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〜お嬢様と恋したら、どうなりますか?〜  作者: 石田あやね
第1章【お嬢様に恋し続けます!】
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memoirs,04

 記者が俊彦と亜矢の前に現れた騒動から、一夜が明けた。

 亜矢は俊彦と話をして、記者の話が間違いだったとわかったようだった。誤解も解け、またいつもどおりの日常が戻ってくると楽観視していた。

 だが、今朝から神木の様子がおかしい。何やら思い詰めた表情ばかりを浮かべ、完全に神木から執事の顔が抜け落ちてしまっていた。


 いや、おかしかったのはその前からだった。

 亜矢のところにも記者が来たことを知った途端、神木の顔色が変わった。それに気づきながら、俺は知らないフリをした。


 ——神木が何に悩もうが、俺には関係ない。


 今朝は何やら、忙しそうに身支度をしている。

 そして、出かける間際に、神木は背を向けたまま俺に告げた。


「白藤さん、申し訳ありませんが……わたくしがいない間、お嬢様のことをよろしくお願いいたします」


 俺と目も合わせず、そんな言葉だけを残していった神木に、無性に苛立ちを感じてしまう。


(お前に頼まれなくても、俺が亜矢のお世話係なんだ……言われなくてもやるに決まってんだろうが)


 昨日からウジウジ悩んでいた神木を思い出すと、自然と顔が引きつる。亜矢の部屋の前まで来て、一度咳払いをしてから、執事の顔をつくった。


「おい、入るぞっ」

「お、おはよう」


 昨夜はいろいろあって眠れなかっただろうから、てっきりまだベッドの中にいると思っていた。その予想は外れ、パジャマ姿の亜矢が俺に笑顔を向けてきた。

 けれど、俺は亜矢の笑顔に違和感を抱く。無理やり笑顔をつくっているような、ぎこちなさを感じた。


「いや、なんか……お前、大丈夫か?」

「え? 大丈夫だよ? やだなぁ、昨日の記者のことは気にしてないから……白藤さんまで過保護にならないでね」


 冗談っぽく返す亜矢を不審に感じながら、俺はそれ以上言うことはしなかった。


「元気だから安心して」


 その言葉を信じたわけではない。

 必死に笑顔をつくって、元気で明るい自分を演じている姿があまりにも痛々しくて、かける言葉が見つけられなかった。




 亜矢が学校へ向かった直後、珍しく陽太が俺を部屋に呼び出した。

 まるで兄弟のように育ってきた神木と陽太の間には、深い信頼関係が築かれている。屋敷へ来て間もない俺にもわかるほどだった。だから、何かあれば神木を頼っていた陽太が俺を呼び出すのはかなり珍しい。


「失礼いたします」


 陽太のいる書斎へ行くと、衝撃的なことを知らされた。


「実は急遽、父さんと母さんの仕事のサポート役として、神木のイギリス行きが決まった。今日発つことになったから……神木のいない間、白藤くんに家のことや亜矢のことを任せることになると思う……仕事が一気に増えて申し訳ないけど、よろしく頼むよ」


 俺は今朝の亜矢の様子を思い出し、思わず陽太に質問を投げかける。


「神木さんはどのくらいイギリスへ行かれる予定なんでしょうか?」

「そうだな。仕事の状況次第にもなるだろうけど……一年ってところかな」

「そのことは、お嬢様も……もうご存知なのでしょうか?」

「どうだろうか……神木と昨日話したとは言っていたけど、俺も今朝聞かされたから、もしかするとまだ知らないかもしれない。今朝、亜矢を起こしに行った時はどうだった? 元気がなかったように見えたか?」

「いえ、普段どおりでした」

「そうか。なら、聞いていないのかもしれない……あとで俺から亜矢に連絡しておくから、白藤くんは業務に集中してくれ」

「かしこまりました」


 部屋を出る瞬間、陽太はスマホを眺めながら深いため息をついた。


(あいつ、神木のイギリス行きが決まったことがわかっていたから、無理やり元気なフリをしてたのか? マジで神木のやつ、あんなことが起きたばかりなのに……普通、亜矢のこと放って行くか?)


 苛立ちが徐々に募る。

 最後に言った神木の言葉を思い出すとなおさらだった。


「一年間、俺に亜矢を任せるってことかよ。どうなっても文句言えないからな」


 ハワイであれだけ警告したにもかかわらず、俺の予想は的中してしまったようだ。それは俺にとっては思ってもみないチャンスではある。けれど、神木の選択が亜矢をどんなに傷つけたのかを考えると、胸が深く痛んだ。




 亜矢を学校へ迎えに行ったら、今日は思いっきり甘やかして、神木がいないのも忘れてしまうぐらいに俺が心の隙間を埋めてしまえばいい。そんな風に考えながら、パソコンに向き合っていた時、いきなりノックもなしに執務室のドアが勢いよく開かれた。


