第一話 僧侶の追放
今日もいつもと同じ日常になるはずだった。
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そこは冒険者御用達の宿屋。
多くのパーティーが生活の場として利用している内の一室から明るく弾んだ声が上がった。
「今日はどうしますか!? 昨日のクエストを見るに、レッドボアの討伐、ドングリズリーの討伐、大デバネズミの駆除はまだ残ってると思いますよ! 特に大デバネズミは被害の大きさに比べて受けたがる冒険者がいませんからね! 私としては大デバネズミのクエストを所望します! はい! 所望します!」
声の主は成人には満たないであろう少女だった。
透き通った空色の長髪に、聖職者を思わせる白を基調とした黄金色で縁取られた服を纏っている。身体の発達具合に関しては年相応より少し下くらいだろうか。
少女の前には丸テーブル。少女を含み、それぞれ4人が対角線上にテーブルを囲んでいた。
ちなみにこの光景はこのパーティー特有のルーティンだ。毎日テーブルを囲んで、顔を合わせて奇譚なく意見を言い合う。そうして曇りない一日を始めるというパーティーリーダーが提案した談笑会。
そんなパーティーリーダー基剣士である青年――シェルドは、元気有り余らんと言わんばかりの少女とは異なり、冷静な様子且つ低い声で――
「シエル。君をパーティーから追放する」
少女――シエルに追放を告げた。
「え……」
突然の勧告にシエルは狼狽え、髪が軽く揺れる。
一年前。ここ――アーリアンド王国の首都ファーランドで冒険者登録を行った4人は、全員が登録の日に偶然居合わせ、成り行きとはいえパーティーを組んで片時も離れることなくクエストをこなしてきた。
連携だって手探り状態だった最初に比べれば段違いに良くなっている。
剣士、タンク、魔法使い、そして僧侶。各々が決められた役割をまだまだ未熟とはいえ、全うしている。
シエルはそう実感していた。
だというのに追放?
僧侶の役職を示すブリリアントカットされた魔法石が装着されたロッドを固く握り、シエルは抗議する。
「ど……どうしてですか。私……何かしましたか……」
声が震えた。知らず知らずの内に足を引っ張っていたのだろうか。何かパーティーメンバーの逆鱗に触れたのだろうか。
返事が来るまでの一瞬。だがシエルの心の中では何十分、何時間もの時の流れに感じられた。
すぅっと軽く息を吸い込む音が聞こえた。
シエルは俯きかけていた顔をシェルドに向ける。
そしてシェルドの発言を聞いて、シエルは耳を疑う。
「何もしていないよ」
「……だったらどうして。おかしいじゃないですか!」
その返しは折り込み済みと言わんばかりに、シェルドは握り締めた拳を丸テーブルに叩きつける。
そしてモンスターを狩る際と同じ、剣よりも鋭い目をシエルに向ける。
「そう。何もしていないんだよ。何もね!」
「……え?」
たわわに実ったスイカのような胸を組んだ腕の上に乗せて強く頷く、巨大なとんがり帽子を被った魔法使い――レルゥ。
室内だというのに装備を一つも外さず、全身に剛厚な鎧を纏い、静観している誰も素顔を見たことがない寡黙なタンク――ラックル。
三者三様な反応だが、異を唱えない様子を見るに、既に三人は話し合い済みらしいことが伺えた。
シエルの間抜けな声によって生まれた沈黙。シェルドは破き、そして苛立ちを隠さずに詳細を語り始める。
「生まれも育ちも異なる僕達がファーランドで出会い、初心者だけのパーティーを組んだ。初めは胸が躍ったさ。ここから僕達の伝説が始まるんだってね。勿論、決して楽な道ではないことも承知の上だったよ。実際、クエストを重ねていく内に死にかけたことだってある」
「リーフグリードの討伐クエストの時ですよね!」
語るシエルの姿は母に捨てられんと必死に弁明する子供のようだった。
因みに、リーフグリードとは植物型のモンスターだ。
「あの時は焦りましたよ! シェルドさんとラックルさんがリーフグリードの毒に侵されて――」
「今は僕が話しているんだ。黙っていてくれないか?」
殺気混じりの指摘に、弾んだ声は一転、ヒュッとシエルの喉が鳴る。
「僕達は先日、ゲリラ的とはいえ、D級のリーフグリード討伐の件もあって、最低ランクのF級から一つ飛ばしてD級に昇格した。これからはより死線を越えていくことになるだろう。そうなれば――」
発せられる言葉には予想がついた。
だからこそ、シエルは間違いであってくれとゴクリと唾を呑んだ。
「未だF級の君は足手まといだ」
「そん……な」
「君の付与魔法など、今の僕達にとっては何もしていないと同義。いてもいなくても変わらない。君は必要ない」
「……っ」
後方支援の軽視。脱初心者した冒険者にはままあることだ。
僧侶は強化付与や回復がメイン。所謂、縁の下の力持ちで表立って前線に立つことなどない。故に勘違いが起こる。
『これまでの成果は命を懸けて前線で戦っている剣士やタンクの賜物だ』と。
同様の理由で魔法使いも見下され気味ではあるが、火を操り、風を起こし、水を降らせる。成長や成果が見て取れやすい魔法使いが僧侶と同様のレベルまで見下されることは少ない。
加えて、僧侶は元来聖職者として扱われており、他の冒険者とは階級の昇格条件が異なる。他の役職とは異なり、冒険者協会と提携を結んだ教会が独自の判断で階級を決める。故にどれだけ冒険者としての実力があろうと、F級から上がれない者もいる。
自分の成果ばかりを気にする輩が多い冒険者には、その事実を知らないか、説明されていても他人事だからと忘れられていることが多い。そして、そのような事情が重なることも僧侶が軽視される一つの原因となっている。
充分に反論の余地はあった。しかし、ここまでのやり取りの中でシエルにはもう言い返す余力はなかった。
「僕達はいずれあの紅玉竜を討伐して歴史に名を残す。足を引っ張る君はいらないんだ」
「……」
シェルドの追い打ちに、遂にシエルは支えを失ったように床に膝をつき、大玉の涙を流し始める。
「君には知らせていなかったが、もう新しい僧侶とパーティー契約している。彼女は他所の街からやって来たばかりらしくてね。パーティーを組む相手を探していたらしく、C級だというのに僕達の誘いに乗ってくれたよ。だからもう君の居場所は完全にないよ」
死に体に鞭打つ行為には唸り声すら出なかった。
新しい仲間が決まっているのならば、醜く足掻く理由もない。
シエルはふらふらと立ち上がる。そして、荷物を纏めて、ドアノブを掴む。
「あと、もう一つの追放理由だが、低ランクばかり受けようとして鬱陶しいんだよ、君は。自己満足な慈善活動なら一人でやっててくれないか? 僕達は上を目指しているんだ。未だ数人しか到達していないS級冒険者をね!」
ドアノブを掴んでいる手が震えた。だが下唇を出血するほどに噛み締め、「今までありがとうございました」の言葉と共に、部屋を後にした。
蝶番の音が鎮まると、壁を抜けてシエルの耳に声が響く。
「いや〜、見たかい? あの面食らった顔! 笑いそうになったよ! 自分にどこまで需要があると勘違いしていたんだろうね!」
「まぁ? 顔は幼いから娼婦でもすればキモオジから人気出るんじゃないからしら」
シェルドとレルゥの吐き気を催す談笑に、シエルはロッドを震わせ、早足で宿を発った。
雨漏りだろうか。シエルの歩んだ宿の廊下は微かに濡れていた。




