9話 最強の追っ手
魔導の木彫り人形のしつこさは想像上だった。仮名史郎は川平啓太にとりあえず、
〝今から君とのところへ向かう。緊急性の高い要件あり。かなり危険度が高い故、今から身を隠すことを推奨する。怪しい人間、モノノケは絶対に近づけるな!〟
そうSNSで送るのが精一杯だった。アメリカ大統領を史上最悪の暗殺者が狙っている。それを一緒に防いで欲しい。そんなあまりにも重大かつ非現実的な内容故に詳しいことは会って話すしかない。
(そのためには)
仮名史郎は頭上を見やった。まず上空を旋回しながら執拗に仮名史郎を狙ってくるあの厄介ブツをなんとかしなくてはならない。先ほどからまるで獲物を狙う猛禽のように滑空してきて仮名史郎を捕まえようとしてくる。その度に転がって避けたり、蹴っ飛ばしたりして、かわしている。
また夜も更けた時間だが、それなりに人出もあって、
「なにあれ? ドローン? ラジコン?」
目撃者がそれなりに出てしまっている。木彫り人形は注目を浴びるのが嬉しいのか、満月がぽっかりと浮かんだ上空でケタケタ笑っていた。頭と尻と背中から都合、三個のプロペラが突き出ていてそれで自在に空を飛び回っていた。
仮名史郎は意を決して駆けだした。
幸い土地勘はあった。程なく都内には珍しい築山状の公園に辿り着いた。石段を二段飛ばしで駆け上がり、頂上部分の少し開けたスペースに飛び出た。
ちょっとしたグラウンドほどのスペースに、公衆トイレ、ヨアキムチが数台、自動販売機などが設置されている。深夜に近い時間だが、犬を散歩させている老人とヨアキムチに座って肩を寄せ合っているカップル、鉄棒で懸垂を行っているフード姿の若者がいた。
仮名史郎は息を荒げながら叫んだ。
「ここは危険だ!」
手を振るう。
「早く逃げろ!」
ヨレヨレボロボロの格好の仮名史郎を見て皆はぎょっとしたような顔をしている。だが、すぐに退避行動に出る者はいなかった。むしろフード姿の若者などは不快そうに、
「なに言ってるんだよ、あんた?」
文句を言いに近づいてこようとさえする。仮名史郎は覚悟を固めた。
「エンジェルブレイド」
手の中にメリケンサックのようなモノを握り込み、祈る。その手から天使の羽状の刃が膨れ上がった。
「フル・サプリケーション」
普段よりも高出力に顕現させたため、天使の羽は二対から三対、四対とその翼の数を増やし、仮名史郎の身長を遙かに超え、巨人の亡霊のようなおどろおどろしさで青白くゆらゆらと揺らぐ。
その場にいた全員が悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
(これでいい)
仮名史郎はきっと上空を睨んだ。成り行きを見守っていた魔導人形も頃合いよしと判断したのだろう。
「ほるほるほるほるーーー!」
腰を何度かくいくいと動かした後、一気に下降を開始した。
「エンジェルブレイド・フル・サプリケーション」
仮名史郎は身体をたわめ、己の中の神聖な霊気をぎゅっと内部にため込む。目をつむり、端正な顔が歪むほどにさらにさらに圧を強め。
頂点に達したタイミングで。
「ヘブンズ・ラダー!」
ぐっと剣を天空に向けて突き出した。次の瞬間、青白い光の剣は加速度を得て、一気にその全長を伸ばした。それと同時に剣の左右に分かれている対になった羽も幾枚も幾枚もその数を途切れることなく膨れ上がらせていく。
それが上空から飛来してくる魔導人形の胴体をスパッと貫いた。魔導人形は天空にかかった満月の中にぴったり入る背景で身体をくの字に折り曲げた。
「ほる?」
仮名史郎から魔導人形、魔導人形から遙か夜空の彼方。それらを全て一直線に結ぶ真っ直ぐな光線と左右に付随する無数の羽がさながら天国へと続く階段を思わせた。
次の瞬間。
「ほ、ほる」
魔導人形の身体が歪み。
「ほるうううううううううううううう!」
白い閃光が魔導人形の切断された胴体を中心に膨れ上がり、光は一気に辺りの色を飲み込み、大爆発が起こった。
空気が鳴動し、小さな木片が炎を纏って降り注いでくる。仮名史郎はふうっと溜息をつき、腕を下ろした。その瞬間、光の階段は幻のように消失していて、手にはメリケンサックのようなものだけが残っている。
剣を主体で戦うが故に遠距離の敵を攻撃できない。
その弱点を克服するために、ここ数年かけて開発した必殺技だった。停滞は本意ではない。地道だが、確実な前進こそが仮名史郎の本懐だった。
そして。
「む。やはりまだ制御にやや難があるな」
己の手元を見つめてそう反省するのも己に厳しい仮名史郎ならではだった。
だが、今は術の改良に時間をかけてはいられない。あれだけ派手に爆発を起こしたのでは局長からの追っ手だけではなく、最寄りの官憲たちも引きつける結果となる。
早くココを離れないと。
川平啓太の住む吉日市までは都心からそれなりの距離がある。どこかに身を潜めて始発を待つか、あるいはレンタカーでも借りるか。内心でそう算段しながら疲れた身体に鞭を打って前に歩き出そうとしたその時、
「見事なモノだ。実に見事なモノだ、カリナチロウ」
最初、それがなんだか分からなかった。身体をすくませるほどの破裂音が轟いてきたので、魔導人形の欠片がなにかに引火して爆発したのかとさえ思った。
だが、やがて気がついた。
これは――。
一人の人間が手を打ち合わせて発する拍手の音だった。
街灯の光の輪の中ににゅうっと人影が入ってくる。愕然とするほどその人物は大きかった。公衆トイレの天井に近いほど巨大な、二メートルを超える巨躯。
つるつるに磨き上げられた禿頭が満月の光を弾き返し、その浅黒い肌の中でひときわ目立つ真白い歯がキラリと輝いている。足がでかい。腕がでかい。肩がでかい。腰がでかい。指がでかい。太いのではなく、とにかく身体のパーツの全てがでかかった。唯一、目だけが糸のように細い。
かなりの距離があるというのにそのパンパンに詰まった筋繊維の尋常じゃない密度が分かる。
さらに異常なのが、夜だというのに大会に出場するボディビルダーのように黒いブーメランパンツ以外は何一つ身につけていない点だった。さらには靴さえ履いてなく、人間離れして大きな裸足のままだった。
「……う、ぐ」
仮名史郎はよろめいて、呻いた。
ヘンタイみたいな相手だが、ヘンタイではない。その正体に気がついて勝手に身体が震えていく。
男は顎に手を当て軽くこすってからにやりと笑った。
「用件は言わなくても分かるな? 鎮霊局の局長に頼まれておまえを捕まえにきたぞ、カリナチロウ」
およそ追っ手としては最悪の部類。
この広い日本にあまたいる霊能者たちの中でも最強の一角に君臨する金色の武神。
黄金のガミト。
アマテラスオオミカミの籠もる天岩戸をこじ開けたタヂカラオと比肩される、現代における神話の住人だった。




