第十四話 ウルカの才能
「うぅ……」
地下用水路の開けた場所の中央。シエルに中央水路と命名されたその場所で,
ウルカは一人抜いたミスリルの剣(仮)を震わせていた。
周囲にシエルの姿はない。そして中央水路から分岐する道にはただ一つを残して全てネットが張られ、通過出来ないようになっていた。
一体全体何がどうなっているのか。話は少し遡る。
「私、大デバネズミを一網打尽にする策を思いついちゃいました」
「ええ⁉ 本当に⁉」
シエルの耳打ちに、ウルカは跳び上がる勢いで驚愕した。
「大デバネズミは巣を決めると、そこでひたすら繁殖を繰り返します。見てください」
言いながらシエルは地下用水路の地図を広げた。
そして赤く印が点けられた個所を指す。
「ここが大デバネズミの巣がある場所です」
そこは現在地点から更に先に進んだ地下用水路の道中。地上の立地を考えると繁華街になっている場所だ。昼夜問わず人が賑わう場所ならば、餌には困らず、冬でも温かい。奴らにとって恰好の根城というわけだ。
シエルはぐるりと大デバネズミの巣を遠回りするルートをなぞる。
「私が反対側から追い立てます。幸いにもここは一本道。中央水路を通らなければ他への逃げ道はありません」
「と、いうことは――」
言いたいことは分かった。だからこそウルカは背中の産毛が逆立った。
そしてその予想はやはり的中することとなる。
「大量の大デバネズミがウルカさんのもとへ押し寄せるでしょう。そこをガツンとやっちゃってください!」
信頼度MAX、屈託のない笑顔を向けて放たれた言葉を思い出したウルカは唇を噛んだ。
(なんて役任せるのさ、シエルちゃ~ん!)
地下用水路の奥から音が響いてくる。濁流。いや違う。もっと低く重い音の集合体――足音だ。
(く……来る……!)
改めて柄を握り直した。
大丈夫。ミスリルの剣を手にしているのだから恐れることはないと自分を言い聞かせる。
やれウルカ。やってみせろウルカ。
そう心に鞭打ち、遂にその時はやってくる。
数多の鳴き声が、けたたましい足音が次第に大きくなる。
そして――水路の奥から雪崩のように大量の大デバネズミが溢れ出してきた。
「ぎゃああああああああああああああ!」
ウルカは絶叫した。
十数体ではない。数十体どころでもない。何百と表現すべき数が押し寄せてきた。
ネズミ嫌いでなくとも卒倒するであろう光景。
身の毛がよだった。鳥肌が針の筵かと思わんばかりに立った。
「ウルカさん、お待たせしました!」
雪崩の背後から快気な声が響いた。
お待たせしましたじゃない! と叫びたかったが、そんな余裕すらない。
取り敢えず剣を振らなければ雪崩に呑まれる。
(嫌だ。それだけは嫌だ!)
ウルカは迫る未来に首を振り、剣を振るった。
一匹二匹、三匹四匹。ウルカとしては無我夢中に振っているだけで作法も何もあったものではないと思っていたが、剣のおかげか豆腐を斬るように大デバネズミは両断されていく。
しかし一足早く逃げてきた数体を討伐しただけではキリがない。続く雪崩がウルカを呑み込もうとする。
「いやああああああああああ‼」
ウルカは無我夢中で剣を掲げた。
剣が虹色に発光する。それは比喩でも暗喩でもない。正真正銘虹色の光を放っているのだ。
その光景にシエルは胸をたぎらせ、やはりと拳を握った。
人間には魔力を持つ者と持たない者がいる。ウルカは既に伝えていた通り前者。
ギルドで語った通り、シエルはウルカのオーラを知覚していた。だがそれだけではない。所謂、目利きの才能を彼女は持っており、オーラを知覚するだけに留まらず、オーラから魔力量の推測、魔力の質までも鑑定することが出来た。
ウルカとパーティーを組んだ流れは成り行きと言えど、シエルはクエストをこなしていく中でウルカのオーラを観察し、質の高い魔力を有していることを見抜いていた。
そしてなによりは、巻き藁が斬られたことを自覚できない程の太刀筋。魔法ではなく技術だが、あの域に到達している者はそう多くはないだろう。
おそらくウルカはそのどちらも自覚してはいない。自身は一介の平凡な冒険者であると思い込んでいる。
だがそれは大きな間違い。
実力は未知数。可能性も未知数。それがシエルのウルカへの見立て。
スライム討伐では目的も異なり真価は発揮されなかった。ひとえにそれは危機がなかったから。いや、なかったと言えば嘘にはなるが、ウルカが危機の中で動く機会がなかった。
だからこそ、このクエストを受注した。危機を煽り、ウルカが動くしかない状況に追い込み、彼女の真価を発揮させる。光のダンジョンに挑む前の前哨戦として――いつか紅玉竜を倒す為。
