第十三話 二度目のクエスト
鉢合わせてしまうと考えると憂鬱にはなるが、金銭面という背に腹は代えられない事情故に、シエルはかつてのパーティーメンバーのシェルドが借りていた冒険者御用達の格安宿屋にて別室を借りた。
そして新たに得た居室にて、ウルカに助言という名の講義を行っていた。
「――というわけで、光のダンジョンに生物はいません。分かりましたか?」
「は~い。シエルせんせー」
椅子を逆に座り、背もたれに圧し掛かるウルカは気だるげに返事をした。
説明一つを聞き逃すことが命運を左右するかもしれないというのに、ウルカのやる気のない態度にはシエルは溜息も出なかった。
しかし気持ちも分からないわけでもなかった。
冒険者になり、初めてのクエストをこなし、早々にダンジョンに挑める機会が訪れた。
元より冒険者を志す者は頭よりも体を動かしたい者の方が多い。そこに目まぐるしく転機が訪れれば、頭を使うだけの場面に身が入らなくて当然だ。
シエルは溜息代わりに目を閉じると、家賃を押さえる為に一つしか設けられていないベッドに座り込む。
「とりあえず、今言ったことは頭に入れておいてくださいね」
「はいさー」
敬礼をしながら不躾に返事をするウルカを見ると、幼子を相手にしているようで微笑ましい。
思わずシエルはクスリと声を出してしまう。
そんなシエルの態度にウルカはムッと顔を赤くする。
「あー笑った! 馬鹿にしたー」
「してない。してないですよ」
否定しつつも尚頬がほころんでしまっている。
「いいや。その心笑ってるね!」
「ぷっ。何ですかその言い回し」
にへらと口角が上がる。
「あはははは!」
そして互いに笑いあった。
笑いが響く中、シエルは改めて決意を固める。
この平穏を守ろう。紅玉竜を討伐し、続く平穏を勝ち取ろうと。
☆☆☆
ひとしきり笑い終えたところで、シエルはウルカに提案する。
「どうです? 勉強にも飽き飽きでしょうし、気晴らしにクエストに行きませんか?」
さてどう出てくるか。ここでトラウマを刺激され、拒否反応を示すようならば、ダンジョンに挑むなどそのまた次の次。
シエルの思案を他所に、ウルカは即答する。
「行く! 超行きたい!」
ウルカの態度に、シエルは安堵の息を漏らす。
安心した。クエストに行くことに戸惑いはないらしい。
シエルはベッドから跳ねるように下りて伝える。
「なら早速行きましょう。……今回はずばり、剣の修行です」
「なぁんだ、結局は勉強じゃーん」
愚痴を垂れつつも支度を進めるウルカ。
準備を終え、二人は宿を後にした。
☆☆☆
流水の音が鳴り続けている。きつい刺激臭が鼻を刺す。
二人がいるのはファーランドの地下用水路。人一人が通るので精いっぱいな道をシエルを先頭に歩いていた。
隣を流れる下水の臭いにウルカは鼻を押さえる。
「うー、くさーい」
「我慢してください。終わったらまたお風呂入りましょう」
「うー」
その唸りは肯定なのか否定なのか。それ以上ごねないことからシエルは肯定と捉え、用水路の中を進んで行く。
今回のクエストは地下用水路で異常繁殖している大デバネズミの駆除。全数討伐ではなく一対一体に金額が定められており、討伐数に応じて報酬が変動するタイプのクエストだ。
この手のタイプのクエストは人気が低い。理由としては一体当たりの単価が低い為。
大デバネズミ自体は野良猫……より少し小さい程度の動物でモンスターではない。攻撃性も低く、それこそスライムより危険性は低い。
だが残飯漁りや死骸を喰らうこともあり、必然的に不衛生な場所に発生する為、市中にのさばれば感染症の媒介源になり得る。その上、繁殖力も高いときた。
縁の下の力持ち的役割を冒険者は好まない。それはそうだ誰だった喝采を浴びたい。崇め称えられる派手なクエストに行きたいものだ。
「さてと。大デバネズミはどこにいますかね」
だからこそシエルはこのクエストを選んだ。F級にして低報酬のクエスト。誰でもできるが誰もやりたがらないクエストを。
「ねぇなんでこのクエストなの? F級にだってもっと良いクエストはあったじゃん」
何を持って『良い』としているのかシエルには分からないが、言わんとしていることは分かった。
だからこそシエルは真剣に答える。
「このクエストは人気がないんです。依頼日を確認したところ二週間は経っていました。依頼があるということは困っている人がいるということ。放置すればその分、依頼主は不安に苛まれ続けます。私は多くの人を助けたい。けどそれは大きなクエストや目立つクエストではなくても成し遂げられます。そして日陰で行うようなクエストというのはやりたがるような人は中々いません。だから私は率先してそのようなクエストをこなすようにしているのです。偽善だろうと、自己満足だと言われようと、それで救われる人がいるのなら、私は日を浴びなくたっていい。路傍の石でいいのです」
正真正銘嘘偽りない本音。だからこそ嫌煙されて追放された。
だがこれはシエルにとって譲れない信念だった。
他が為に。献身をモットーとする聖職者に恥じない行いをすることがシエルにとっては何よりも重要だった。それが産まれ持ってのシエルの性なのだから。
薄暗い下水道の中でウルカの目が光った気がした。
その感覚は比喩表現だ。分かっている。実際に目が光るわけがない。だがそう感じさせるだけの雰囲気の切り替わりを背中に感じた。
そんなシエルの想像の証明と言わんばかりに、ウルカは彼女の背中をグイッと押す。
「ちょ、何ですか⁉」
「何って。シエルちゃんの演説を聞いてやる気にならないわけないじゃん。ほら早くクエスト達成しちゃお。一匹残らずね!」
ウルカはニッと口角を上げて言った。
その間もシエルはグイグイと背中を押されて、用水路の道を突き進まされていく。
「分かった。分かったから押さないでください!」
「え~? やだ~」
「も~!」
そうしてどれだけ進まされたのだろうか。シエルは大きく開けた空間に辿り着く。
圧迫感のある空間からの切り替わりに驚いたウルカが足を止め、シエルはバランスを崩して二、三歩よろける。
不思議そうにあたりを見渡すウルカ。シエルも同様に見渡す。
「ここってなんだろう」
地盤は固められこれまでの通路と同様に石膏されている。微かに聞こえる水音からして、下水は足元を通っているのだろう。
「貯水庫……を造ろうとして計画が頓挫してしまったのでしょうか。知りませんでした。こんなところがあるだなんて」
「だたの施工不良じゃない? ここからいろんな場所に分岐してるし」
ウルカの言う通りかもしれないとシエルは思った。
事前に渡された地下水路の地図を見ても、この場所から複数分岐するように描かれてはいるが、他と変わらない道になっている。
事前情報の齟齬。だが奇しくもこの状況、運がいいと言えた。
「ウルカさん、耳を貸してください。いい作戦を思いつきましたよ」
「?」
誰にも聞かれるわけがないというのに、聞かれても問題ないというのに、シエルは密談でもするかの如く、ウルカに作戦を耳打ちした。