「神木さんっ!!」


 血相を変えた亜矢が俺の目に飛び込む。

 様子を見るからに、神木に会いに来たのだろう。陽太から連絡をもらってすぐに学校から走ってきたのか、額には汗が滲み、呼吸も少し乱れていた。

 神木がもうイギリスへ発ったことを知ると、亜矢の顔が青ざめていった。それなのに、俺に対して笑顔を見せ、また学校へ引き返そうと背を向ける。


(なんで……こいつは無理に笑おうとするんだよ)


 そんな俺の脳裏に、幼い時に言っていた亜矢の言葉が浮かんだ。


『お母さんが言ってたんだ……笑顔で乗り切れば、大きな幸せになって返ってくるんだって。だから辛い時に笑ってなかったら、悲しいままだよ?』


 それは母親との大事な思い出であり、亜矢にとっては大切な約束の言葉。

 けれど、それは今の亜矢にとって、呪いのようになっているのかもしれない。


 ——辛いなら笑え。

 そんなの誰にだって限界はある。


 ——悲しくても泣くな。

 そんなのは傷をもっと深くする。


 本当に、亜矢の母親は一人でなんでも堪えろという意味で、その言葉を言ったのだろうか。その考えが浮かんだ瞬間、俺は亜矢を引き止めるように手首を掴んだ。


「お前さ……朝からなんで笑ったフリしてる?」


 その問いかけに、亜矢は普通を装い、笑顔をつくる。けれど、いつもの笑顔とはまるで違っていた。もう、亜矢の笑顔は笑顔ではない。


(バカ……俺が見たい笑顔はそんなんじゃないんだ)


 笑顔は見たい。けど、今は別の顔が見たい。

 俺はそっと両手で亜矢の頬を包み込み、視線を合わせて優しく告げた。

 亜矢の母親なら、きっとこう続けて言っていたかもしれない。俺が勝手に考えた想像上の言葉を口にする。


「どうしても苦しくて辛くて、笑えなくなった時は……思い切り泣けばいい。そしたら……また、お前らしく笑えるから」


 そう言った直後、亜矢の瞳に涙が溢れ出す。泣きたくないと、拒絶を口にする亜矢を俺はそっと抱き寄せた。すると、堰(せき)を切ったように泣き出した。これまで溜め込んでいた涙をすべて吐き出すように、泣き続けた。俺はただ、そんな亜矢をひたすら抱き締め続けた。




   ◇◇◇   ◇◇◇




 泣き止んだ亜矢に俺の出生の話をして、その流れでつい告白なんてしてしまった。

 触れるだけのキス。するつもりはなかったのに、あんなに傷ついた姿を見たら、今すぐにでも神木を忘れさせてあげたくなってしまった。

 亜矢が部屋に戻り、学校への早退連絡を入れた俺は、脱力したように椅子の背もたれにもたれかかる。


「バカは俺か」


 神木のことで傷ついて、頭の中もぐちゃぐちゃな状態の亜矢に、自分の生い立ちを話したあげくに、告白とキスまでしてしまったことを後悔し始めた。


「俺を選べって言われても……そりゃ、困るよな」


 けれど、言ってしまったからにはもう後戻りはできない。

 ならば、このまま俺らしいやり方で亜矢を支え抜くしかない。



 そう決めたまではよかったのだが、亜矢の憔悴ぶりはひどく、日に日に顔色が悪くなっていった。ご飯もあまり食べられない日が続き、陽太も暉も笑顔のない亜矢を気遣っていた。


「ねえ、亜矢はどうしたら元気になるかな?」


 唐突に、暉が俺に聞いてきた。


「そうですね。わたしもいろいろと考えてはいるのですが」

「そんなに神木さんがイギリス行っちゃったのがショックだったんだね」


 暉は俺の入れた紅茶を一口飲み、ぼそっと呟いた。


(本当にどうしたもんかな……食欲もないのに、無理やり食事を摂らせるのも違う気がするし)


 暉に言われたことで、俺はさらに頭を抱えた。

 考え込みながら厨房を覗くと、一人の人物が目に映る。そこにいたのは、亜矢と一番仲のいいメイドの春花だった。


「すみません、少し伺ってもいいですか?」

「あ、白藤さん。どうかしましたか?」

「お嬢様のことなのですが」


 そう言った途端、春花も悲しそうに眉を下げた。


「まだ元気がなさそうですね。最近、口数も減ってしまって……わたしも心配してました。白藤さん、どうにかならないでしょうか?」

「いえ、わたしもそれで悩んでしまって……前に似たようなことはなかったでしょうか?」

「そうですね。このお屋敷に来始めた頃は、陽太様と暉様の関係や、学校のことでお悩みにはなってましたが……あそこまで塞ぎ込んでいるのは見たことがありません。神木さんがいたら、何かいい方法を思いついたのかもしれませんけどね」


