幕間 かつてのパーティーメンバー
ガレージュの森。そこはファーランド近辺では珍しく、多くのモンスターが生息する森だ。
その森に一組のパーティーがいた。
「レルゥ。どうだ? 奴はいたか?」
シェルドは頭一つ抜けて伸びている広葉樹の枝の上に座るレルゥに訊いた。
「うーん」
親指と人差し指で作った輪を覗き込むレルゥは唸るよう森全体を見渡し続ける。
レルゥが行っているのは遠視の魔法。初級魔法に分類され、魔法を生業とする者ならば誰もが会得している。消費魔力もないに等しく、かさばる荷物が一つ減るからと冒険者界隈以外でも重宝されている魔法だ。
話を戻して、彼らがガレージュの森にいる理由。それは勿論、クエストだ。
クエスト内容は『リーフグリード』の討伐。奇しくもシエルが追放される一端となった内容と同じクエストに赴いていた。
「あっ。いたわよ。ちょうどお休み中かしら?」
レルゥの作る輪の先、少し拓けた森の奥地で、一軒家ほどの大きさをした茨の蔓が絡みついた球根型の生物が生物が日光浴を行っていた。その生物こそが、シェルド達のクエスト対象『リーフグリード』。
「前方一キロってところかしら?」
「よし! そうと分かったら早速向かおう!」
拳を握り高らかに声を上げるシェルドの横には、シエルとは異なる僧侶がいた。
赤褐色の肩口で切り揃えられた短髪。僧侶には珍しい黒を基調とした銀色で縁取られた聖堂服を纏うスレンダーな女性だ。
彼女こそが、シエルに代わって加入した新たな僧侶。
そんな彼女だが、意気揚々と対象の元へ向かおうと歩むシェルドに向かって、何かを口にし掛ける。しかし言い淀んで、そして意を決した様子で口を開く。
「あの! やっぱり……引き返しませんか?」
後半に行くにつれて、言葉は蚊が泣くように萎んでいた。
「おいおい。どうしたんだい、キャラット? 僕達はD級。君はC級だ。D級のリーフグリードなんて畏るるに足らないだろう!」
シェルドは、両手で握るロッドを震わせるキャラットに歩み寄り、その肩に優しく手を置く。
「大丈夫。言っただろう? リーフグリードは一度相手したことがあるんだ。その時は少し苦戦したけれど、C級のキャラットが来てくれた。D級のモンスターなんて連携を確認する間に一丁上がりさ!」
シェルドの爽やかな笑顔に、しかしそれでもキャラットの顔に笑みは灯らない。
(しくったな。C級というから誘い入れてみたが、まさかこうも臆病な性格だったとは)
表情にこそ出さないが、シェルドはキャラットを加入させたことを早々に後悔し始めていた。
シェルドが目指す域は、未だかつて数えるほどしか到達せしめた者がいないS級。そして何より、己が存在を伝説として残す為、紅玉竜討伐を目標としている。
そんな意気込みの中に気弱な者がいれば士気に関わる。
「オレもキャラットに賛成だ」
低く腹に響くような声。
口を開いたのはタンクのラックルだった。
「出発前にも言ったが、新しいパーティーでD級クエストに挑むなんて度し難い。死にに行くようなものだ」
「饒舌ね。いつもは碌に口も開かないのに」
シェルドの隣にふわりと降り立ち、レルゥが指摘した。
「饒舌にもなるさ。いつもならシエルが代弁してくれいたからな」
「やめてくれないか。アイツの話を出すのは」
シェルドは眉を顰めた。
元より献身が肉体を得たような女だ。冒険者を辞めて、浮浪者相手に給仕をしているかもしれない。追放されてもしぶとく生活しているだろう。
それと、シエルには随分と足を引っ張られた。やれ人の為だ何だのと大した評価もされないクエストにばかり行きたがるお人好し。
シェルド自身とは対照的に向上心の欠片もないような彼女の存在は、彼にとって苛立ちの種でしかなかった。
兎に角、だからこそシエルという名を耳に入れたくなかった。存在自体がのし上がる為の枷でしかなかったから。
「まぁまぁ、二人共落ち着きなさいよ」
言いながらレルゥはキャラットの肩に乗ったシェルドの手をそっと退ける。
「キャラットちゃんも、リーダーの言うことはちゃんと聞かないと。ね?」
「だがレルゥ――」
ラックルが口出ししたその瞬間、これまでのレルゥからは聞いたことのない、どすの利いた声がラックルを刺した。
「は? だから何なの? シェルドの決定に文句つけんなって言ってんの」
レルゥはラックルを指差しながら詰め寄って行く。
「シェルドの目標は紅玉竜討伐。リーフグリード程度、簡単に倒せるようじゃなきゃ話にならないの。それとも何? アンタも追放されたいわけ?」
「そういうわけでは……」
「おいレルゥ、そこまで言う必要ないだろ」
流石に言葉が過ぎるとレルゥを制止するシェルド。
レルゥは小さくシェルドに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。でもこうでもしないと一致団結出来ないかなって。ほら、小さな亀裂が崩壊を招くって言うでしょ? 私も上を目指したい。その想いは同じ。だからシェルドがはっきりと言えない時は私が代弁する。そうやって支え合うのがパーティーでしょ? ね? シェルド」
語るレルゥからはラックルに向けられていたおぞましさは綺麗さっぱり消えていた。まるで猫を被っているかのように。
「ああ、そうだな。ありがとう、レルゥ。俺は自分がいかに愚かだったか思い知らされたよ。二人もごめん。俺がふがいないせいで不安な気持ちにさせちゃったよな。大丈夫だ。信じてくれ。俺達ならこのクエストは絶対に成し遂げられる。キャラット。俺を見ていてくれ。不安なんて一瞬で吹き飛ばしてみせるから。誰も死なせない。傷付けさせはしないさ」
「は……はい」
リーフグリードに挑むにはまだ早い。そこが論点だったはずだ。だが気が付くと論点がすり替わり、キャラットは丸め込まれてしまった。
「……」
兜の下の表情がどうなっているかは分からないが、ラックルもそれ以上は何も言うことはなかった。
「私、頑張ります……!」
胸の前でロッドを握り決意表明をするキャラット。
外から見れば歪なやり取りだ。だがシェルドの熱血漢なリーダとしての気質は大きな疑問を些細な疑問へと昇華させてしまう。
「よし! それじゃあ行くぞ!」
「チッ」
シェルドが一歩を踏み出したその時分、誰かの舌打ちが聞こえた気がした。一瞬感じた不穏な空気にキャラットは身が竦ませるが原因はどこにも見当たらない。
ラックルは寡黙に前を向き、シェルドはレルゥと談笑をしている。そのレルゥに至ってはシェルドの腕に手を回しており、傍目から見ればカップルだ。
きっと聞き間違いだ。キャラットは柔らかな表情を浮かべ、三人の後を追った。




