22 冷たい瞳と変わった時代
3話目。
三人称視点スタート。
コドクの背に飛び乗ろうとするカナンへ、松葉杖をつきながら歩いてきたメノゥが話しかけた。
「ちょっと待ちな、そこの若いの。」
「……なに?」
コドクの翼を掴んだまま、言葉少なに返すカナン。
そんなカナンへ、メノゥはしっかりとカナンへ目を合わせながら言った。
「あんたの、名付けによる契約は、今の時代、正直感心するよ。私の孫も、言ったって聞かずに、あの忌々しい道具なんかを使って精霊と強制契約した口だからね。
だけど、だからこそ。あんたは、人の道から外れないでおくれ。
あんたが人の道から外れれば、あんたと契約している精霊まで、その道を外れる事になるんだからね。」
メノゥのその言葉に、カナンは凍えるような冷たい目をメノゥに向けた。
「…そう。なら、その道から、私を外したのは、私じゃない。あなた達、人間がそうしたのよ。」
カナンのその言葉に、メノゥはがっくりと項垂れた。
メノゥは、カナンに自分の言葉が届かない事が、分かってしまったのだ。
もう既に、カナンは人間から、心が離れてしまっていたのである。
メノゥは、顔を皺くちゃな手で覆った。
「ああ、なんてこったい。昔は、こんな世の中じゃあ、なかったってのに。皆、助け合って生きていた時代だったんだ。
あの、忌々しい道具が、世界に広まってからだ。あの時から、世の中はどんどん歪んでいきやがった。」
メノゥは、苛立たしげに、杖を地面に叩き付けた。
「ああ、私がもっと若けりゃ、なんとかなったかもしれないってのに。くそっ!
この国の皇帝も、いったい何を考えていやがる。精霊を道具にするなんぞ、やってはいけない事だって事が、何故分からない!
精霊が消えていけば、この人間界にある、数少ない恵みもまた、消えていくだろう。いずれ、世界のバランスが崩れて、世界が崩壊しちまう。」
悔しげにそう言うメノゥを見て、レジャンが目を伏せた。
「……口惜しいが、我も、もうどうする事もできぬ問題だ。
実際、その歪みは、様々な部分に、形となって出てしまっている。」
レジャンのその言葉に、メノゥが溜息を吐いた。
「本当に、ね。まったく、なんでこんな事になってしまったんだか。
おい、レジャン。あんたが前に言っていた、神はどうしたんだ。まだ、なんの音沙汰もないのかい?」
「うむ。一昔前までは、神とも交流があったのだが。今は、神からの干渉すら無い状況なのだ。」
「ちっ、いったい、神は何をやっているんだ。いったい、何が起こっているというんだ……。」
息を荒げて言うメノゥだったが、額に汗を浮かべ、途端に座り込んでしまった。
そんなメノゥに、レジャンが心配そうに身を寄せた。
「メノゥ、無理をするな。お前も、老いた。もう、無理はできない体になっておるのだぞ。」
「言われんでも、分かっているさ。ったく、年は取りたくないねぇ。」
ぶつぶつと文句を言うメノゥに、さっきから黙って話を聞いていたコドクが、首を傾げながら言った。
「なぁ、そこの老人。お前は、霊脈を調整しないのか?そのくらいだったら、それで治せるぞ。」
「はぁ?なんだ、その霊脈ってのは。」
コドクの問いに、訝しげに返すメノゥ。
すると、コドクの言葉を聞いたレジャンが、目を見開いた。
「もしや、お前。調律者なのではないのか?その、霊脈とは、この世界に流れる地脈を、人に置き換えたものだろう?」
「うん?まぁ、そうだね。そういや、この下にもあるよね、地脈。」
「やはり。―――お前は、世界の調律者なのだな。」
感心したようにそう言うレジャンに、コドクは目を細めた。
「なぁ、そこの…ええっと、レジャン?
お前、俺と取引しないか?」
「ほう、取引とな。いったい、何を取引するというのだ?」
興味深そうにそう言うレジャンに、コドクはメノゥを指さして言った。
「そこの、メノゥって奴の霊脈を調整してやるから、お前のもつ、その情報を教えてくれ。」
「ふむ。まぁ、いいだろう。」
即答するレジャンに、メノゥは溜息を吐いた。
「あんたね、勝手に私の事を、本人に聞かずに決めるんじゃないよ!
それに、情報なんぞ、取引せんでも教えてやるわい。だからお前さんも、そういう事は、年寄りを労わって、無償でやるもんだよ。」
前半をレジャンに、後半の言葉を、コドクに目を向けながら、そう言うメノゥ。
メノゥの言葉に、コドクは半眼になって答えた。
「何が、年寄りだよ。お前、この町では、今でも一番の実力者だろうに。」
「さて、どうだろうかね。」
ニヤニヤと笑いながら言うメノゥに、コドクは「…あの時の、意趣返しって事か。」と、溜息を吐いた。
そんなコドクに、ユーナが、怪訝そうな表情を隠そうともせずに言った。
「ねぇ、コドク。このお婆さん、どう見ても強そうに見えないんだけど。」
その問いに、コドクは首を振りながら答えた。
「確かに、魔力だとか、そういう力の総量で言ったら、まあまあ程度ではあるけどね。
それでも、ただ力を持っている奴より、自分の力を使いこなせる奴の方が強いんだよ。
この婆さんは、自分の力の使い方というものを、よく知っている。気配を完全に断っていたのが、その証拠だ。
俺があの蠱毒の中で生き残れたのも、自分の力が他に比べて劣っていても、その力を思い通りに操れたから、というのがあったしな。」
「はぁ?あなた程の規格外でも、劣っていたって……。でも、そうね。いくら力を持っていても、その力に振り回されていては意味がないものね。」
「そう。魔物なんかがいい例だな。あれは、自分の力に振り回された結果、理性が無くなって、暴れ回るだけの生き物になってしまっている訳だから。」
「へぇ。」
落ち着いたのか、素直に感心するユーナ。隣で、カナンも同じ表情をしている。
ユーナは、感心しながらも、コドクが遠回しに「力をつける事だけが、強くなる方法ではない」と教えてくれているのだ、という事が分かった。
(……ありがとう。)
心の中で、コドクに感謝するユーナ。素直になる事は、やはり、ユーナにはまだ難しいのであった。




