第十一話 光のダンジョン出現
翌日、二人はファーランドを目指して再び歩み始めた。
天気は快晴。旅日和だった。
そして運がいいことにファーランドに向かう御者にも出会えた。
頼み込んで荷台に乗せてもらい、そうして昼頃にはファーランドに帰還した。
初めてのクエスト。奇しくも心晴れやかに終わるのもではなかったが、それでもクエストは全うした。
二人は躊躇うことなくギルドの門を叩いた。
「戻りま――」
平凡な帰還の報告。だったのだが、その報告を遮りフィラがシエルの胸に飛び込んできた。
「ちょっと、どうしたんですか⁉」
困惑するシエル。胸に顔を埋めたフィラが顔を上げると、折角のメイクが服に擦れて台無しになってしまっている。
そんな彼女の表情には安堵と怒りが混じっていた。
「どうしたじゃないわよ! スライムの討伐なんて日帰りで出来るのに帰ってこなかったから心配してたのよ!」
普段の冷静沈着、というよりもクールビューティーなフィラからは想像もつかない態度にシエルは尚のこと困惑を見せた。
受付嬢の正装も、スライムとグレートセンチピートの体液の染み付いたシエルの服に触れたせいで汚れてしまっている。
しかしフィラはお構いなしに抱きつく。
余程心配してくれていたのだ。
パーティーを追放され、自分のことなど誰の目にも止まっていないと思っていた。だがすぐ傍に未だ気にかけてくれる者がいた。その事実にシエルは頬がほころんだ。
「ありがとうございます。ほら、フィラさん。そんなにくっついてると服が汚れちゃいますよ」
シエルが軽く引き離すと、フィラからもう汚れているというツッコみはなく、今度はウルカに抱きついた。
「お……おぅ」
突然の抱擁にウルカは女性から発されたとは思えないほどに低い驚きを発した。
そうして暫しの歓喜に浸った末、フィラは恰好そのままに受付カウンターについた。
「ウルカさんは中を散歩でもしてきてください。私はクエストの報告を行ってきます」
トラウマを刺激することを避けたシエルの配慮。しかし見抜かれていたのだろう。ウルカはぴたりとシエルに肩を寄せる。
「大丈夫。アタシも行くよ」
「……はい」
シエルとウルカはカウンターの前に移動し、フィラにクエストの完了報告と村で起きた惨劇の説明を行った。
フィラは淡々とシエルの証言を用紙に記載していく。
「そう。グレートセンチピートが……」
その表情はシエル達が帰還した時とは異なり、神妙な顔つきだった。
「はい。村の方々は残念ながら。全員……」
そこから更にシエルは詳細を語っていく。
その間、ウルカも真剣な面持ちで話を聞いていた。
そうして全てを語り終えると、記載を終えたフィラはペンを置く。
「分かった。冒険者協会に報告しておくわ。ありがとうね、被害を食い止めてくれて。アンタがいなかったらきっともっと多くの人が犠牲になってた」
「……はい」
「もっと誇らしげにしなさいよ……なんて言っても無理なことは分かってる。けどね、僧侶のアンタがグレートセンチピートを倒した。これは前代未聞。アンタ以外誰も為しえないことなんだから自信を持ちなさいよ」
「はい」
ぎこちない笑顔を見破られただろうか。きっときっとそうに決まっている。フィラならばその更に奥、シエルの心の奥底まで見透かしているだろう。何しろ敏腕受付嬢なのだから。
報告を済まし、漸く肩の荷が下りたのか、ふとシエルはギルド内の異常に気が付いた。
「どうしたの?」
ウルカが訊くが、シエルにも理由は分からない。
何やらギルド内が盛り上がりを見せていた。
真昼間から前祝いとばかりに酔い潰れ、浮足立っている者が多くいる。
「光のダンジョンが発生したのよ」
代わりに答えたのはフィラだった。
「本当ですか⁉」
驚愕するシエルを他所にウルカは小首をかしげる。
「ダンジョン? 光?」
「あれ? もしかしてウルカさん、ダンジョンについて詳しくない感じですか?」
「うん。意味分かんない」
あっけらかんとした物言い。何と潔いことか。
「まぁしょうがないわよ。ダンジョンなんてここいらでは滅多に現れないし。いいわ、私が教えてあげる」
そうしてどこから持ってきたのか、ホワイトボードに記入しながらフィラはダンジョンについての説明を始める。
