第三話 新パーティー結成!
スラム街を抜けると、太陽が顔を照らした。
シエルと少女はたまらず手で庇を作る。
「ここが本家本元のファーランドですよ」
「ここが陽気の街ファーランド……。冒険者旅立ちの土地……!」
感激しているのか、少女の目は輝いている。
そんな姿を見ると思い出す。かつての自分も同じ様にこの街に感激を覚えていたことを。
照りつける太陽、歩く地面の感触から肺に入れ込む空気に至るまで、隅々まで感動して声を上げたものだ。
スラムという闇を経験したこの少女ならば尚の事だろう。
ふとシエルは周囲の光景に釘付けになっている少女に訊く。
「そういえばお名前を伺ってもいいですか? 私はシエルと言います」
シエルの言葉に、少女は自己紹介がまだであったと目を見開き、パッと繋いでいた手を放して、首が取れるほどの勢いで連続お辞儀を披露する。
「助けてもらったのに、名乗りもしなくて申し訳ありません! アタシ、ウルカって言います!」
「そんなに畏まらなくていいですよ。旅は道連れ世は情け。困っている人を助けるのは当たり前のことです。気楽に接してくれていいですよ。というよりも、そっちの方が楽しいじゃないですか。冒険者同士、仲良くしましょう」
「う……うん! ありがとう!」
ウルカは感極まった様子でシエルの目を見た。
だが突然、涙が引っ込んたと言わんばかりに素に戻る。
「でもシエルちゃんは畏まってるよね?」
「うっ……」
痛いところを突いてくる。というより自分で撒いた種か。
ウルカが疑問を抱くのも無理はない。しかしだからといって今更直せるわけもないのだ。何故なら――
「これは癖なんです。ごめんなさい」
口を尖らせ、まじまじとシエルを見るウルカ。
シエルが耐え難い視線に顔を歪めたくなる気持ちを必死に抑えていると、ウルカはクルッと踵を返す。
「ま、別に気にしないけどね〜。さ、早くギルド行こ! 閉まっちゃうかも!」
「あっ。一人で走らないでください! ギルドは一日中やってますし、そっちじゃないですよ!」
全く調子が良いとはこのことで。
距離感が一気に縮まり過ぎているということに少しの疑問は抱きつつも、傷心中の身であるシエルにとっても辛さを忘れさせてくれる対応には感謝を隠せなかった。
少女の名を呼び、シエルも後を追い掛けた。
☆☆☆
「おへ〜。すっご……」
辿り着いたそこで、ウルカは口を開いて見上げていた。
道行く人々には見慣れた光景。しかし、初めて訪れた者ならば、誰もがウルカと同じ行動を取るだろう。
見上げる先にあるのは勿論――
「ぜぇ……ぜぇ……。ここが……冒険者……ギルドです」
先へ先へと走っていくウルカを口頭指示でなんとか案内したシエルは、膝に手を付き、肩で息をして答えた。
冒険者ギルド――周辺の建築物よりも一回りも巨大で2階建ての建物。周辺には鎧に身を纏い剣を携えた者、杖やシエルと同様にロッドを持つ者が往来していた。
「シエルちゃん! 早く行こ!」
「いや……待って……ください……。ウルカさん……、これ……」
込み上げる胃酸をなんとか鎮め、懐からハンカチを取り出す。
まったくもって、事の理解が出来ていないウルカ。
シエルは尚も苦しそうに伝える。
「顔……拭きましょう……。綺麗な顔を……汚したままでは……笑われてしまいます……よ。ましてや……冒険者としての……門出なんです……から」
「そっか! ありがとう、シエルちゃん!」
持っていた気力を全て吸い取られたのではないかと疑いたくなる元気さだ。
ウルカはハンカチを受け取ると、入念に顔を拭いていく。
そして――
「おお……」
思わず感嘆の声がシエルから漏れた。
汚れの上からでも充分美しかったが、汚れの落ちたウルカの顔は尚、輝かしかった。
まるで名のある美術品。大理石の彫刻だ。
「どうしたの?」
小首を傾げるウルカにシエルは慌てて首を振る。そしてドンッと胸を叩く。
「何でもありません! 早くギルドに行きましょうか。何でも聞いてください。私が全部教えますから!」
ウルカを促し、ギルドの扉を開けてもらう。
大仰な扉をウルカが両手で押して開くとそこには――
「本当に来たんだ。冒険者ギルドに……」
冷めやらぬ喧騒と、外よりも多くの冒険者で満ち溢れていた。
興奮冷めやらぬウルカ。だが、その熱を冷ますような光景が一つ起こっていた。
「何してるの?」
ウルカは自身の腰元後方に目をやった。
そこには何故かシエルが警戒するような、怯えるような態度で隠れていた。
「いえ。実は少し事情がありまして……」
シエルのギルドに用事があるという発言はウルカに気を遣わせまいとする完全な嘘だった。
本当は近付きたくもなかった。脚を向けることすら億劫だった。何故ならシェルド達に鉢合わせてしまう可能性が高いから!
