第六話 クエスト受注と依頼者の願い
「いや~。やっと落ち着いたよ~」
「良かったですね」
どれ程経ってからだっただろうか。漸く剣を腰に差し、通常の状態へと戻ってみせたウルカは笑顔を見せた。
「ところで今度はどこ向かってるの?」
「どこって。決まってるじゃないですか」
今歩いているルートは武器屋へと向かっていた道の逆。そうなると行く先は――
「ギルドですよ。装備が揃ったのなら、クエストです!」
「やった!」
拳を天高くつき上げ、体が引っ張られる勢いで歓喜するウルカ。そうと分かればと、途端に歩む脚は駆け始める。
「ほら早く行こうよ! いいクエスト無くなっちゃう!」
「はいはい。無くなりませんから前見て走ってくださいねー」
先を行くウルカに老婆心を抱きつつ、シエルも歩みを速めた。
☆☆☆
シエルが冒険者ギルドの扉をくぐると、ウルカはすでにクエストボードに張り付かんばかりに顔を寄せて、クエストと睨み合いをしていた。
「いいクエストはありましたか?」
シエルが隣に立って訊くと、ウルカは両手で持ったクエスト用紙をシエルの顔面に触れる勢いで突き出す。
「これ!」
「はい。えっと……?」
ゼロ距離でクエスト用紙を見せられて誰が読めるというのか。
シエルはウルカの伸びた腕の関節を軽く手で押して曲げさせて、用紙を確認する。
「ダイヤモンドタートルの討伐」
「そ! ダイヤモンドだよ、ダイヤモンド! 報酬金だけでもすごいのにダイヤモンドもついてくるなんてお得超えてご褒美だよ!」
クエストで討伐したモンスター等は、討伐者が素材となる箇所を採取することが許可されている。
ダイヤモンドタートルは、その名を冠する通り、甲羅が全てダイヤモンドで出来ている。
故にもしも討伐したのならば、その背に背負うダイヤを手にすることも可能だ。
だが――シエルはフルフルと二度首を横に振る。
「?」
「このクエストにはいけません。理由は二つ。まず一つ目。ダイヤモンドタートルは熟練の冒険者が何人も集まって漸く倒せるほどの相手です。急造したばかりの私達では連携すら取れないので倒すことは出来ないと思います。二つ目。そもそも等級が足りていないので受注許可が下りません」
「えー」
シエルの説明に不服だと言わんばかりに頬を膨らませる。
冒険者は等級に合わせて受注出来るクエストが分けられている。F級はF級のクエストのみ。D級ならばF・E・D級のクエストというように。
そしてダイヤモンドタートルのクエストランクはD級。F級のシエルとウルカではどう足掻こうとも受注させてもらえはしない。
「高ランクだけがクエストではありません。ましてやここは新人冒険者の街。私達が受けられるクエストは沢山あります。モンスターと戦いたいのなら……」
シエルは一通りクエストを確認してから、一つの用紙を手に取る。
「このクエストなんてどうですか?」
シエルが提案したクエスト内容は『スライム10体の討伐』。
ウルカはあからさまに眉を顰める。
「社会貢献としては充分過ぎるクエストですよ! ましてや私達はまだパーティーを組んでから、どのような戦闘スタイルが合うかという選択すら出来ていません。初心者が受けるクエストとしてはスライム10体は多いくらいなんですよ? 諸々の事情も考慮して、このクエストはベストなんです!」
シエルも説得を試みるが、ウルカの眉間の皺は濃くなり、首はフクロウかというほどに曲がっていく。
ダイヤモンドタートルのクエストが受けられないことは理解した。だがスライム如き自分の敵ではないと、物足りない。F級とはいえ、まだまだ難易度の高いクエストはあるだろう。それに行かせてくれ。そう、ウルカは言いたいのだ。
だが、だからこそなのだ。
初心者が陥る大きな勘違い。それは実力の過大評価。脳内のイメージをそのまま肉体にトレース出来ると思い込んでいる。
その勘違いを正す為、簡単なクエストをこし、現実を直視させる。それこそがシエルの目的だった。