「まずダンジョンには光と闇の二つのダンジョンがあるの。光のダンジョンは古の人々が造ったとされる建造物で、ある日突然、これまでそこに存在していたかのように現れるわ。中に入れば、古代人が造ったとされる障害が沢山あるけれど、最奥まで辿り着ければ山程の金銀財宝と人知を超えた古代の英知が手に入るわ。つまり宝物殿のことを冒険者界隈では光のダンジョンって言っているの」
フィラの説明にウルカは身を乗り出す勢いで聞き入っている。
シエルも隣で大人しく椅子に座り、改めて説明を聞いた。
「それで闇のダンジョンって言うのは所謂、魔巣――モンスターの暮らす地域のことね。強力なモンスター。そうね、A級以上のモンスターが住み着いた地域が闇のダンジョンと呼ばれることが多いわね」
「住み着くだけでダンジョンになるの?」
質問にフィラは景気よくペン先をウルカの鼻先に向ける。
「いい質問ね。正確にはA級以上のモンスターが放つ魔素に当てられた結果、モンスターが大量発生した地域のことを指すのよ」
「大量……発生」
ウルカの喉がゴクリとなる。
「モンスターは私達人間と違って常に魔力を消費している。すると老廃物である魔素が空気中に蔓延する。その魔素を浴び続けると、普通の動物達はモンスターになってしまうの」
「ちなみにですが、魔力を持たない人間が魔素を浴び続けると同じくモンスターになってしまいます」
シエルの捕捉にウルカは悪寒を走らせる。
「そ、それって大丈夫なの? アタシ達もモンスターになっちゃうってことじゃん」
「大丈夫ですよ。魔力を持っている人はモンスター化したりしませんから。ウルカさんは魔力を持っているのでモンスター化の心配はありません。私、目が良いんで信じてください」
魔力は魔法など別の事象へ変換しなければ視覚は出来ない。しかし、鍛錬すれば対象が魔力を保持しているか知覚することは出来る。それは漏れ出た魔力の近くであり、俗に『オーラ』と呼ばれる。
当然、シエルもオーラを知覚出来る為、確証を得ての発言だった。
(ただ魔力の量はまだまだ少ないですがね)
ホッと安堵するウルカに心の中で先輩風を吹かすシエル。
対して、話を取られたフィラがペンでホワイトボードを小突く。
「話逸れたから戻すわよ。魔巣についてだけど、余程膨大な魔力を持つモンスターが何ヶ月も定住しない限り発生しないわ。だから基本的には気にする必要はない」
ましてやファーランドでならば尚のことだ。ここではよくてC級までのモンスターしか出現しない。魔巣の出現についても記述がないくらいには長期間発生していない。
ちなみにフィラがA級以上のモンスターによって魔巣が発生すると説明したことについては一部誤解がある。
A級以上に指定されるモンスターがダンジョンを発生させるに足る魔力を保持していることが多い為、巷ではA級以上のモンスターによって魔巣が発生すると言われているのだ。
「分かった?」
ペンの蓋を閉めて訊いたフィラに、ウルカは「はい!」と溌溂と返事をした。
そしてフィラは二人の前にとあるクエスト用紙を叩き付ける。
「今この街にいる冒険者は千載一遇のチャンスを誰もが握る機会を得ている。アンタ達が経験した現実は何をどう取り繕ったって覆らない。それなら嫌でも前を向いて生きていくしかない。どう? 前に進む機会は与えられてる。宝物殿攻略、行ってみる気はない?」
クエスト内容『ダンジョン攻略』。挑戦可能等級『制限なし。ただしファーランドでのクエスト経験がある者に限り、ダンジョン構造によっては制限を設ける場合有り』。報酬『早い者勝ち。ただし獲得報酬の一部は研究の為、冒険者協会へと寄贈すること』。場所『断壁の丘』。決行日時は『三日後明朝』。
依頼分『欲しければその手で掴み取れ!』。
一通りクエストの詳細を眺め、シエルとウルカは顔を見合わせる。
「どうしますか?」
おそらくウルカの返答は決まっている。そしてシエルも同意見だ。
冒険者ならばそう答えない理由はない。危険を冒してでも前へ進み続ける者。それが冒険者だから。
そして宝物殿を攻略出来れば、紅玉竜へと一歩近付ける。そもそも宝物殿を攻略出来なければ紅玉竜に勝つなど夢のまた夢。
ウルカは力強く頷いた。
「行こう。宝物殿へ!」




