第二話 人助けに躊躇なし
追放を言い渡されたシエルはズタ袋から伸びた紐を肩にかけ、街中を重い足取りで進んでいた。
歩に合わせ石畳の路面にブーツの当たる音が鳴り響く。
「これからどうしましょうか……」
宿はパーティーの皆で借りて共同生活をしていた。つまりは帰る場所もない。
故郷と呼べる場所にも長らく訪れていない上に事情があって帰郷には気が重い。
そうなるとファーランドで拠点となる場所を見つけないといけないわけだが……。
シエルは歩みながら辺りを見渡す。
行き交う一般人。多くの冒険者。誰しもが活気に満ちている。今のシエルとは正反対だ。
ファーランドはいつもと変わりない。さすがは陽気の国と言われるだけはある。
「ファーランドを出る手も有りですよね……」
ファーランドに在中すれば、すぐにでもシェルド達と出逢うかもしれない。
シエルは自身が心の強い方ではないことを理解している。もしもシェルド達を目にすれば、今度は泣き崩れるだけでは済まないかもしれない。
貯金もコツコツと行っていたので、暫く生活に困らない程度には所持金がある。
ファーランドを出て、他の国を目指すという選択肢は大いに有りだった。
とは考えたものの、シエルはファーランドが気に入っていた。
冒険者になるという目的を持って初めて訪れた街であり、何よりも生活する人々が笑顔に満ちている。その姿を見ることが好きだったから。
そんなこんなで踏ん切りがつかず、シエルは脇目も振らずに愛を証明し合うカップルを、観客が群がる吟遊詩人を、様々な人達の横を考え込みながら抜けていく。
そうして気が付くと、随分と長い間、自陽の光が当たっていないことを自覚する。
「ここは……」
辺りを見渡してみると、そこは突貫工事という言葉すらお粗末な、穴だらけのジェンガを彷彿とさせる、見上げるほどに増設された簡易住居が軒を連ねる場所。陽気の国における陰の箇所――スラム街。
言わずと知れた立ち入り警告地だ。他所からの浮浪者や冒険者の適性すらもないならず者など、業を背負った者共が溢れている。
幸いと言うべきか。随分と中まで入り込んでしまっていたが絡んでくる者はいない。
空の酒瓶を揺らす焦点の合わない老爺が奇異の目を向け、野良犬やネズミが走り回っているのみだ。
「早く出ないと」
スラム街には衛兵も立ち入らない。国としてはならず者を一箇所に集めておけば他が安寧だからという理由らしい。
ということはつまりはスラム街は無法地帯。己の身は己で守るしかないのだ。
一刻も早く去ろうと踵を返したその時分だった――
「やめて!」
女性と思わしき叫び声が何処かから響いた。
咄嗟に声の出処を探そうと耳をそばだてるシエル。
「誰か! 助けて!」
「あっちです!」
声がした方向はスラム街の更に奥地。
完全に衛兵の目が届かない場所だ。そんな場所から女性の叫び声。助けなければ女性が何をされるかなど想像に容易い。
想像を現実としない為、シエルは走った。
「誰か! 誰かぁ!」
声はもうすぐそこ。
跳ねるように直角に方向転換し、声が主がいる路地裏に辿り着くと、そこには三人の人影があった。
怯えて縮こまっている者が一人。残りの二人はこちらに背を向けている。
暗くてよく見えないが、背を向けている二人は男だ。二人は怯えた一人を囲み、あくどい雰囲気でナイフを揺らしている。
これならば助けを求めた声の主が誰かなど一目瞭然。
シエルはズタ袋を落とすと、左手を腰に当て、ロッドを持った右手で男達を指差して声を張り上げる。
「そこの不審者達! その人から離れてください!」
「あ?」
「んだぁ?」
振り返った男達の屈強な体に本能的に後退りしそうになるが、シエルは気取ったまま平静を装う。
「わ……悪いことはいけません! その人は嫌がっています!」
男達は顔だけで振り返って、後ろの人物を見る。そして互いに顔を見合わせると、男達は腹を抱えるようにして笑い出した。
「知ったこっちゃねぇな! 俺達は俺達のやりたいようにやる!」
「ここが何処かわかってんのか!? 全てが力に集約する世界! スラムだぜ!?」
悪行を悪びれる素振りすら見せない男達。
モンスターを相手にするならばともかく、人間相手に力を振るうことを避けたかったが仕方がない。
シエルは片手でロッドを構える。そして意を決して覚悟を語る。
「出来ることなら話し合いで済ませたかったです。ですが、説得が無理ならば実力行使でねじ伏せるのみです!」
「やってみろよ!」
「テメェも一緒に剥いてやるぜ!」
場所はそこまで広くはない路地裏。相手は二人がかりで左右壁際ギリギリを走って迫って来ている。