目的が達成できるのならば、クエストは側溝掃除でもよかった。
スライム10体は、シエルなりにも譲歩に譲歩を重ねた結果だったのだ。
そろそろ首がもげるんじゃないかという位置に差し掛かったところで、ウルカの首は元に戻る。そして眉根を戻して告げる。
「分かった。シエルちゃんに従うよ」
ウルカなりに落としどころを見つけたのだろう。その言葉に迷いはなかった。
忠告を受け入れてくれたことに内心安堵しつつ、シエルはウルカを連れて、カウンターへと移動する。
カウンターにはフィラが立っていた。
「このクエストお願いします」
「はい。了解」
シエルはクエスト用紙をフィラに渡し、受注手続きを進めてもらった。
「じゃあフェレール村のスライム討伐、頑張ってね」
「はい」
「はい!」
ギルド内にシエルの返事が響いたかと思うと、それを上回るウルカの声量がそれを呑み込んだ。
☆☆☆
快晴の空の下、柔らかな風に草花が撫でられる。
一望するは地平線まで続く平原。茫々たる地を一匹の鳥獣が颯爽と駆けていた。
鳥獣の名はポッチ。翼は退化し飛べない代わりに、成人男性を超える体躯と、丸太のように太い脚を備え、大地を抉り風に乗る。
元々、人間が移動用にと品種改良を重ねて作られた種であり、鎧を着用した成人男性を背に乗せても6時間、無休で走破する持久力を持つ。
そして今現在、ポッチの背に乗っているのはシエルとウルカ。シエルが手綱を握り、後ろでウルカが死んでも放すまいと力強くシエルの腰に手を回して両手を組んでいた。
「シエルちゃん! 落ちる落ちる! 落ちちゃう!」
「大丈夫ですよ! ほら、ウルカさんももっと楽しみましょう!」
語るしシエルの笑顔の爽やかさたるや。なびく髪さえも笑っているように思えた。
対照的にウルカの表情は正に死に物狂いという言葉がぴったりだった。当たり前と言えば当たり前だ。ポッチの時速はおよそ80キロ。平原という障害物のない場所という限定条件化のみ出しえる最高スピードを発揮している。万が一にでも手を放すなんてことがあれば落鳥必至。複雑骨折では済まないだろう。
そうして1時間。ポッチの背に揺られ、二人はクエスト依頼を出したフェレール村へと到着する。
「着きましたね。ここがフェレール村ですか」
「おええええええええ」
ポッチから下りた者は、片や爽快な笑顔を、片やグロッキー状態で小さな虹を創っていた。
シエルはポッチの手綱を持ちながら村へと入る。
こじんまりとした村だった。
平原を抜けた森林地帯手前に設けられた農村。
家屋の数を見るに、そう村民も多くはないだろう。
茅葺屋根の家近くで鉢植えに植えられた花々に水をやっている村民の一人がシエルの存在に気が付く。
「あら、こんにちは」
「こんにちは。お仕事中でしたか?」
シエルは歩み寄りながら聞いた。
「いえいえ。趣味で育てている花に水を上げていたところです」
若い女性だった。ゆったりとした一枚布の服を纏い、腹部の布が押し出されるように膨らんでいる。
「私、冒険者のシエルと申します。フェレール村の村長さんはいらっしゃいますか? スライム討伐のクエストを受けてきたのですが」
女性は口に手を当てて目を見開く。
「あら、そうだったんですね! 少々お待ちください。すぐに呼んでまいりますので」
女性が移動しようとした。その時分――
突き出た石に靴をひっかけてバランスを崩した。
危ない――シエルは手を伸ばした。だが間に合わない。
「っ――スピード――」
一か八か、魔法を使用して助けようとした。
しかしそれよりも速く、シエルの横を誰かが抜けていき、女性は抱えられた。
軸足でバランスを保ち、もう片方の足は弧を描くようにすることで勢いを封殺。女性の体に一切の衝撃を残さずに助け出したのは、そう。ウルカだった。
「大丈夫? うぷっ」
だが残念。最後の一手だけは甘かったようだ。
かっこよさが台無しになってしまった。
「なんだい⁉ 大丈夫かい、シュルウ!」