 その言葉にカチンとくる。

 神木のせいで亜矢はあんなに苦しんでいるのだ。


「わかりました。わたしの方で考えますので失礼いたします」


 俺は笑顔をつくり、そのまま厨房から出ようとした。

 すると、出しっぱなしの茶葉が目に入る。そういえば、亜矢は神木の淹れたミルクティーをえらく気に入っていた。


(ミルクティーを作る? いやいやいや……それじゃあ、神木を思い出させて逆効果だろうが)


 俺は腕組みをして悩んだ。今の時刻は午後七時。

 何か飲ませるとしても、カフェインレスの飲み物の方がいい。


「だったら、ハーブティーでも持っていくか」


 棚を覗き、茶葉の入った瓶を一つ一つ見ていく。

 レモングラス、ローズヒップ、ルイボス、ローズマリーと種類が揃うも、今ひとつピンとこなかった。飲みやすさを考えるとルイボスあたりがいいだろうが、今の亜矢の状態を考えると、少し心を動かすようなものがいい。


「これ、か」


 棚の隅に隠れるように置かれた瓶に俺は手を伸ばす。

 ジャーマンカモミール。りんごの風味が楽しめて、リラックス効果だけでなく、胃腸の調子も整えてくれる。今の亜矢にぴったりのハーブティーだ。

 俺はさっそく準備をして、亜矢のいる部屋へと向かった。

 部屋のドアをノックするも返事がなく、俺がそっと開けると、亜矢の声が聞こえてきた。


「失恋したぐらいでバカだよね……」

「仕方ないだろ」


 独り言を呟く亜矢に、俺はつい言ってしまった。

 勝手に入ってきたことに驚いた亜矢だったが、いつものように俺に反論することなく、ノックに気づかなかったことを謝る。

 ハーブティーに気づき、亜矢はすすめられるまま、それに口をつけた。


「これ美味しい」


 少しだけ表情が柔らかくなった亜矢を見て、内心ホッとする。ここで、無理をするなとか、また泣いていいとか、そんな言葉を言ってしまったら、神木を思い出させてしまう。俺はあえて、いつもどおりの態度を取った。


「それ飲んで、ゆっくり寝ろよ……一人が心細いなら、添い寝して差し上げましょうか?」

「けっ、結構です!」


 目を見開いて、俺に声を上げる亜矢の表情が少しだけいつもの顔に戻る。

 それを見て、俺は自分のするべきことを決めた。

 執事として振る舞う優しさなんて捨ててしまおう。演技などせずに、俺は俺のまま、執事ではなく、一人の男として亜矢の支えになる。

 そう決めた日から数日、俺は毎晩のようにハーブティーを亜矢の部屋に運んだ。


「今日も持ってきてくれたんですか?」

「どうせ気に入ってるくせに……ほら、今日は果物もあるからつまんで食えよ」

「あ、うん……ありがとう」


 亜矢がハーブティーを飲み終える数十分の間、俺は傍で見守った。いきなりキスして、告白した俺相手に気まずそうにはしていたが、日を追うごとに、亜矢は元気を取り戻しつつあった。気づけば食事もしっかり摂れるようになり、陽太や暉とも雑談する姿もよく見かけるようになっていた。

 けれど、まだ笑顔になるには道のりが長いらしい。


 そんな翌日、陽太と暉が泊まりで出かけていった。


「すまないが、亜矢を頼む。だいぶ元気にはなってはいるけど、まだまだ心配だから……よく見てあげてほしい」

「かしこまりました」


 出かける間際、陽太は俺にそう告げた。しかし、頼み事をするわりには、陽太の視線には警戒心が滲んでいた。


「くれぐれも……いや、やめておく。亜矢が元気になってきたのは君のおかげでもあるから……引き続きよろしくお願いするよ」


 含みのある言葉に俺は察した。


(なるほど……神木と亜矢の関係も知った上で、俺に言ってきてるわけか)


 俺は執事の仮面をつけ、素知らぬフリをしてにっこりと微笑む。


「お任せください。お嬢様のことはしっかりと支えていくつもりですから」


 嫌味っぽくなったかもしれない。陽太の眉が少しだけ引きつる。

 それでも、渋々ながら陽太は出かけるしかない。俺はその後ろ姿を笑顔で見送った。


「さーって、まずは仕事を終わらしてから考えるか」


 土日ともに天気は晴れ。邪魔者がいなくなったことで、俺は自由に行動できる。

 亜矢に何をしてやろうかと考えていたのだが、そんな時に限って軽い頭痛が俺を襲った。心なしか寒気も感じ始める。


(こんな時に寝込んでる暇はないんだよ)


 俺は体調の変化を誤魔化すように、気合を入れて仕事に取りかかった。

白藤さんのカモミールティー秘話がやっと書けて良かったです(*^^*)影でいろいろ考えてる白藤さんが可愛いと思えてきてしまう笑


また次回もよろしくお願いします<(_ _*)>

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