ロッドからシエルが冒険者と見抜いたからこその行動だろう。二人がまとまって動けば共倒れの可能性が高まる。それを防いだのだ。
これはおそらくスラム街という暴力が蔓延る世界だからこそ、一般人にも身についている戦闘スタイル。
並の人間ならば適うはずがない。今も尚、頭を抱えて怯えている被害者と同じ末路を辿るだけだろう。
だが――
「「ッ!?」」
シエルは僧侶といえど冒険者に変わりない。
魔力を身体に流して身体強化&武器強化。二度ロッドを振るうと、襲い掛かった男達のナイフが宙を舞う。
「一般人に負けるほど冒険者は弱くありませんよ」
ロッドの一撃によって痛められた手を押さえる二人の男。その背後にナイフが落ちる。
本人達にとって凌辱対象でしかない女にしてられ、怒り心頭なのだろう。痛みに歪む顔の中には確かな憎悪が渦巻いていた。
「さぁどうしますか? 今日の私はちょっとワルなんです。足腰立たなくなるまで御相手しますよ」
ロッドを向けて放った宣言。シエルの強者と余裕を含んだ態度に、男達は舌打ちをする。
「テメェ……覚えてろよ」
「面覚えたからな。次会ったら容赦しねぇ」
そして負け犬同然の捨て台詞を吐いて、シエルの横を走り抜けて行った。
姿を見送った後、シエルは被害者の前で膝を折る。
「大丈夫ですか?」
「……ありがとう」
涙声で顔を上げた被害者はシエルとそう変わらない見た目の少女だった。
太陽が宿ったような緋色のショートボブ。しっかりと空を差す長いまつ毛。磨き上げられた水晶のように虹彩を放つ真ん丸な瞳。そして何処で汚れたのか泥や煤にまみれていいるが、その上からでも分かる白玉を思わせるきめ細かな肌。
見目麗しいという表現がこれほどまでに当てはまる人物も珍しいだろう。
「立てますか?」
何故だが速まる鼓動に振り回されるよう平静を装うシエルは少女を立ち上がらせる為、手を差し伸べる。
「うん……」
細く、それでいて折れる心配など感じさせない凛とした五指がシエルの手に触れると、微かな震えが伝わってきた。
未だ恐怖から抜け出せていないのだ。
「大丈夫ですよ。彼らが襲ってくることはもうありませんから」
確証はなかったが、安心させる為、シエルは自信を持って微笑んでみせた。
しかし少女はシエルを見ておらず、視線は下を向いている。
安心してもらえればいいのだが、強烈な出来事とは記憶にこびりついて離れないもの。
ここであれこれ言うよりも、トラウマの場所から離れた方が効果的だろう。
「手、しっかり握ってるんで。一緒にここを出ましょう」
「……はい」
微かにだが返事に熱が籠もっていた気がした。このまま落ち着いてくれるというのならば幸いだ。
シエルは少女の手を引いて、スラム街の来た道を気持ち早めに戻っていく。
早足で進む中、シエルは少女の服装に目をつけた。
皮で出来た籠手や胸当てに脛当て。武器こそ持ってはいないが、その格好が意味するところは――
「あの、答えたくなければいいのですが、その格好、冒険者ですか?」
「というよりは冒険者志望……かな」
言いながら少女は恥ずかしそうにこめかみを搔き、そして続ける。
「ファーランドってさ、新人冒険者の街って言われるくらいには低ランクのモンスターしか出ないじゃん? だから冒険者になるにはファーランドだ! って来たは良かったものの、気が付くと怖い場所に迷い込んじゃって。親切な人達がギルドまで案内してくれるって言うから着いて行ってら、あの自体。全く笑えちゃうよね。君がいなかったらもうなってたか」
ワハハと少女は大袈裟に笑ってみせた。
そんな様子をシエルは神妙な面持ちで見ていた。
気丈に振る舞っているが、相当な恐怖があったに決まっている。
その証拠に、話の後半からは止まっていた震えが再開してシエルに伝わってきていた。
シエルは繋いだ手を握り直して明るく伝える。
「だったら最高に運が良かったですね! 私はファーランドの冒険者! ぼーっと歩いていたらこんな場所に来てしまいましたが、何を隠そう、私も冒険者ギルドに用事があるのです! そう! 貴女と! 同じく! 冒険者! ギルドに! 用事が!」
シエルはニコリと少女に笑顔を向ける。
「だから一緒にギルドに行きましょう」
「……うん!」
少女の震えが止まった。つまりそれは取り繕った返事ではなく、本心からの返事というわけだ。
もしかしたら元気を取り戻させようとしていたことは見破られていたかもしれない。いや、きっとバレているだろう。それでも少しでも不安の種を除けるのならば、いくらだってシエルは道化を演じるつもりだった。
世界を別つように陽光と影が境界線を創っている。
さぁ、スラム街の出口はすぐそこだ。




