは、魔物の魔石を噛み砕きながらそう言い、楽し気に笑ったのだった。
魔物を、魔術の大地の槍で突き殺しながらも、それを見たメノゥが、呆然と呟いた。
「あれが、神なのか?」
「……いや。あれは、魔神だ……」
「魔神だとぅ?なんだい、そりゃ?」
震えながら呟くレジャンに、眉をしかめて返すメノゥ。
だが、レジャンは、そんなメノゥの様子にも気が付かず、目を見開いたまま、呆然とした様子で口を開いた。
「魔界が荒れた時、世界は黒き神を生み出す。
それは、魔界の神。蒼い二つの月を持つ、黒き夜空の神。魔神なり。黒き翼で抱いた命を守り、鋭い爪で敵を切り裂く、黒き竜なり……」
レジャンは、固く目を閉じた。
「そうか、遂に、その時代が来てしまったのか。
古きが滅び、新たな時代が始まる、その時が……」
「おい、こら。一人でぶつぶつ言っとらんで、私にも分かるように説明せんかい!」
メノゥがレジャンの頭を引っ叩いたが、レジャンはそれでも気が付かなかった。
町にいる魔物を全て殺し、食らい終えた魔神が、宙へと舞い上がり、高空で止まった。
落ちてきた日が、赤く魔神を染める。
夕日を背に、魔神は一声吼えると、魔神を侵食するように出てきた闇の中に、消えてしまった。
レジャンは、ぼそりと呟いた。
「予言では、そこまでだった。
コドクよ、お前は、どの道を歩む?世界の破壊か?それとも……
……いずれにせよ、運命の歯車は回ってしまった。我は、もう見守る事しかできぬ。」
レジャンはそう言うと、溜息を吐き、座り込んだ。
「できれば、皆を救ってほしいが、それは難しかろうな。
まったく、世界は、なんて難儀な奴に、難儀な役割を押し付けてくれるものだ……。」
レジャンは、もう一度、深い溜息を吐いた。
目覚めた神。精霊とは、格が違うのですよ。
ただ、コドクがちゃんと魔神やるかどうか……(苦笑)




