第九話 受け入れ難い現実
想像していた以上の威力だった。例えるなら赤子のパンチがボクシングヘビー級世界チャンピオンのジャブに変わったような。いや、それ以上の威力。
分かたれたグレートセンチピートの頭が地面に落ちる。司令塔を失った胴が倒壊するビルの如く倒れる。
地響きが鳴る中、シエルも着地し膝をついた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
強化付与を解除すると別の意味で体が軽くなった。その分、疲労も押し寄せて来るが充分動ける体力は残っている。
シエルは顎下の汗を拭いながら、グレートセンチピートの頭を見た。
「ギギ……ギ――」
虫は動物のように頭を切り離されてもすぐに絶命はしない。
それはグレートセンチピートも同様で、移動出来ぬ頭で敵を喰らおうと顎を鳴らしていた。
それだけではない。胴体も同じ。移動こそしないが、その場でのたうち回るように蠢き、数え切れないほどの脚の節を不規則に動かし続けている。
ただ、どちらも沈黙するのは時間の問題だろう。
もう襲ってくることはない。そう判断したシエルは、ウルカの元へ急いだ。
「ウルカさん!」
思わず声色が明るくなった。
そこには変わらず茫然としているウルカの姿があったから。
離れている間にグレートセンチピートに襲われていないかと気掛かりであったが、杞憂だったようだ。
しかし、彼女の状態は無事であって無事とは言い難い。
なにがしかのトラウマに苛まれ続けている。そしてそれはこの状況が原因であることは明白。
「まずはここから離れましょう」
ウルカの肩を取り、シエルは引きずるように彼女を連れて村を後にする。
野生動物に荒らされることや、感染症の観点かも遺体の埋葬は行っていきたかった。僧侶として、人として、祈りを捧げたかった。しかし、それ以上に生きている者を守ることを優先すべきだ。
シエルは周囲にモンスターの気配がないことを警戒しつつ、村の全貌が確認出来ない位置まで移動する。
そこでウルカを下ろすと、彼女は力なく座り込んだ。
シエルもウルカの前に腰を下ろし、一息吐く。そして訊く。
「ウルカさん。大丈夫ですか?」
「……あ、うん」
返事が出来る程度には容態が戻ってはいる。しかし依然として心ここにあらずといった様子だ。
不用意な声掛けはトラウマを刺激しかねない。慎重に言葉を選びつつ、シエルは口を開く。
「今から話すことはウルカさんにとって辛い話になると思います。聞きたくないと思ったら遮ってください」
「……うん」
「まず、村があのようになった原因ですが、グレートセンチピートというモンスターでした。ですが安心してください。グレートセンチピートはなんとか倒しましたので、これ以上被害が広がることはありません」
シエルは「続けて」と口にする。
「村の被害についてですが――」
シエルは息を呑み、口を開きかけ、それでも詰まる言葉を押し上げた。
「生存者は誰一人としていませんでした」
ウルカは一瞬目を見開き、顔を上げたかと思うと、つっかえ棒が取れたように顔を下げる。
「そっか……。うん。そうだよね……」
受け入れがたい現実を受け入れるが為、ゆっくりと言葉を咀嚼していく。
「赤ちゃん……見たかったね」
シエルはゆっくりと頷いた。
叶わぬ未来は風に流されていく。
今日の風は、いつもより強い気がしてならなかった。




