第七話 初クエスト、スライム討伐
肥料の鼻を曲げたくなるような臭いが鼻腔に突き刺さる。
スライムは村の北部に出没するという情報を得て、シエル達は村から最も離れた竹林を挟んだ先にある畑の前にて、堂々と地に足付けて出現を待ち望んでいた。
「本当に来るかな?」
「さぁ。確証はありません。ですが、ここら辺での出没はあると言っていました。根気よく待ちましょう」
片やロッドを握り締め、片や鞘に納められた剣の柄を握り、対象の出現を待ち続けた。
そして出現まで時間はそう掛かりはしなかった。
目の前の雑木林が揺れた。
ウルカの柄を握る手に力が籠もる。
生い茂る草を掻き分け――1体のモンスターが姿を現した。
半ゲル状の1メートルほどの生物。討伐対象のモンスターのスライムだ。
「本当に来た」
ウルカが独り言ちると、スライムの背後に更に追加で9体のスライムが現れる。
「ウルカさん、構えてください! 来ますよ!」
「え――」
シエルが指示を飛ばすと同時だった。
先頭のスライムがウルカ目掛けで飛び掛かった。
「っ!」
咄嗟の出来事にウルカは剣を抜く暇すらなかった。
スライムは最弱と称されるモンスター。冒険者でなくとも、先に村長が語っていた通り、村人が倒すことも容易い。
だが、モンスターとは体内に魔力を保持する生物を指す。
そしてモンスターは魔力を肉体に張り巡らせ、肉体を強化。モンスターによっては魔法を行使することすらある。
最弱と言えど侮るならば、上位存在を喰らうことすらありうる。
「ウルカさん!」
シエルの声が飛んだ。
そこに合わせてロッドがスライムに打ち付けられると、ウルカを襲う直前で、叩き潰したゼリーが如く弾け飛ぶ。残骸が二人に降り注ぐ。
シエルはロッドを構え、前を向いたまま確認する。
「大丈夫ですか」
「うん。ありがと」
これまでシエルはシェルド達とのクエストの中で、前線に立って戦ったことはなかった。
そしてこれまでも己が身一つでモンスターと対峙したことはない。
そんな中で今日、シエルは初めて己の手腕一つでモンスターを退治せしめた。
自分の力が最弱とは言えモンスターに通用する。本来なら歓喜に打ち震えてもおかしくない場面だ。しかし、今のシエルに喜びを感じている余裕はなかった。
「言われた通り凶暴なスライムですね。わざわざ私達の前に現れて怯えもせずに襲ってくるなんて普通じゃありません」
村長の証言に嘘はなかった。
凶暴化についての理由は分からない。だが、危険性を認識出来た以上は、ここで確実に仕留めなければならい。
村の人々を守る為にも。
「ウルカさん。剣を抜いてください」
言われてウルカは剣を抜いた。陽光に照らされ、刀身が七色に光る。
「いいですか。スライムには打撃はあまり効果がありません」
「あれ? でもさっきシエルちゃんはロッドで倒したよね」
的確な指摘。自分の行動により信憑性を欠いてしまった事実にシエルは顔を歪める。
「あれは取り敢えず置いておいてください。とにかく、スライムは肉体の性質上打撃を吸収しやすいんです。だけど、剣ならスライムの性質を無視出来ます。先程は私が戦うことになっていまいましたが、私の本来の役割は支援。やはりこの戦いはウルカさん。貴女の活躍に掛かっています。よろしくお願いいたします」
ウルカはコクリと頷き、剣を構える。その額には薄っすらと汗が滲んでいた。
「来ますよ!」
合図と共に一体のスライムが二人を襲いに飛び掛かった。
同時にシエルのロッドが発行する。
「攻撃力強化付与! 速度強化付与!」
赤と青、それぞれの魔法陣がウルカの体をスキャンするように通り抜ける。
「おお。これが強化付与」
スライム相手に強化付与はやりすぎかもしれない。だが、村長が語った通り、このスライム達は凶暴。そしてウルカは初心者だ。念には念を入れておいて損はない。
初の冒険者としての戦闘。ウルカは全身を捻り勢いをつけて眼前に迫るスライム目掛けて剣を振るった。
斬撃は直撃。スライムの上部を真っ二つに割き、五分の一ほどが吹き飛ぶ。