「来ないでえええええええええええええええ!!!」
ウルカは右足を大きく踏み込み、全力で剣を振り下ろした。すると剣から衝撃が放たれ、地面を走った。
衝撃は大デバネズミの雪崩に衝突。雪崩は別たれ、左右に崩壊する。
後方では冷や汗を垂らしたシエルがコミカルに回避のポーズを取っていた。それもそのはず。シエルの真横の地面は、ウルカの立ち位置から続けて裂けていたのだから。
ウルカが放った一撃。それは飛ぶ斬撃――『斬撃波』。
これは魔法ではない。魔法と誤認する者もいるが、正確には《《技術》》だ。
故にこの斬撃波は魔力を持つ者なら鍛錬次第で会得出来る。
魔法は体内の魔力を杖やロッドといった触媒を介することで魔導回路を形成し完成する。
しかし斬撃波は違う。魔力を用いた肉体強化の応用であり、剣に覆った魔力を切り離すことで飛ぶ斬撃へと変換しているのだ。
ウルカはその技術を誰にも教わらずに、この土壇場で会得した。
そしてシエルは出来ると信じてチャレンジさせた。
「やだああああああ!! 来ないでええええええええええええええええ!!!」
雪崩は止まった。だが斬撃波は止むところを知らない。
それどころか数を増し、勢いを増し、逃げ惑う大デバネズミを切り裂いていく。
その渦中。シエルもまるでダンスをするかの如く、巧みに斬撃波を躱していく。
「ちょ! 待っ! ウルカ! さん! そんなに! 振り回したら! 危! ない! 私! が! 死んじゃい! ます!」
必至に叫ぶがウルカの耳には入らない。己の絶叫が耳栓替わりをしていた。
ウルカの手が止まったのはどれ程経ってからだっただろうか。
中央水路は血みどろの阿鼻叫喚地獄と化していた。
「「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」」
肩で息をする二人。
片や死に物狂いで剣を振るい、片や命懸けで避けきった。
床に座るのはゴメンなので、シエルは壁に持たれ掛かる。
「凄いじゃ……ないですか、ウルカさん。斬撃波を使える……なんて」
ウルカは剣を杖代わりに寄りかかるが、既に疲労は感じられなかった。
「飛ぶやつ? へへ、凄いでしょ。才能の覚醒ってやつ?」
才能は勿論あるだろう。しかし―――
シエルはウルカの太刀筋を思い返した。
「ウルカさんって、何処かで稽古を付けてもらってたことありますよね?」
武器屋を訪れた際に、ウルカは剣を振るったことがないと答えていた。
だが、巻き藁を斬った際の所作、スライム討伐と今回の乱雑ではあったが腰の入った動きを見れば完全な素人ではないことくらいは予想が付いた。
「まっあねぇ〜。す~るど~い。隠すつもりはなかったんだけどさ、もし経験あります! って豪語してて失敗したら恥ずかしいじゃん? だから嘘ついちゃった」
ウルカはあざとく自分の頭を小突いた。
別に失敗したからと笑う気は更々なかったが、危惧するウルカの気持ちも分からないではなかった。だからシエルは、そこに関して何を言うつもりもなかった。
「でまぁ稽古については、アタシを助けてくれた冒険者様が旅に出るまでの間、手取り足取り。それはもう夜のお供まで―――」
「はいはい。そういう嘘はいいですから」
ピシャリと襖を閉め、本音と冗談を切り離す。
シエルの突き放したような態度に、ウルカは口を尖らせる。
「ちぇー」
「ちぇじゃないです」
ウルカはしみじみと思い出すように天井を見る。そしてぽつりと語る。
「まあね、うん。流浪の冒険者らしくってさ、短い間だけど剣の稽古をつけてもらったの。これはホントだよ」
「疑ってませんよ」
シエルは朗らかな笑みを持って返した。
その時分だった。
「!」
シエルは背中に振動を感じた。それだけではない目の前に転がる地面の破片が震えていることに気が付いた。
「どしたの?」
「しっ」
シエルはジェスチャーで静かにするよう指示を出す。
そして思索に耽る。
逡巡――しかしそれで充分。冒険者としての勘が、経験が事態を瞬時に理解させた。
シエルは瞬時にウルカの隣に跳び退り、自身がもたれ掛かっていた壁の隣にある水路に向けてロッドを構える。
「来ます!」
地下水路を塞ぐネットが吹き飛んだ。
そうして姿を現したのは――
「これ……は」
地下水路を移動出来るギリギリの巨体を備えた大デバネズミだった。
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