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第五話 いざ、武器を買いに行かん!

 拭き取ったものの鼻水と涙の跡が残る服を纏いながら、シエルはウルカを連れてとある場所へとやって来た。

 目的は勿論、武器。


「さぁ、ウルカさんの剣を選びましょう!」

「うん!」


 つまりは武器屋だ。


「うっはー!」

「失礼します」


 そそくさを入店していくウルカを追って、シエルも中へ進むと、重厚な鉄の匂いが鼻を突いた。

 壁に床に、剣や斧が飾られている。それらは照明を照り返して、眩しほどに光沢を放っている。

 まるで凶器の展覧会だ。実際、違いはないのが。


「いらっしゃい」


 カウンターから熊のような大柄な店主の声が掛かる。


「おー嬢ちゃんかい。久しぶりだな」

「お久しぶりです」


 二人の馴染みがあるような態度に、ウルカは疑問を呈する。


「知り合いなの?」

「はい。この武器屋は前々から利用させてもらっているんです」

「おうよ! 嬢ちゃんとその仲間達が鼻垂れ小僧だった時からの顔馴染みだぜ! それはそれは初めてここに来た時はうちの品揃えにビビり散らかしてなぁ……」


 と、雄弁に嘘を語る店主にシエルは顔を真っ赤にして声を上げる。


「もう! 嘘ばかりつかないでください!」

「悪い悪い。つい、な。ところで」


 店主はウルカと、そしてシエルの隣の誰もない空間を見てからシエルに訊く。


「他の奴らはどうしたよ」

「うっ……」


 シエルは言葉に詰まった。

 パーティーを追放されたことを教えることに何ら恥はない。しかし、それを口にすることで目を背けている傷を自覚してしまうのだ。

 誤魔化してもいい。だがシエルの誠実さは事実を伝えろと囁く。

 一瞬の自問自答の末、シエルは口を開きかけ――


「追放されたらしいですよ」


 目を見開いた。

 何故ウルカが返答するのかと。


「あらら、そりゃ災難だったな」


 そしてどうして店主もそのまま続けていくのかと。


「まぁでもなんだ。人生山あり谷あり。隣に新しい嬢ちゃんがいるってことはまた登り始めたってことだろ? ならそこまで気にすることはねぇよ」

「あ……ありがとうございます」


 結局いい感じにまとめられてしまった。

 だが店主の発言には一理どころか十理もあることは確かだ。

 どれだけ悲しんで打ちひしがれようとも前に進むしかない。そしてシエルは前に進むことが出来ている。それならば、それで充分だろう。

 思わぬところで気付け薬を貰い、シエルの胸は晴れた気がした。


「それで? 今日は新しい相棒の武器を見繕いに来たのか?」

「はい。こちらの方はウルカさんと言って、冒険者になったばかりで一緒に剣を買いに来ました」

「なるほど。剣士志望ってわけか」


 店主はカウンターから出てくると、ウルカの前で手の触れた顎を突き出し、品定めするように観察する。そして問い掛ける。


「嬢ちゃん、剣を扱った経験は?」

「ないです!」


 その返事はシエルが感心してしまうほどに真っ直ぐなものだった。


「なので大将、お任せで!」

「あいよ、お任せ一丁! って、武器屋でそんな事出来るか!」

「なななんですとー⁉」


 謎のノリ突っこみにリアクション。

 どうしよう。テンションについていける気がしない。

 このままでは武器屋がサムい漫才屋敷になってしまう。

 シエルは状況が悪化しない内に本題を押し進める。


「こういうのどうですか?」


 シエルが手に取ったのはウルカの瞳と似た、虹色の光沢を放つ剣。

 選んだ理由としては一番近くにあったからなのだが、目利きが良かったのか店主が怒涛の勢いで食いついてくる。


「さっすが、おめがたけぇ! こいつは超希少金属オリハルコンを使用しててな、一生涯切れ味が落ちないと言われている超剣さ!」

「え……あ……。オリハルコン」


