第二部 砦での一難
すぐに、待機していた聖門の神官らに引き継ぎを頼んでディース砦へ戻った。
王都近郊のこの砦が姉の居城だったことは、姉の冥石が割れてリクトロア自身が魔獣掃討に駆り出されて知った。あの城は、姉にとっても居住になり得なかったのだ。
女性が好みそうな内装の、砦の最奥は変えていない。姉が居たことを感じられる唯一の場所だ。
魔獣掃討の翌朝。かなり寝不足のリクトロアの前に紅茶が置かれた。
「ありがとう」
カフェインのキツイ紅茶だ。一晩中、余計な事で時間を浪費してしまった。
どうしてやろうかと思っていたら、無意識に罠を張っていた。後で笑って終わりにしようと息を吸う。
「ずっと紅茶しか召し上がっていませんが」
「大丈夫だ、ルイーゼ。夕食は昨日食べた」
食事を抜いたわけでもないのに口やかましいが、ルティアナの身辺を引き受けてくれたイレーネの師が目の前のルイーゼなのだと思えば納得だ。
新しく来た書類に目を通し――
「この、負傷者にケイオスの名がある理由は?」
確かに場に狂って笑えない冗談も言ったが、皆気に留める余裕もないだろう。
「魔石を勝手に掠め取ろうとした方々と少々。ただ被害を受けただけです。治癒術で治っていますよ」
あっさり答えるルイーゼは、それよりもと前置きし、
「昨日のあの記憶……かなり響いていますね。そんなご様子ではルティアナ様に会わせることはできません。お一人で眠れますか?」
「……ぐ……」
正直に言っても言わなくても、ルティアナを取り上げられるのが一番堪える。ルティアナに関し、初めて個人的な頼みをルイーゼにしたのだ。それ以降は事あるごとに面倒を見ようとするルイーゼを追い返せなくなっている。
「このままお帰りになると、ルティアナ様が困ります。できません」
「二度言うな!」
「では三度目です。ルティアナ様に会わせることは絶対に……」
「三度目も絶対も言うな!」
破裂音は、リクトロアの暴発した魔力が辺りに張っていた結界を攻撃した証だ。
「ご自身で張った結界を破っただけです。それならまだ良いでしょう。ルティアナ様でしたら取り返しが……」
最後まで述べずに、ルイーゼは黙った。
「仕方ありません。次にここに入ってきた人間とお出かけなさいませ」
母親には逆らえないという者が多いが、普通の母親が居たならこのような存在だろうか?
自分たちの母親が碌でもなかった自覚はある。だから分からない。
それに問題は、階下で叫ぶ人間だ。まっすぐにこちらに向かってきているし、誰も止めないだろう。
「閣下!? なんでオレにイタズラするんですか?」
眩しい蛍光緑と蛍光桃色の塗料満載の、ケイオスでしかない。
「……お前。いつの間に魔獣火鼠など狩った? 聖門のケヴィンに問い合わせを受けて急遽、徹夜で調べたが」
「……あ……。変なネズミだと思ったら、あれ、魔獣だったんですか? いや〜リクトロアがくれた守り袋で撃退しちゃったんですねあはは……」
リクトロアはついさっき仕上げた書類の束を叩き、
「上出来だ。俺が戦闘に行けなくなればお前を後任に皆推すぞ?」
酷薄な笑みを浮かべて宣告する。
「冗談だろ!? 無理だ!! お前がくれた守り袋で防げただけだ!」
どう見ても不可能な後任指名に震え上がるケイオスの肩をルイーゼが掴む。
「リクトロア様のご気分が優れないの。一緒に気分転換してきなさい」
「……は、はい!!」
部屋から追い出され、リクトロアは不満げにケイオスを睨んだが、そのまま出口に向かって歩き始めた。




