27 幸せな眠り
2話目。
三人称視点スタート。
コドクが幼子と会った数分後、食事を終えたカナン達が、お店から出てきた。
メノゥは辺りを見回すと、コドクが見えない事に眉根を寄せ、隣にいるレジャンへと問いかけた。
「おい。レジャン。コドクはどこに行ったんだい?姿が見えんが。」
「…む?そういえば、いつの間にか消えておるな。どこへ行ったのだ?」
そう言って、辺りを見回すレジャンに、メノゥは溜息を吐いた。
すると、そんな二人の様子を見たカナンとユーナが、顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「何を言っているのよ。コドクなら、ここにいるじゃない。」
「ん。ここで寝てる。」
ユーナとカナンの言葉に、メノゥは目を丸くした。
「何?いったい、どこにいるんだい?あんたらが指している所には、黒い岩しかない……待て?黒い、岩?」
そう言いながら、メノゥは自分の言葉に違和感を覚えた。
こんな所に、黒い岩などあっただろうか?と。
だが、どんなに見ても、その岩は、まるで最初からそこにあったかのように、違和感無く風景に溶け込んでいるのである。
その岩には、小鳥がとまってさえずりを交わしているし、野良猫なんかも、その岩の傍で寝ている。
行きかう人々も、その岩の事など、まったく意識していなかった。
メノゥは、見れば見る程自然なソレを見て、ある事に気が付いた。
(待て?何故、こんな不自然に動物がいるというのに、それを私は不自然と思わなかったんだ?それに、何故他の人も、それに気が付かない?)
不自然な程に、自然。
それが、人為的に起こされている現象なのだ、という事をメノゥは悟った途端、胸を叩かれたような衝撃が体中に走った。
(なるほど、ね。コドクが、私の気配が無さ過ぎて逆に不自然だ、と言ったのは、そういう意味があったのかい……!)
メノゥは、気が付いたのだ。この、普通だったら、違和感しか覚えない筈の真っ黒な岩が、まるで自然のように気配を消しているコドクだという事を。
それが、コドクの気配の消し方なのだ、という事を。
戦慄しているメノゥの前で、ユーナがその岩にとまり、岩をつつき始めた。
「ほら、起きなさい!人がいない間に、ちゃっかり爆睡しているんじゃないわよ!!」
ユーナがそう言うと、その岩は気配を持ち始め、たちまちに大きな黒い鳥へと変わった。
辺りにいた動物が、その変化に驚いて、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
コドクが、寝ぼけたように唸った。
「ううん…おはよう、ユーナ。そしてお休み……」
そう言うなり、コドクは自分の頭にとまっていたユーナを、器用に尾羽を使って巻き取り、自分の胸元へと抱え込んでしまった。
あっという間に、柔らかい翼で包み込まれてしまったユーナが、慌てたように叫んだ。
「ちょ、やめなさい!何がお休みよ、おーきーなーさーい!!」
「ううん……あと5分…」
「今すぐ起きなさい!さもないと、もや、ふぁ……」
眦を吊り上げて怒っていたユーナだったが、いきなりその目が、とろん…と瞼が落ち始めた。
コドクに飛び込んで、一緒に寝ようとしていたカナンが、ユーナのその変化に、その場で固まった。
「ユーナ?」
「な、なにこれぇ。ひからがはいらにゃい……カナン、たしゅへてぇ…」
ふやけたように言うユーナに、カナンは何かを察知したのか、顔を赤くすると、後ずさりし始めた。
「その……頑張って。」
「へ?ま、まひゃか、こへ……!」
ユーナも、カナンの様子から、コドクが何をしているのかが分かった。
コドクは、寝ぼけながら、ユーナの霊脈を調整しているのだ。寝ぼけているというのに、きちんと調整できるのは、さすがコドクといった所だろうか。ただ、カナンとユーナでは、その心地が少し違うらしかった。
ユーナから背を向けて、そっと逃げようとするカナンだが、それはできなかった。
「―――カナン?」
コドクの言葉に、カナンの体がビクッと震えた。
コドクは、寝ぼけたまま、言葉を継いだ。
「カナン、ちゃんと寝ているか?人の体は、脆いからな。休まないと、持たないぞ。」
「それって、コドクが寝たいだけ……ひゃんっ!?」
振り返ったカナンが見たのは、いつの間にか首を伸ばしてカナンの目の前にいた、コドクの寝ぼけた顔だった。
そして、コドクの顔に気をとられている間に、いつの間にかコドクの影から伸びてきた、水飴のように粘る闇が、カナンの体を絡めとった。
あれよあれよという間に、コドクの胸元へと寄せられるカナン。
カナンは、身に迫ってくるであろう快感に、ギュッと目をつぶった。
「……う?」
が、悶える程ではない、心地よい程度の感覚に、カナンは不思議そうに首を傾げた。
そんなカナンにも気付かない寝ぼけたままのコドクが、胸に抱いた二人に頬擦りしながら、幸せそうに呟いた。
「お休みー……。」
その時だった。
辺りに、緊迫したような叫びが響き渡った。
「逃げろ!『魔界門』から魔物が侵入してきたぞ!」
「なんだと!?『魔界探索者』どもは何をやっているんだ!」
辺り一帯が騒がしくなり、切迫した雰囲気が充満した。
メノゥは真剣な表情になり、舌打ちすると、レジャンに飛び乗った。
「行くよレジャン!!」
「分かっておる!」
レジャンは、勇ましく吼えると、メノゥを背に乗せたまま、もの凄い速さで駆け出し、あっという間に消えてしまった。
メノゥとレジャンがその場から消えると、路上には逃げ惑う人々が溢れかえっていく。
違うのは、ただ一人。
カナンとユーナを、幸せそうに抱いて眠る、コドクのみであった。
周りがとんでもない状況だというのに、コドクのその寝顔は、とても幸せそうで。
ユーナは、周りのその状況から、慌ててコドクを起こそうとしたが、その寝顔を見て、思わず起こす気が失せてしまった。
(……まぁ、コドクだし。何があっても大丈夫よね……)
コドクの寝顔を見て、更に力が抜けたユーナは、そう思うと、深い溜息を吐いた。
きっと、独りで眠った事しか無かったコドクにとって。
愛しい者を胸に抱いて眠れると言うのは、幸せな事なのではないでしょうか。