 オリハルコンは、盾に変えればドラゴンの劫火をそよ風同然に防ぎ、剣に変えればドラゴンの鱗すら紙のように裂くと言われる最高級の金属だ。

 何故そんな化物級の代物が初心者の街にあるのかということは置いておいて、買うとなれば今のシエルが一生涯掛けた金額でも遠く及ばないだろう。

 誤って落としてしまわない内に、シエルはそっとオリハルコンの剣を元あった個所に戻す。


「いえ、流石にこれは買うお金が……」

「なんでい。つまんねーの」


 店主はあからさまに顔を顰め、ため息を吐いた。

 おいコラ。こちとら一応客だぞ。露骨に熱を下げるな熱を。とツッコミたくなる気持ちを堪えて、シエルは再度物色する。


「どれがいいのでしょうか。私は剣のことなどからっきしですから……」


 シェルドがいれば……。などと考えそうになって慌てて頭を振る。

 自分を追放した相手に頼るなど恥知らずもいいところだ。


「見て悩んでつっ立ってたって仕方ねぇよ。こういうのはな、実際に使ってみて決めるもんなんだ」


 言うと、店主は適当に剣を選び取り、ウルカに放った。

 抜き身の剣を投げ渡されたウルカ側からしたらたまったものではない。

 目を剥くほどに開き、死に物狂いで柄をキャッチする。


「危ないよ! 何考えてるの!?」


 さすがに、この対応にはウルカもしっかりと怒りを露わにする。

 しかし、大将は呑気というか大雑把というか、ハハッと笑うのみだ。

 そして店主は親指でジェスチャーをして二人に告げる。


「じゃあついて来い」

「「?」」


 ☆☆☆


 二人が言われるがまま店主についていくと、店の裏手へと出た。

 そこは殺風景な更地で、試し斬り用の巻き藁(わら)が複数設置されていた。


「さぁ嬢ちゃん。剣士だって言うんなら巻き藁(こいつ)の一つでも斬れねぇとな」


 何を考えているのか、ぽけーっと口に筋力を籠めないで巻き藁を見た後に、ウルカは剣に目を移す。

 きっと上手く斬れるか不安なのだろう。そう悟ったシエルは、ウルカの肩に軽く手を置く。


「大丈夫です。失敗しても剣が曲がるだけですから!」


 サムズアップ&満面のスマイル。


「いやそれダメじゃん!!」


 何をどう捉えても間違えている後押しに、ウルカもツッコまずにはいられなかった。

 そんな茶番はさておいて、ウルカは巻き藁の前に立った。

 ウルカは剣の素人だ。扱ったことがある刃物と言えば、包丁かハサミくらいのものだろう。

 十中八九、切断には至らない。シエルはそう予想していた。

 だが、だからやめておこうなどとは言わない。彼女は冒険者になる為に、遥々ファーランドまでやって来たのだから。

 斬れずとも曲げない。それがスタートライン。

 シエルはただ見守った。

 ウルカは剣がすっぽ抜けないように、柄を掌に密着させて、両手の指を一本一本しっかりと絡ませていく。

 目を閉じ、浅く長く息を吸い、そして深く長く、肺が空になるまで吐き続ける。

 シエルの目に、ウルカの体から放出されるオーラが見えた。

 ウルカは潰れるほどに吐き切った肺に一気に息を吸い――


「ふっ――」


 大きく眼(まなこ)を開き、斜めに斬り下ろした。

 一閃――その瞬間の気迫は剣豪を彷彿とさせるものだった。

 しかし、ウルカの剣は地面を叩き、巻き藁は微動だにしていなかった。

 残念な結果に、ウルカは申し訳なさそうに笑い、頭を掻く。


「あ……あはははは。やっぱり難しいですね。すみません。剣を叩き付けちゃって」


 そんなウルカの態度とは裏腹に、何故か驚いた様子を隠せない店主。


「……いや。いいよそんなこと」

「……」


 それはシエルも同様だった。

 恥ずかしさからか逃げるように店内へと駆けていくウルカを見送った後、残された二人は見合う。

 その目には驚愕がしかと示されている。


「見たか。今の」

「はい。驚きました」


 シエルがウルカが斬り損ねた巻き藁を指で軽く押す。

 すると巻き藁は今初めて斬られたことを自覚したかのように滑り落ちていく。


「コイツぁ、とんでもねぇ逸材だ」