「私のことは気にせずにカウンターに。カウンターはあそこです」
ウルカの後ろで指示を出して、コソコソとカウンターに向かう。
勿論、道中シェルド達を探すことへの注意は怠らない。
そうしてカウンターまで辿り着くと、シェルド達の気配がないことにシエルはほっと胸を撫で下ろす。
そんなシエルの心中など知らず、ウルカは受付嬢に意気揚々と伝える。
「お姉さん! 冒険者登録をお願いしたいです!」
「はいはい。冒険者登録ね。元気があってよろしい。それじゃあこの用紙に名前を書いて。必要事項は読めるかしら?」
「大丈夫です! 読み書きは幼い頃から教えてもらっていたので」
「じゃあ大丈夫ね。特に難しいことは書いてないから、ちゃちゃっと読んじゃいな」
シエルはウルカの背後から顔を覗かせて、シエルが熱心に読んでいる用紙を見た。
書かれているのは冒険者規約。内容は受付嬢が発言した通り、難しいことは書かれておらず、クエスト中での死亡した場合は自己責任、パーティー内における報酬割合にギルドは口を挟まないなどといったことが記載されている。
文字の読める者ならば、殆どが流し読みか読まずにサインするが、ウルカは真面目な性格なのだろう。見ているだけで目眩がしそうな長文を一文字一文字読んでいっている。
時計の針と喧騒が耳を刺激してどれくらい経ったか、突然、ウルカの対応をしていた受付嬢が口を開く。
「そうそう。聞いたわよ、シエル。アンタ、パーティー追い出されたんだってね」
「うげっ」
何故今その話を持ち出す……。と言いたかったが、ウルカが規約を熟読していて手持ち無沙汰なのだろう。話の内容どうこうよりも会話の相手がほしいのだ。
「フィラさん。どうしてそのことを」
シエルはウルカの隣に立って受付嬢――フィラに訊いた。
「ちょっと前にシェルドがパーティー変更届を出していったもの。元々、折り合い悪そうだったし、聞かなくたって想像つくわよ」
折り合いが悪いということは初耳だった。というか、ずっと仲良く出来ていたと思っていた。いや、今日のやり取りを思い返せば、随分と鬱憤を溜めさせてしまっていたか。
「まぁ、本人達が追放してやったって吹聴してたけどね」
あの野郎……! と、拳を握り締めたい気持ちを抑えて、代わりにシエルは大きなため息を吐く。
「分かってるんですよ。シェルドさん達は高ランクのクエストに行きたい。反対に私は誰も受けたがらない低ランクのクエストに行きたい。追放されるまで気付きませんでしたが、最初から水と油だったんです」
最後に突きつけられた「自己満足な慈善活動なら一人でやっててくれないか?」というシェルドの言葉に胸が傷んだ。
冒険者になる者は自分の名を歴史に刻みたい者が多い。高い志を持っている。そんな者達が力をつければ、低ランクのクエストに目を向けなくなるのは自然の道理というものだ。
だからこそ、シエルは低ランクのクエストに拘っていた。
低ランクのクエストは報酬も低く、溝さらいなどモンスター退治ですらない地味な作業も多い。そういったクエストは、新人冒険者の街と言われるファーランドであっても残りやすい。
シエルは人々の生活を支える者こそが冒険者だと考えている。だからこそ低ランクのクエストも積極的にこなそうとしていたわけだが……。その結末がパーティー追放。
思い出すだけで気持ちが込み上げてきた。
シエルが目元を拭おうとした瞬間、額に小さな何かが衝突する。
「んぎゃ!」
当てられたのはこの国の通貨だった。世界的に信仰され、僧侶が崇拝する女神が刻印された、最も値の低い1ゴルドのコイン。
シエルの額に弾かれたコインはカウンターに落ち、クルクルと回転すると女神が刻印された面を見せて倒れる。