「どうだ!」
初のモンスター討伐。かに思えたが――
「ダメです! スライムの肉体構造は単純で、多少体が削れても動きます! 確実に倒す為には大きく裂かないと!」
二人の背後に落ちた五分の四残った方のスライムは生きていた。
「それ早く言ってよ!」
「すみませんでした!」
投げやりな謝罪と共に振り下ろされたロッドが五分の四スライムを飛散させる。
続け様に発生した仲間の死。視覚も聴覚もないスライムであっても察知出来ていた。そして大した大きさもない脳で理解する。
単独で襲い掛かっても奴らには勝てないと。
スライムは群れで行動するモンスターだ。しかしそれは弱者故の性質。ライオンやハイエナの様な群れで狩りをする動物とは異なる。
だが、かつてない危機に陥ったスライム達は無意識か必然か。徒党を組んだようにシエル達を取り囲んだ。
「おっと。これは賢いですね」
「でも負けないよね。私達なら」
背中合わせの会話。
最弱と言えど一斉に襲われれば新人冒険者が命を落とすこともある場面だ。
そんな中でも二人の一言一言には自信が漲っていた。
「さぁやりますよ!」
「スライムなんて敵じゃないってところみせてやる!」
一斉に襲い掛かるスライムに二人は武器を振り上げ立ち向かった。
☆☆☆
「ふぅ」
息を吐いて、シエルは袖で額の汗を拭った。
ウルカも同様に顎に垂れる汗を服の裾で拭う。
辺り一面には爆散したように飛び散ったスライムの死骸と、真っ二つに斬られて溶けたように沈黙している死骸の二種類が散らばっていた。
「いやー案外私もやれるものですね。このまま戦士にジョブチェンジしちゃいましょうか」
「ホントだよ。アタシに任せるみたいに言ってたのに。結局自分の戦闘に参加してたじゃーん」
「「あははははは」」
冗談を語り合う二人の姿からはまだまだ余裕を感じさせた。
「じゃあ村に帰りますか。ファーランドに帰る前に水浴びだけでもさせてもらいたいですね」
「ねーベトベトだよ~。スライムてこんなんなんだねー」
ウルカは怪訝な表情で皮鎧の下の、スライムの体液でべたつく服を引っ張って言った。隙間から覗く谷間に、スライムの体液が線を引いて流れ落ちていく。
あの後、一斉に襲い掛かってきたスライムに二人が苦戦するはなかった。
片や僧侶とはいえ冒険者として一年間従事してきた経験から。片や巻き藁が斬られたことにも気が付かない斬撃を放つ技術を持っているのだ。スライム相手に苦戦する方がおかしいというもの。
「もっと手応えのあるクエストがやりたーい!」
駄々をこねる幼な子のように全身で大の字を作りながら叫ぶウルカ。
隣でクスリと小さく笑うシエルだったが、ふと視界の端、フェレール村方面に何かが見えた。
「あれは……」
目を向けてみると村から狼煙が上がっていた。
「狼煙?」
ウルカも同じ捉え方をしたらしい。首をかしげて口にした。
誰かが野焼きでもしているのだろうか。そう考えた矢先、直感が警告を鳴らした。あれは狼煙ではないと。
濛々と上がる黒煙が意味するところは――
「違います、ウルカさん! あれは狼煙なんかではありません!」
「どういうこと? スライムは倒したし、他の危険なんて」
「そうです。スライムは倒しました。だから――」
考慮すべきだった。スライムが凶暴化しているのならば、他のモンスターにも影響が出ていてもおかしくはないということに。イレギュラーにはイレギュラーが重なるという可能性に。
「他のモンスターです!! スライム以外のモンスターが村を襲撃しているんです!!」
クエストがスライム討伐だからと他のモンスターは出現しないからと慢心していた。
自身の浅慮を責めたところで結果は覆らない。
シエル達は急ぎ竹林を抜けた。そしてそこで目にしたのは――
「……っ!」
「……」
ウルカは絶句し、両手で口を押さえた。
シエルは広がる光景に茫然と目を見開いた。
二人が目にした光景は――見るも無残に破壊され尽くされたフェレール村の姿だった。