「はい……」


 初めて剣を振るったとは思えない結果に、二人はただただ圧倒されるのだった。


 ☆☆☆


「こ、こここ、こここここれは……っ!」


 下手な鶏の物真似のような声を上げて、ウルカはその震える両手に持つ剣を見た。


「タダでやるよ。将来有望な冒険者さん。だから贔屓に頼むぜ」

「むむむ無茶言わないでください……! だってこれ……!」


 ウルカの手に置かれているのは、どういう経緯で販売に至ったか不明なミスリルの剣。


「流れの業者が置いてったんだけどよ。本物かどうかも分かんねぇし嬢ちゃんが使ってやってくれよ」

「いいや。ででででも」


 時間が経つごとにウルカの震えが増していく。全身バイブレーションだ。

 ただ、シエルにも気持ちは分からないでもなかった。もし本物だとしたなら、彼女でさえ受け取った瞬間卒倒してしまうであろう代物だ。まだ冒険者として一歩目すら踏み出していない者が持つにはあまりにも荷が重すぎる。


「でも店主、最初本物みたいに語ってましたよね。あれ嘘だったんですか?」

「う、嘘じゃねぇやい。正真正銘本物だ。多分」


 尻すぼみに縮こまってく返事をよそに、シエルはウルカの持つオリハルコン(仮)の剣を手に取る。

 鞘の重さを抜きにしても充分な重さ。剣士について最低限の知識しかないシエルでも、相手を斬る為にはある程度の重さが必要だと知っている。この剣ならば、重さは充分だろう。

 では刀身はどうだろうか。改めて抜いてみる。

 照明の当たり具合によって、刀身が七色に色を変えていく。

 長さはシェルドの剣を思い出してみても差異はない。ただし、シェルドに比べ、ウルカは小柄な為、同じ長さでいいものかと疑問は残る。だが、これまで数々の冒険者相手に商売をしてきた店主が口を出さないのだ。余計な心配というものだろう。

 斬れ味についてもウルカの技量とこの店の手入れなら、先の剣と同様に問題はないはずだ。


「ありがとうございます」


 シエルは剣を鞘に戻し、ウルカに返す。

 再度ウルカのバイブレーション機能が起動する。


「そういえば先程ウルカさんが使用していた剣はどこですか? 買い取らせていただかないと」


ウルカが試し斬りに使用していた剣を探すが、ミスリル(仮)の剣を用意する間に片付けてしまったのか見当たらない。


「あれは剣を握ったことがない奴にさっきみたいに遊ばせる為のもんだ。売りもんじゃねぇのよ」

「でも、叩き付けてしまったので、切っ先が欠けてしまっているかも」

「だからいいんだって。うちとしては、贔屓にしてくれりゃあ御の字なんだ。その過程でどれだけ剣が折れようと構わねぇよ」

「そう……ですか」


 納得はしきれないが、ここでごね続けることは店主の親切を無碍に扱うことと同義だ。


「それではお言葉に甘えさせていただきます」

「おうよ」


 シエルは大人しく身を引くことにする。


「それでは失礼します。剣、ありがとうございました」

「あ、あ、あ、ありがとうございま!」


 未だ震え止まらぬウルカは遂に喋りにも影響が出始めてしまったらしい。

 シエルは一礼し、捧げものを持つかのように突き出した両手に剣を乗せ続けるウルカを連れて退店する。

 道すがら、シエルはウルカの一刀を思い返した。

 店主は使用した剣を試し斬り用だと説明していたが、素人目にも分かるほどには手入れされていた。品質としては販売品に劣りはしないだろう。だが、店主の発言を信じるのならば、幾度となく使用されてきた剣であり、疲労の蓄積もあるに決まっている。

 そんな中であの太刀筋を魅せた。

 つまり、新品の剣を使用したならば――

 未知数の伸びしろが恐ろしい。そう感じたからこそ、店主はウルカにタダで剣を譲ったのだろう。

 シエルも同様に思考し、訪れる可能性に思わず身震いをした。

 その隣でウルカはまだバイブレーション機能をONにしていた。

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