第十五話 前代未聞再チャレンジ
大デバネズミは蜂のように女王ただ一体のみが繁殖を行う。巣から一切の移動を行わない女王大デバネズミは、肉体も他の大デバネズミとは類を見ないほどに巨体になる。
しかし、それでもせいぜいが大型犬程度のはずだ。
違和感はあった。だが群れに紛れ、ウルカに討伐されたと思っていた。
別の場所に巣があったのか。危機を察して事前に移動していたのか。だがそれはこの際どうでも良かった。今目の前にその標的がいるのだから。
シエルは大デバネズミの肉体から発される小さな《《揺らぎ》》を確認する。
そこから推察するにこの大デバネズミは――
「魔力を帯びています。この大デバネズミは変異個体。モンスターです!」
これで異常繁殖にも納得がいった。この女王を倒さなければ、市中はいずれ大デバネズミに占拠されてしまうだろう。
「ならアタシが!」
「いえ。ウルカさんは後ろで休んでいてください。無理をさせてしまいましたから」
「で……でも」
「安心してください。スライム討伐で見ましたよね。私、案外動けるんですよ? それに――」
シエルは一歩前に出る。
「グレートセンチピートを倒したのは私ですよ。あんなおデブちゃん。軽く捻ってあげます」
余裕と覚悟を感じさせるシエルの低い言葉に、ウルカは肌が粟立った。思わず自身を抱き締める。
「さぁてと。私だけの力がどこまで通用するのか。再確認ですね」
シエルはストレッチついでに周囲の状況を確認する。
中央水路の広さはおおよそ四百坪。25メートルプールが4つ程度。女王の巨体を置いたとしても走り回るには十分すぎる広さがある。
場は良好。そして大デバネズミを追い立てたこともあり体は温まっている。
「準備OK! それじゃあ行きますよ!」
シエルは全身に魔力を巡らせて地面を蹴った。衝撃で破片が宙を舞う。
まずは一撃。シエルは女王の左わき腹側に回り込む。
危機を感じ取ったのか、二足状態になった女王も彼女を目で追い、短い手で叩き潰しに掛かる。
だが遅い。
ドスンという思い音と共に、ロッドが女王のわき腹にめり込んだ。
だが――女王は微動だにすらしなかった。
迫る女王の張り手をシエルは飛び退って回避する。
「ま、そうですよね」
着地しながら、シエルは予想通りというように言葉を溢した。
毛皮という天然の鎧を着ているのだ。魔力で強化していようと、支援専門の僧侶の一撃など通るわけがない。
加えて相性も悪かった。打撃は毛皮には通りにくい。それだけではない。大デバネズミの反応速度を見るに肉の殆どは脂肪だ。つまりは毛皮で覆われた水袋を殴っているも同然。打撃の衝撃が殺されてしまっている。
有効打を与えるにはウルカの剣を借りるのが一番。だが、他人の手を借りてまで倒さざるを得ない強敵か?
答は否。ロッドであろうと水袋は割れる。何より今一度、僧侶としての自身の力量を計るにはもってこいの状況だ。
「さぁ、ギアを上げますよ!」
無我夢中だった現象を今度はしかと意思を持って再現する。
シエルはロッドを突き出して叫ぶ。
「速度強化付与!」
青い魔法陣が現れ、全身をすり抜けていく。すると途端、体が重く感じた。
重力が増したような感覚が発生したということは――
「出来た……! 自分への強化付与!」
偶然ではなく必然。
歓喜に胸躍らせながらも、シエルは再び地面を蹴った。
踏み込んだ箇所が抉れて破片と土埃を巻き上げる。
(速い速い速い! 凄い! 本当に出来てるんだ! 私!)
グレートセンチピート戦と同じように対象の周囲を旋回する。
しかし、あの時とは状況は全く異なる。既に女王はシエルの動きについてこれていない。
「攻撃力強化付与!」
駆けるシエルを赤い魔法陣がすり抜けた。
体が膨張するような感覚と共に、底から力が漲ってくる。
またまた成功。
未知を踏破したという事実に思いに心弾ませ、女王の正面に戻って来たシエルは急転。ロッドを引き、真正面から女王に突っ込む。
「おらああああああああ!」
振り上げた一撃が女王の腹に直撃した。
威力は絶大。女王は悲鳴を上げる間もなく爆散した。
肉片が降り注ぐ中、シエルはウルカに向いてパアッと明るい笑顔を見せる。
「どうですかウルカさん! 私もやれるでしょう!」
悪魔としか思えぬ笑顔に、ウルカは顔を引き攣らせて「よかったね」と返すことしか出来なかった。