「アンタの行いは女神様が見てる。女神様の声を聴き、女神様に恥じない行いをするのが僧侶なんじゃないの?」
「フィラさん……」
良いことを言ってるけど、わざわざコイン当てる必要はあったのかという話は置いておいて、気を遣ってくれているのだ。
たとえ最も近い人達から認められなくとも、行いを見てくるている人はいた。それだけで胸が温かくなっていく。
「ありがとうご――」
「書き終わりました!」
「「!!」」
感動に水を差すウルカの大声報告。
身構えていたならともかく、突発的に発生した大声量にシエルとフィラは心臓が飛び出しそうになった。
「は……はい。預かるわね」
相当驚いたのだろう。フィラに至っては汗をかいている。
「うん。うん。はい、オーケーね。じゃあちょっと待ってて」
用紙を確認したフィラは背後の机のタイプライターに銀のタグをセットすると、慣れた手つきで打ち込んでいく。
そうしてチェーンを通してウルカの前に差し出す。
「はいこれでアンタは今日から冒険者。最初は一番下のF級からだから、上を目指したかったら頑張って」
「うわ〜。ありがとうございます!」
ウルカは銀のタグを見入るように眺める。
タグにはウルカの名と共にFという文字が刻印されていた。
冒険者にはいくつかの階級が存在する。冒険初心者にして最低ランクのF級~A級。そして冒険者の頂点とも言われるS級だ。
無論、フィラの言う通り、上の階級を目指したいのならば努力を積み重ねるしかない。多くのクエストをこなし、1年に一度の昇級会にてランクを査定してもらうのだ。
だが昇級会は先日行われたばかりなので、ウルカの昇級の機会はまだまだ先の話だ。
そんなことよりも、シエルには言わねばならぬことがあった。
今を逃せば機会はないだろう。意を決して口を開く。
「あの、ウルカさん!」
「?」
ウルカは首に冒険者タグを掛けながら、きょとんとした目を向ける。
「私とパーティーを組みませんか!?」
勇気を振り絞っての提案。
ウルカの返答は――
「何で?」
「え?」
間抜けな声が出てしまった。
突然勝手な申し出をしたことは理解している。だがまさか拒否寄りの即答をされるとは思ってもみなかったのだ。
予想だにしていなかった事態にあたふたしつつも、シエルは事情を再度語る。
「あの……ですね。私、実は今日パーティーを追放されているんですよ。一人で行けばいいじゃないかっていう意見はもっともなんですけど、やはり僧侶の私一人がクエストを受けるとなると依頼者の方も不安でしょうし、私としても戦闘員がいないという不安がありまして……。ずっと後方支援をやって来ましたので……」
一文字一文字語る度に涙が出そうだった。
それでも何とか語り切ると、ウルカから思ってもいない返事がされる。
「うん。いいよ」
思ってもいないは語弊だった。こんなにも軽い返事でパーティーを組めるなんて思いもよらなかったのだ。
「パーティー追放されてたんならもっと早く言ってくれたらよかったのに~。いきなり真剣な顔してきたからびっくりしたよ~」
ウルカはナハハ~とあどけなく笑いながら頭を掻いた。
なるほどなるほど。つまりはパーティーを追放されたことは知らなかったと。
真横で話していたのに!
てっきり聞いていたとばかり思っていたが、規約を熟読していて何一つ耳に入っていなかったらしい。
何はともあれ、パーティーを組めるなど感無量だ。
シエルはウルカの手を取って跳び跳ねて喜ぶ。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「も~大袈裟だよ~」
パーティーを追放されて数時間。
どん底から一転。縁に恵まれ、シエルはウルカという仲間を得て、新たなパーティーを結成した。