女性が暮らしていると思われる住居から、顔面蒼白に血相を変えた男性が飛び出してきた。
そしてウルカを押し退けると、代わりに女性を抱いて、ウルカに鋭い目を向ける。
「この人達に何かされたのかい。だったら許してはおけない! 僕の大事な家族達に手は出させないぞ!」
とてつもない勘違いが発生している。その事実にウルカとシエルは互いに苦い顔で見合わせた。
☆☆☆
案内された村長宅にて、先の男性が擦り切れんばかりに額をつけて叫ぶ。
「申し訳ありませんでした! 家内を助けていただいたというのに、僕は……僕はなんて失礼ないことを!」
「まぁまぁ、奥様を大事になさっている何よりの証明ですから。お気になさらないでください」
現在進行形で別の意味で顔面蒼白になっているウルカも「大丈夫ですよ」とシエルに膝枕をされながら伝える。
「この馬鹿には後でちゃんと言い聞かせておきますんで。ダイジロウ、自分の妻くらいいかなる状況であろうと貴様が守らんか! この馬鹿者!」
男性の隣に座る村長の盛大な鉄拳が男性の脳天に突き刺さった。
男性は頭を押さえてのたうち回る。
後とは。というツッコミはさておき、一同は本題に移る。
「スライムの件なのですが、討伐前に少々お耳に挟んでおきたいことがございます」
「……スライム程度に?」
ウルカが腕を支えに体を起こしながら口を開いた。
「ウルカさん、もう大丈夫なんですか?」
「大じょ……んぐ、大丈夫」
せり上がってきたものを呑み込んだような音が聞こえた気が……。
だがウルカは大丈夫だというので、シエルは信用することにする。冒険者は体が資本。自身の体調を推し量ることも仕事の一つだ。
「話を遮ってしまい申し訳ありません。それでスライムがどうしたんでしょうか」
「はい――」
村長は神妙な面持ちで語り始める。
「端的に申し上げますとスライムが凶暴化しているのです」
「凶暴化……」
ゴクリ、とシエルの喉が鳴る。
「いつもなら若い衆だけで対処出来るのですが、今回のスライムは何かが違う。人の気配を察知すると襲い掛かり、執拗に追いかけ回す。しまいには殺そうとしてくる」
「殺そうとしてくるというのは」
「口に覆いかぶさってくるのです。冒険者の方はご存じだと思いますが、スライムは最弱と言われていてもモンスター。まだ犠牲になった者はいませんが、もしも子供が襲われれば……」
簡単な説明だが、いたたまれない結果に想像がついた。
スライムは半ゲル状の全長1メートルほどのモンスターだ。目は存在せず、生物から発される熱と二酸化炭素を感知して敵の位置を知る。
その性質も相まって、スライムの攻撃は必然的に呼吸器官へと集中、気道を塞がれ、襲われた獲物は窒息する。
しかし、スライムが自身より巨大な相手と対峙することは稀だ。それは元来スライムが臆病で外敵との接触は避けたがる気質の為。
敵意のない人間が接触して襲われることは千件に一件あるかどうか。執拗に追いかけ回すなど更に稀だ。
故に村長の言葉が事実ならばそれは異常の報せに他ならない。
「この村も随分と寂れた。皆、物が溢れて活気のある場所に行きたいですからな。しかしそれは仕方がないことです。ですが、それでもまだこの村には人がいる。誰か一人でも村で過ごす者がいる限り、儂はこの村を存続させていきたいと考えております」
周辺に巨大な街があれは、人々は安定と安寧を求めてそちらへと移っていく。
ここフェレール村はファーランドに近い。おそらく人が流出して行っているのだろう。
シエルとウルカも外からファーランドにやって来た身。思うところがないわけではない。しかし、今の二人に掛ける言葉は思い浮かばなかった。
そんな二人に対して、胡座をかいていた村長は膝を床につけると深々と頭を下げる。
「どうか。どうかよろしく頼みます。未来の子らの為にも」
重く静かな物言いだった。
村長の言葉が重責として二人の肩に乗る。
「「任せてください!」」
未来に命を繋ぐ為、シエルとウルカは立ち上がり返事をするのだった。




